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二人の年越し Balcony -7

キキョウの風邪が見事にうつってしまったアオイ。熱を出した時の記憶がまばらで、何かやらかしたような気がするけれど、もうそれよりも、一緒にいるのが当たり前のような気持ちになっていて・・・。


寝返りを打ちたいのになんだか打てない。脚を動かすとモコモコしたものに触れる。え、何だこれ。抱き枕?

……俺は持ってない!

目を開くと目の前にキキョウが寝ている。両手を顔の横に添えて子供みたいにスヤスヤと。

僕は熱を出して、風呂に入るつもりで、それから…ほとんど記憶が無い。どうしてキキョウと僕が一緒に寝てるんだ?

汗をたっぷりかいた身体がベタついて気持ちが悪い。僕はキキョウを起こさないようにゆっくりと起きて、熱いシャワーを浴びに行った。

風呂を出て熱を測ると、37.5℃だった。ほぼ熱は下がったな。微熱か。僕は熱を出してもあまり長引かないのが救いだ。冷蔵庫に行って冷たいアイソトニック飲料を飲んだ。

「あー!美味い」

水分が、カラカラの身体に染み渡る。リビングのエアコンをつけて、頭を拭きながら寝室に戻った。寒くて、とてもリビングにはいられなかった。

寝室はほのかに暖かくて、それでも寒い僕はヒーターを点けた。ガサゴソする音に気付いたのかキキョウが目を覚ました。

「あ、アオイさん、おはよう……」

「おはよう」

「まさか、シャワー浴びたの?」

「うん」

「寒いでしょ。お布団入ってて。髪乾かしてあげる」

何言うんだ。彼女じゃないんだから。

「いや、自分でやるよ」

「病人はおとなしく言うこと聞いて」

キキョウは洗面所にさっさと行って、すぐにドライヤーを持って戻って来た。

「アオイさん、お布団入って」

「もう熱下がったよ」

「だーめ。まだ熱いよ」

額に手を当てながらキキョウが言う。仕方なくベッドに入り座った。

ドライヤーがうなり出し、キキョウの手が僕の髪を梳いていく。

「……どうしてこんな事までしてくれるの?」

「だってまた熱が出たらいけないでしょ」

「あの……あとさ、どうして一緒に寝てたの?」

「えっ?」

小さな声で言ったから聞こえなかったのか、キキョウがドライヤーを止めた。振り向いて僕はもう一度言った。

「……どうして、一緒に寝てたのかと思って……」

キキョウは驚いた表情をした。

「アオイさん、昨日の事、覚えてない?」

「うん、あんまり……何かあった?」

「そっか……ううん。私が寒がりだから、毛布だけだと眠れなくて。体調悪いのに一緒に寝てごめんね?」

そう言うとキキョウはまたドライヤーをかけだした。

「こっちこそごめん。布団買いに行くよ」

「その前に、風邪治してからね?はい、おしまい」

「ありがとう」

「ふふ、ふわふわ」

僕の乾かし終わったのに触りながらキキョウは微笑んでいる。

「そんなに鳥の巣頭が好きなの?」

僕はひどい癖毛だからそれを生かすと言う名目でパーマヘアだ。

「アオイさんのは何だか見てて微笑ましいかな」

微笑ましい⁈

「小さな子供みたいに言うなぁ」

「あはは、ゴメンなさい。お腹空いたでしょ、おじや食べれる?うどんがいい?」

「あ、うどんがいいな」

「うどんね。作ってくるから、じゃあ、寝ててね?」

キキョウが行ってしまってから考えた。さっき、昨日のこと覚えてない?って言ってなかったか…?まさか、何かやらかした?

確かに昨日の僕は変だった。必要以上にキキョウを意識したりして。

一緒にベッドに入っても良いと思える理由が彼女の方にできていたら?そしてそれが僕が引き起こしたものだったら……。

――冷や汗が出てきた。

ベッドの中で悶々としていると、カチャリとドアが開いた。

「お待たせしました〜。アオイさん、うどんできたよ?」

「お、あ、ありがと……キキョウさん……」

キキョウはサイドテーブルにお盆ごとうどんを置いた。丼が二つある。

「卵とじで良かった?」

「うん、好きなやつ」

「私も食べよっと。いただきます」

黙って食べた。美味しい。

「ありがと。美味しかった。ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

「……あのさ、俺、なんか昨日やらかしてない?」

「ううん。なんにも?」

キキョウが僕の目をじっと見て、ニマッと笑った。

「ほんとに?マジで謝っとく。全然覚えてないんだ……」

首を傾げて僕をマジマジと見た後に、

「高熱だったもんね」

とキキョウは横に唇を引っ張って目を細めた。



布団を買いに行かないと。そう思っていたがその日のうちに熱がぶり返した。38.8℃。不覚だ。

もう今日は大晦日だ。今ネットで頼んでも三が日の間は来ないだろうから、やはり直接買いに行かなきゃな。

「キキョウさん、あのさ、俺ソファで寝るから、ベッドで寝てよ」

「ダメ!高熱があるのに毛布だけとかありえない!とにかく今はベッドで寝て?」

キキョウに買ってきてもらうにも、彼女も怪我が治っていない。ああ、詰んだ。

僕はぼんやりしたまま、また眠りに落ちた。


夜中に目が覚めた。

キキョウは毛布にくるまって小さくなってローソファに寝ていた。彼女に掛け布団を掛けて、僕は一旦着替えるために部屋を出た。汗はかいてるから明日こそは熱が下がるはずだ。

部屋着を着替えて戻ると、キキョウが体を起こしていた。オレンジの灯りが点いている。

「アオイさん、布団は着て寝てください。私は大丈夫だから」

「……寒くて縮んでたよ」

「早く布団に入って。また熱が上がっちゃう」

「キキョウさんがまた風邪ひくよ」

「……ひかない。大丈夫」

今年の冬は、例年になく寒い。オイルヒーターを点けているけれど、ここまで冷え込むとなかなか暖まらない。

僕はベッドに入り、キキョウが戻した掛け布団と毛布を整えた。

「キキョウさん、風邪ひくから、おいでよ、」

彼女は瞳を揺らし少し逡巡した後、毛布を持ってベッドに潜り込んできた。僕もキキョウも、一言も話さなかった。

腕を伸ばし、そっとオレンジの灯りをタップして消した。僕らは昨晩と同じように、一つのベッドで眠って、年を越した。





目が覚めると、午前9時を過ぎていた。

隣を見ても、キキョウはいない。ゆっくりと体を起こし、寝室を出た。

「あ、おはようアオイさん」

「おはよう……」

昨夜、寒いから一緒のベッドで寝ようと誘ったのは自分なのに、キキョウの顔を見るのが恥ずかしい。頭をガリガリと掻いてしまう。寝起きの男がボサボサ頭を掻いている姿は様にならない。

「アオイさん、熱は下がった?まだ少しある?」

「あー、後で測ってみる」

「えー?今測って!」

「その前に、トイレ行きたい」

「あ、ごめん!」

トイレのドアをバタンと閉めた。何だかやり取りがおかしくて笑ってしまう。

僕たちはまだ一週間しか一緒にいないのに。

トイレを出て、顔を洗い歯を磨く。鏡の向こうの僕は、髭が生えすぎてまるで犯罪者のマグショットみたいだ。でもまだ剃る気力もない。着替え‥‥‥あ、キキョウが洗濯してくれてたんだ。すぐ着替えられるように畳んで置いてある。

恋人同士でもないのに、僕たちはお互いを看病し、お粥やうどんを作り、相手の服を洗濯した。寝てもいない男女が互いの服や下着を洗濯するってシュールだよな。


僕は着替えて体温計を取り、リビングへ行った。

「あけましておめでとう、アオイさん」

「あ、そうか!あけましておめでとう、キキョウさん」

テーブルを見ると、買い込んだおせちが皿に並べてあった。ちゃんと正月っぽい。

「手間かけさせたね、ありがとう」

「クリスマスは私が熱出しちゃったし、お正月もできないのは何だか悔しくて」

ピピッ!と体温計が鳴る。

「……七度五分」

「微熱になったね。でも昨日の事もあるから無理しないで。お粥あるけど食べる?」

「うん」

久しぶりにダイニングテーブルで食事をする気がする。

「お雑煮は、元気が出たら食べてね」

「あ、ワガママ言っていい?」

「なあに?」

「お粥に餅入れたい」

「食欲あるの?いいよ、ちょっと待ってて」

柔らかく煮えた餅とお粥が土鍋に入ってくる。

「お待たせ~!どうぞ」

「美味しいよ、ありがとう」

ちゃんと料理の味がする。熱は下がったな。

キキョウが湯気の向こうで笑っている。ずっとこの姿が見られたらいいのに。




あれから熱も下がり、僕とキキョウはのんびりと年始を過ごした。

「キキョウさん、初詣とか行く人?」

「うん、でも今年は……」

もちろん、男がどうしているのかわからないままで、出歩かない方がいいに決まってる。だがずっと家にいるのも気詰まりだろう。

「神社、近くにあるの知ってる?」

「知ってるけど、そういえば、行ったことないかも」

「じゃあ行こうか」

僕たちは、徒歩15分の近くの神社に初詣に行った。この道を二人で歩くなんて思わなかったな。エントランスを出て、僕は自分の部屋のバルコニーを見上げた。

「んーっ!寒い!」

外は思ったよりも風が強くて、スヌードに顔を埋めたキキョウがくっついてくる。

付き合ってる彼女ならすぐに手を繋ぐんだけど。僕はダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで手も腕も動かせないままに歩いた。

おもむろにキキョウが僕のダウンの袖を両手で掴んだ。

「アオイさん」

「ん?」

少し振り向いて彼女を見やった。

「寒いから、くっついてもいいかな…‥?」

寒さで鼻の頭を赤くしたキキョウが言う。僕が断らないって知ってるんだろ。

それでも口に出して言うことが、今の僕らの関係を守る唯一の手段みたいなものだった。きっと何の意味もないと思う。近しくない関係で腕を組んで歩く男女はいない。他人から見れば僕たちはただの20代のカップルだ。

「……いいよ」

「ありがと……」

キキョウは僕の腕の隙間に手を入れて、またダウンをキュッと握った。

「……クセなの?」

「え?」

「そうやって握るの」

キキョウは年末買い出しに出たショッピングモールでも僕のジャケットの腰をキュッと握っていた。

「うん……今は」

……今は?それってどういうことだろう。

キキョウとこの先の未来ってあるんだろうか。いつだってキキョウが僕の部屋を出ると言えばそれで終わりで、引き留める権利などない。その先に僕の服を掴む彼女の手がどう形を変えるのかなんて想像がつかなかった。


「アオイさん、おみくじ引こう?」

キキョウが初詣のお詣りの後に誘って来た。地元の神社だからいつもよりは人が多いけれど、おみくじに列をなしている、なんてことはない。

「いいね。久しぶりだな、おみくじとか」

それぞれに引いてみると、キキョウは大吉、僕は小吉だった。

「ねえねえアオイさん、どんなこと書いてあった?争事、味方を大切にすべし、勝つ、だって」

「良かったじゃん!幸先良いね」

キキョウの引いたおみくじを覗いてみると、恋愛の欄が目に入った。

”新しい出会い有り、次を探せ”

そして、僕のおみくじは恋愛も待ち人も待て、とばかり書いてあった。待ってる間にいなくなっちゃうのかもな。キキョウはどこに行ってしまうんだろう。

捕まえておくことはできるだろうか。今だけでも。

おみくじを結んでいるキキョウの側に行く。僕が結び終わるのを待っているキキョウの手を取って繋いだ。

「お待たせ、行こう」

僕は手を繋ぐのに理由もつけず、断りを入れることもしなかった。



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