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一人になるのが怖いかも Balcony -6

二人で年を越すことになりそうなアオイとキキョウは、年末の食料の買い出しに出かけます。

歩けないくらいごった返しているショッピングモールではぐれないためには・・・

キキョウの熱が下がって、気づけばもう年末も押し詰まっている。12月30日。

彼女が熱を出している間に仕事を終わらせて、仕事納めも早々にした。年末年始はどこも官公庁は休みだから、彼女の問題も連絡が来なければ進めようがない。

あの夜のことは、彼女もきっと熱で浮かされて言ったことだ。僕からは何も言わなかったし、キキョウの態度も以前と変わらない。これで良かったと思う。


あ、二人で年を越すことになるのか。

「キキョウさん、俺買い物行くんだけど、おせちとか食べる人?」

「え?アオイさん、おせちまで作る人なの?」

彼女の中では僕はかなり料理ができる人になっているようで、最低限の事しかできないのに何か勘違いされているようだった。

「違うよ、買ってきて並べるだけ。ちょっと数の子とかたたきごぼうとかあると違うじゃん?」

「そうだね。じゃあ私、お正月はお雑煮作るよ。一緒に行く」

あの男に見つからないだろうか。あいつがどうしているのかも僕らは分からない。

「あのさ、キキョウさん、あの男、ここら辺うろつく感じ?」

「ううん。あの人元々は全然別のとこに住んでるから」

そう言って彼女は全くこことは離れた地域の名前を挙げた。20㎞離れてたら、会う事も無いか。歩いて近くのスーパーに行ってもいいけど……僕は車の鍵を取ってジーンズのポケットに入れた。

「たまには違うスーパー行ってみようか」


人が混み合う商業施設。その中のスーパーマーケットなら紛れて見つからないだろう、とふんだ。それにしても人が多い。前に歩いていくだけでも人に当たる。

「今日なんかイベントでもしてるのかな」

「何だろうね」

スーパーの場所から離れた入口に車を置いたことを後悔した。

「痛っ!」

キキョウの声が聞こえた。

「どうした?」

「打ったところに人のカバンが当たって。大丈夫」

「え?どこが痛いの?何で言わないの体痛いって」

もう痛みは無くなったかと思っていた。全治一か月だってこと忘れてた。笑顔で話してくるからすぐに忘れてしまう。

「一緒に買い物したくて。外に出るのも久しぶりだから」

マスクをしても笑ってるのがわかる。

「何とかここ抜けよう。多分食料品売り場はそこまで多くないはずだし」

僕はキキョウの肩を抱いて他の客と接触しないようにして移動した。出会った時よりも少し痩せた肩。こうしていたらまるで君は僕のものみたいだ。いつかそうなればいいのに。僕は自分の身体の大きさが、好きな人を守る事に使えるのに役に立つのだと今さら気付いて、デカく産んでくれた親に感謝した。

「アオイさん、ありがとう……やっぱりす……」

「え?」

キキョウが何か言ったけど、マスクしてるし、周りがうるさくて、僕の名前を呼んだ声しか聞こえない。

「ありがとう、って言ったの」

僕を見上げてそう言った彼女がよろけて、腕を回し僕のジャケットの腰の部分をきゅっと握った。ドキッとしたが、満員電車みたいな混み様ではその方がいいようにも思えた。こんなに僕とくっついても嫌じゃないならいいけど。

僕と同じシャンプーの匂いがする人を、スーパーマーケットに行きつくまで肩を抱いて歩いた。人混みから守る、という理由は途中でほぼ無くなったにも関わらず、僕は肩を抱き、彼女は僕の肩に頭を預けた。

「おせち、どんなのが好きって言ったっけ?」


当たり前のように、二人で年越しの準備をしている。まるで何年もそうしてきたみたいに。なのにやっぱり初めてだから、一つ一つ何が好きだとか、これが食べたいとかをお互いに確認する。

僕らはただの”助けた人と助けられた人”から大きく関係が変わってきている。それを口にすることも無いし、それを確認することも怖くてできない。それを認めてしまったら、一緒に居られなくなってしまう。



買い物を済ませ、またこの人混みを戻るのか、と思うと少し気が滅入った。と同時に嬉しい自分がいて、僕はその気持ちを必死に打ち消した。キキョウを安全に通り抜けさせる、という大義名分で、また彼女を自分の腕の中に収めることができるから。

けれど、それを当たり前にやってしまったら、本当に僕らの距離はおかしくなる。

「キキョウさん、まだ混んでるみたいだから、俺、こっち側に車回してくるよ」

これは本心だ。買った荷物を持ってキキョウを守りながら歩くのは負担が大きい。

「あ……アオイさん」

「何?」

「……ごめんなさい、一人になるのが……怖いかも」

目を伏せて申し訳なさそうにキキョウは言った。

わかってる。本当に一人が怖いんだって。でもその言葉は僕に言い訳を与えてしまう。

「……人混み、大変だけど大丈夫?」

うん、とうなずいて

「アオイさんと一緒だから」

とキキョウは僕を見上げた。

「じゃあ、混み合ってきたら、またさっきみたいにするけどいい?」

恋人同士なら不要な確認事項。できたら首を横に振ってくれ。

「ありがとう」

結局僕は駐車場に入るまで、再びキキョウの肩を抱いて歩いた。幸いリュックをエコバッグ代わりに持ってきたので手は空いた。キキョウの腕が当たり前のように僕の腰に回る。普段なら腕に守られている身体の側面を触れ合わせながら僕らは歩く。

「あっ、ごめん」

「大丈夫?」

「うん」

キキョウが押されて、彼女の腰が僕の脚の付け根に当たった。彼女の腰の骨の感触と打ち付けられたそれが自分の身体に響く感覚。恋人同士だったら何度も繰り返し知るであろうその感触に僕は戸惑った。

キス一つしていないのに、毎日の生活で、僕はキキョウの身体がどんな感触でどんな質量を持っているのか知り始めている。キキョウの身体の情報が僕に溜まっていって僕を混乱させる。

こんなはずじゃなかったのにな。見ているだけで良かったはずの人は、信じられないほど側にいて、僕に肩を抱かれ守られている。

店内のエアコンが効きすぎているのか、頭が少しボンヤリする。


車に乗り込んだ時、僕は衝動を抑えるのに必死だった。この人にキスをして抱きたい。自分のものにしてしまいたい。少年のように僕は気持ちを持て余した。昼間っから俺馬鹿みたいだな。頭を冷やそう。

「あ、ごめん、買ったジュース取ってくれないかな」

「うん、いいよ、私も飲みたい。ちょっと待って」

助手席から後部座席を覗き込んで、マスクを外したキキョウがリュックを漁った。後ろに荷物を乗せた事を忘れるくらい僕は慌てていて、きれいに伸びた首筋は目の毒だった。キキョウの足元に置かせてもらえばよかった。

「ああ、悪い、自分で取るよ」

「え?いいよ、もうすぐ取れ……」

キキョウが急に振り向いた。

目の前の唇に僕は一瞬のうちに計算して動いた。まるで偶然唇が触れたかのようにキキョウにキスをした。思った通り僕の好きな感触の唇。

「あ……」

「わ!ゴメン!大丈夫?」

「うん……」

手と手が当たったくらいの感覚で僕は謝った。このまま彼女の顏を覗き込んだらきっと我慢できない。僕は何もなかったようにエンジンをかけ、車を出した。

ごめん、キキョウさん。



家に帰り着くと、少し身体が怠い。俺興奮し過ぎだろ、落ち着けよ、初めてキスした高校生かよ、と自分にツッコミを入れつつ買ってきた食料品を仕舞った。

「夜何食べようか?」

「今夜は私が作るよ」

さっきの事は何もなかったように話す。そう。あれはあくまで事故だから。

「アオイさん、顔、赤いよ?」

「え?何でかな」

僕はそんなに物欲しそうに赤くなっているんだろうか。後ろめたいし恥ずかしいし僕は慌てた。今日ちょっとおかしいな。

「ちょっと、いい?」

キキョウの手のひらが僕の額を覆う。

「アオイさん、熱ある」

「マジ……?」

「座って。体温計持ってくる」

パタパタとキキョウが戻ってきて、体温計を耳に当てた。

ピッ!キキョウが溜息をつく。

「……38.5℃。私が移しちゃったかな。ごめんね」

彼女はは眉を八の字に下げて言った。

「今夜はおじやかお粥作るね。はい、寝て寝て」

「でもキキョウさんも体痛いって」

「お粥作るぐらいできるよ」

「寝るなら風呂入らなきゃ」

風邪を引いたら風呂に浸かって汗をかいて早く治すのが僕のやり方だった。

「風邪ひいてるのに⁈」

「だからだよ。汗かいたら早く治るから。沸かしてくる」

「ダメ!私が入れてくる」

「大丈夫だよ」

突然、キキョウが僕の手を取って自分の頬に当てた。

「冷たいでしょ」

「うん……」

ヒンヤリして気持ちがいい。それに、柔らかくて……。

「熱があるからそう感じるのよ。はい、高熱の人は横になってて」

キキョウは僕の手を離すと、風呂を沸かしに行った。前の彼女がいた時、風邪引いた時どうだったっけ。熱のある頭で思い出そうとしたけれど、できなかった。

それよりもキキョウのさっきの手の感触や、頬の柔らかさや肩を抱いて歩いた時の肩の厚みや骨の細さを思い返していた。

熱出してるのに馬鹿じゃないのか。

いや、僕は元々馬鹿なのを普段隠しているだけで、本当は……。

眠気が襲ってきて、いつの間にか僕はソファでうたた寝していた。


「アオイさん、お風呂湧いたよ?」

どこからか優しい声が聞こえる。その声の主はどこにいるんだろう。手を空に差し出して探す。

「アオイさん……?」

あ、きっとこの人だ。腕らしきものを掴んで引っ張った。

「キャ……!」

「呼んだ……?」

好きな匂いがする人の首に顔を埋める。君はどうして俺のこと呼んだの……?

「アオイさん、お風呂湧いた……」

一緒に入りたい?いいよ、でもその前に。ひんやりした人を抱きしめた。触ると柔らかくて気持ちがいい。

「アオイさ……ダメ……熱あるのに……」

また頭がボーっとする。あれ?これ夢か……?

「無理してお風呂入らなくていいよ、ベッドいこ……?」

キキョウの声に促され、立ち上がってみると眩暈がした。ああ、僕はソファで寝てたのか。寝室に入るとベッドに倒れこむ。

ひんやりした手を離したくなくて握りしめた。

「アオイさん、お風呂無理だね。いてあげるから、このまま眠ろう?」

キキョウの声が遠くに聞こえた。

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