第2話『“花の祝福”ってなんのこと?』
すくすくと成長したシャロン。500年前と今で変わったこととは?
「ほら! ナタリーもこっち来てみろ!」
「お待ち下さい、シャーロットお嬢様! 走ると危のうございます!」
生まれ変わってから七年が経ち。
私はいつの間にか七歳になり、歩いて喋って走れるようになっていた。
幼少期の、精神年齢は大人なのに歩けない喋れない走れないという抑圧は、反動で私を活発な子どものようにし、私の冒険者としての自由を求めた行動は、子どもっぽいふりをしなくても充分に子どもらしかった。
「お庭で遊んでいる暇はございません。本日は神殿で“花の祝福”を受けるのですよ?」
「……えぇ……」
「そう嫌そうに申されても、国民の義務にございます。さぁ! 邸に戻り、ドレスを調整いたしましょう」
ズルズルとお庭から引き剥がされて、薔薇の浮かんだ風呂に入れられる。香油を塗りたくられ、髪を魔法で乾かすと、次はドレスアップだ。
(……あぁ……なんで”花の祝福”なんてできたんだだよ。昔はなかったのに……!)
“花の祝福”とは、五年ごとに神殿や協会で五歳以上の子どもを対象に、魔法適性値と魔力属性を測る。一応、生まれてから五歳まで成長できたことを祝う行事であり、平民から王族までが必ず参加するのだ。一種の戸籍にもなる。
(……まぁ、平民は近くの協会。貴族や王族はここ、王都にある神殿で、だけどなぁ……)
あからさまな違いにハァとため息をつく。今は貴族令嬢だが、前世はただの平民だ。なんとなく引っかかるものがある。
(……まぁ、平民が祝福を受けられるだけマシか……下民街なんて……な)
「お嬢様、目をお閉じくださいませ!」
「ひゃっ! はいっ!」
ビシッと突きつけられた化粧筆にビクッと身体を震わせ、思考を中断して素直に目を閉じる。すると、瞼の上に粉のようなものが塗られていくのがわかって。
(……っ、あ、ヤバッ!)
「へックション!!」
「…………」
鼻がむずむずしてきた私は、盛大にくしゃみをした。
そのために顔が揺れ、鏡に映る私の瞼の鮮やかな色がこれもまた盛大にずれる。
その自分の顔もなかなか不気味だったが、それよりも、目の前でふるふると震えているナタリーのほうが私は怖がった。床にいるダリアも毛を逆立ててプルプルと震えている。
「大人しくしていてくださいませ! お嬢様!」
「すまんー!」
なんで祝福を受けるだけなのに化粧なんてしているかというと、それはこのアルメリナ王国の王子たちに原因がある。
この国には二人の王子様がいる。
一人目はクリストファー・アルメリナ様。第1王子であり、バルシェリス公爵令嬢から正妃様となったクリスティアラ・バルシェリス様から生まれた、血筋も確かな物腰が柔らかいリアル王子様。文武両道だとも聞いている。まず間違いなく王太子はこの方だと言われていた。王位継承のときに国が荒れる心配もない。それは良いことだ。
二人目はクロード・アルメリナ様。第2王子であり、バルセロナ国の王女様から側妃になったフェアリーナ・バルセロナ様が生んだこちらもまた血筋のロイヤルなちょっとやんちゃな王子様。
兄弟仲は悪くなく、国の未来は安泰だが、問題はそこじゃない。
(……問題は……!)
どちらも、齢が9歳なのだ。
つまり、神殿で“花の祝福”をともに受けるということだ。
それがわかった時点で“花の祝福”を受ける子どもたちは親から王子様たちに取り入るよう、言われるのが普通。というか、王子様たちが生まれたことがわかった時点で貴族たちは子作りに勤しみ、貴族だけのベビーラッシュが起こる。
理由は明確だ。王家と何らかの関わりを持てば、自分の家は安泰が保証される。そりゃあ、取り入ろうとするだろう。
その取り入る方法が、女の子の場合は美しさなのだ。
(……だから、私も正式に会ったこともない親から贈られたドレスを着るはめに……)
「お嬢様、腕をお上げくださいませ」
「はーい」
上品な白色の、恐ろしく肌触りのよいドレスに腕を通される。腰の下に切り替えがあり、下がふんわりと膨らむドレスは、私に合わせて採寸したためピッタリと合う。
前々世の感覚的には少々野暮ったく、私の趣味と合っていないが。
「……なぁ、これいくらするんだろうか……」
「お嬢様のドレス姿は初めてお目にかかりますが、とても美しく、他に追従を許されませんね」
「……おーい。だからこれ、全部でいくらだ?」
「このイヤリングとネックレス、バレッタはブルーサファイアとダイヤモンドが付いております。これはどこで発掘されたものでございましょうか?」
聞く気のないナタリーにため息をついて、抜き打ちで出された問題に頭の中で答えを思い浮かべた。
「その鮮やかで深い青色のサファイアは鉱業で名高いカルリャナ国産の最高級のもの。この、恐ろしく透明度の高いダイヤモンドは入手困難な、ユーフラン大陸の東の先にあるヒノリマ島産の最高級ものだ。ちなみに……一粒だけついている美しい光沢を放つ真珠はユーフラン大陸の最西端、グリコンタ海を臨むメリーコルト国産のもので、台座やネックレスの鎖になってる銀色の金属はプラチナに間違われそうだが……その繊細な光沢は、硬く丈夫だけど加工しにくいはずのミスリル製だな。上質な剣にもよく使われる」
そこまでスラスラと答えて、頭を抱えたくなった。
本当に、一体いくらするのかと。
「素晴らしいです、お嬢様。全て正解にございます。またこれは国王陛下から奥様への贈り物ですが、シンプルであるがゆえに旦那様の愛人様は気に入られず、お嬢様に回ってきただけですので、お気になさらず」
ちょっと待てとツッコミを入れたくなった。それも、何ヵ所も。
まず、私のお母様に贈られたものを、なぜ当たり前のように愛人様が気に入るかどうかで処分が決まっているのか。しかも、贈ったのは国王陛下だ。それを愛人様が付けて国王陛下に会ったりでもしたらかなーりマズい。というか、その報告を受けるだけでも洒落にならないレベルでヤバい。
(……ま、一番ヤバいのはそれをヤバいと思っていない私の家族だけど……)
うげぇ、と口角をひきつらせながらそんなことを考える。
「……それにしても、淑女教育の成果が見えてきたようで。ナタリーは嬉しゅうございます。王家に連なる伯爵家のご令嬢、尚且つ次期当主でございますから、国王陛下へのご挨拶は完璧になさらなければなりませんよ。それに、言葉使いも改めませんと。これは大事なデビュタメントにございます」
「……わかってる。次期当主としてちゃんとするから」
オリバティス伯爵家には男児がいない。よって長女の私が次期当主として、普通の令嬢が受ける淑女教育に加え、当主教育を3才から受けている。父親からそこそこ意地悪な家庭教師が派遣されたが、イラついて本気で取り組んだら前々世の日本の義務教育で習わされた範囲とほぼ同じで。
いつの間にか教わることがなくなってしまい、今はこの邸にある本を読みつくすことに精を出している。
今も、髪を結っているため顔を少しうつむかせて手元で本を読んでいた。
(……そういえば、“花の祝福”は親も来るんだったな)
明確に決まりはないが、基本的に親が連れ添う。そこで親がいないと家族が不仲かとも疑われたりするものなのだ、社交界とは。いわゆる暗黙の了解というものだ。
ちなみに、父親はほとんど初対面だ。床に臥せているお母様にはお見舞いで一言二言喋ったことはあるためお母様と呼べるが、父は遠目で見たことがある程度で、喋ったことなど記憶にない。よって、容姿もはっきりしないし、お父様なんて呼べない。
「……なぁ、バイオリンを弾いてもいいか?」
「今は髪を結っているところでございます。また、結い終わったら馬車を出さないと間に合わないため、弾く時間はないかと」
「えぇ……」
気持ちを落ち着かせるために楽器に触れようと思ったがすげなく断られ、ハァとため息をつきながら、ぺらりと本のページをめくる。
その本の題名は『世界の経済と魔道具の活用』。
齢七歳の子どもが読む本ではないことに、ナタリーしか話せる人間がいない私はまったく気づいていなかった。
中世ヨーロッパでは、今と比べてかなり野暮ったく重いドレスが使われていたそうです。前々世は現代人として生きたこともあるシャロンに耐えられるのでしょうか?