13 麻薬取締部・捜査部門
【N5
関東信越厚生局
麻薬取締部
NarcoticsControlDepartment,
Kanto-shin'etsu Regional Bureau
of Health and Welfare
捜査部門
Law Enforcement Affairs
特別捜査課
Special Operations Division】
表記されたネームプレートを見て場所を確認し、扉の前で深呼吸を数回ほどして、さらに手に『人』という字を書いて飲み込むと、緊張で胃が収縮してるのか、気持ち悪くなり軽く嗚咽をする。
落ち着かず、三度ネクタイの位置を直し終わり、いざ中へ入ろうとした瞬間「何してるの?」と、背後から女性の声が背中を押す。
「おわぁ!」
自分の世界に没頭し、外界とのコンタクトを遮断していたので、急な来襲に驚き、蜘蛛男のように壁へ張り付いた。
声をかけたのは、細いフレームのメガネが大きく見えてしまうほど、整った小顔の女性。
年齢は目測で、自分よりも上だろう。
ふわりと膨らむセミロングの黒髪は、前髪と耳から下を金色に染め、まるで小顔がマリーゴールドに彩られたかのように、美しさを際立たせる。
それでいて、聖母のような包容力を、醸し出していた。
雪のように白い頬は、メイクの上からでも、吸い付きたくなる美肌。
魅惑的な口紅は、男の理性を狂わしてしまいそうだ。
ファッションは赤のカーディガンを羽織り、下に着る白のブラウスは、胸元を少し開けたことで、豊満なバストが強調される。
細い足にヒタリとつくような、黒のパンツルック。
自分と同じく入館証を首から下げており、絵に書いたような、キャリアウーマンがそこにいた。
壁から離れ指と爪先を伸ばし、姿勢を正して声を振り絞って挨拶する。
「ほ、ほぅ、本日より、福祉保健局より出向を命じられました。麻薬取締員の天童・光灯でちゅ!」
噛んだ!?
ただでさえ初出勤なのに、美人を前にしたことで、緊張が度を超して舌が回らない。
視線を女性へゆっくり向け、様子を伺う。
レンズの奥から、パッチリと目を開けた目上の女性は、動じることなく視線を合わせた。
気付かれてない? セーフ?
すると女性は吹き出し、顔をそむけて笑った。
笑う女性を見て、自分がイタイタしくなり、顔をうつむかせ消沈する。
女性は一笑い済むと、再び視線を向け手で仰ぎ、鳴くウグイスのような声で喋る。
「あぁ、ごめんなさい。あなたが補充要員ね?」
「はい!」
「気の毒ね」
「はい?」
「うんうん、何でもないわ。それじゃぁ、挨拶は中でしましょ」
彼女はガラス細工のような、美しい手をドアへ差し出し、誘導する。
女性が扉を先に開けて、自分は恐縮しながら後に続く。
背後から女性の頭を見ると、ふわりとした髪の下、半分が金色のせいか、バナナの房をぶら下げているように見えた。
入り口を越えると、硝子ケースの収納棚が並び短い通路を作り、そこを通る。
白い壁に囲まれた室内は、中央にスチール性の机が六台向い合わせで、大きな長方形を形成するように並べられていた。
全体を見渡すと、薬務課や一般的なオフィスに比べ、小じんまりしている。
壁際はコピー機やホワイトボード、棚自体が移動可能なスリムロッカーが並び、天井の隅にはモニターが設置され、事件事故のニュースが報道されている。
机では職員が黙々とラップトップを見つめ、薬物の構造体に関する資料の作成に没頭。
皆、集中しているからか、室内の空気は静電気が漂っているように、ピリついていた。
メガネの女性は臆することなく、張り詰めた空気の部屋を突っ切って、窓側の上座の机まで足を進める。
椅子に座り、机で資料とにらめっこする、中年男性に話しかけた。
「課長。都庁からの応援です」
スーツ姿の課長は資料を置き、椅子から立ち上がると、思いのほか背が高い。
上着の前を閉め背筋を伸ばすと、ひょうたんのように膨らむ腹が隠れ、見栄えがよくなった。
「お? 君か。特別捜査課に出向で来たのは?」
机の上に置いてある札には【特別捜査課長】という、立派な肩書が掘られている。
特別捜査課長こと、上席麻薬取締官の容姿は凛々しく。
オールバックの黒髪は、後頭部が狼かハヤブサのようにサイドが跳ね上がり。
もみあげから見える白髪は、耳元まで広がり後ろへ流れている。
顔立ちは昭和のスター俳優のように、濃さを感じさせるソース顔。
蓄えた口髭は、針のように蛍光灯のビームを反射させ、目はクマがあるも、世の中の全てを見渡せるかのごとく、見開かれている。
しかも発する声は、空気が重くのしかかる程の重低音で、渋さが増す。
薬務課に居た時の課長が犬のパグなら、こっちの課長はフクロウ科のミミズクだ。
次は外さない。
「本日より、福祉保健局より出向を命じられました。麻薬取締員の天童・光灯です」
隣でメガネの女性がクスリと笑った。
「私が特捜で課長を務める『六道・衆生』です。彼女との自己紹介は済んだかね?」
「お名前はまだです」
課長に振られて、メガネの女性は入館証を見やすいよう、バストの前まで上げて名乗る。
「私は『安倍・聖愛』といいます。特捜では、麻薬対策係の係長を務めています」
課長は付け加える。
「安部係長は大学で在学中に、麻薬取締部によって急募求人された取締官だよ」
「別にマトリのスカウト自体は、他にもしていますし、私はその一人にすぎません」
「謙遜だな?」
話のスキが見えたので、改めて安部・聖愛係長へ挨拶をした。
「宜しくお願いします!」
その後すぐ、課長はこちらを試すように、質問する。
「君は捜査部門については、どこまで知っているかな?」
「はい。麻薬及び向精神薬取締法に基づいて、違法薬物の摘発に巡視する、司法警察機関です。各捜査部門にかんしては、まだ詳しくは解りません」
「よし、それでは簡素に説明しよう」
課長は一泊置いてから説明する。
なかなか長い話になりそうだ。