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第六話






「今日は物売りが来る日だったわよね?」

「あぁ、そういえばそうだったかしらねぇ。今紙が切れてたのよ、丁度いいわ」

「あたしは菓子を買おうかしら」


 洗い終わった洗濯物を受け取って部屋へ戻る時に通りすがった姐さんたちが、そんな会話をしていた。


「姐さん、物売りってなに?」

「あぁ、月に2回やってくる商人のことさ。車を引いてね。結構なんでも取り扱ってるから、あんたも必要なものがあればそこで借りると良いよ」

「なんでも? じゃあオムライスはある?」

「おむらいす?」


 前世であの子が好きだった食べ物だ。お母さんによく作ってもらってた。あの子があんまり美味しそうに食べるから、私も食べてみたかったんだよね。

 今はせっかく人なんだから、オムライスを食べてみたいとひそかに思っていたのだ。


「なんだいそれ」

「なんかねー、ご飯なの。赤いお米の上に卵を焼いたのをのっけて、ケチャップをかけるんだ。すっごく美味しいの、多分」

「多分かい。うーん、聞いたこともないね。語感的に南蛮のものかい?」

「そうかも?」


 物売りはご飯までは売ってないそうだ。残念。


「でもお金がないよ。それとも親父様が借金につけといてくれるの?」


 遊女には最初から見世に借金がある。私たちにはまだないけど、着物や装飾品を買う時の金、化粧代家具や寝具、その他もろもろ。基本的に遊女は金を持たないので見世に負担してもらい、後から働いて返す形なのだそうだ。


「いやいや、そうだねぇ……」


 姐さんは棚からがま口を取り出すと、そこから数枚の小銭を出して私に握らせてくれた。


「小遣いだよ。大事に使いな」

「えっ、これ何のお金?」

「あたしの個人的な持ち金だね。これから毎月小遣いをやるから、それでやり繰りしてごらん」

「でも……」

「このくらいは姐女郎の甲斐性さ」

「そっかぁ、ありがとう! 将来私も稼ぎ出したら絶対恩返しする!」

「楽しみにしとくよ。物売りは昼時に来るはずだからね、こいしを連れて後で行っておいで」

「姐さんは行かないのかい?」

「今日は月の通りで体が重くてね。見世が始まるまではじっとしてるよ。親父様にそう伝えてきてくれないかい?」

「分かった!」


 月の通り、つまり生理か。女の人は大変だ。遊女にとっては特に死活問題だな。

 私は階段を下りて親父様の執務室へ向かう。もう道は覚えたから大丈夫だ。寄り道もしない。


「親父様ー! 姐さんから伝言!」

「なんじゃ」

「今日は月の通りで体が重いから見世までじっとしてるって。具合悪そうだったからあんまり無理させたらだめだよ」

「分かっておるわい。あいつはここの稼ぎ頭じゃからのう」

「……あ、そうだ。花魁って姐さんの他にもう1人いるんだろ? 会ったことないけど、その人はどうしてるんだ?」

「あいつか、そうじゃのぅ」


 親父様が難しい顔をしてしまう。


「えーっと、駄目な話?」

「あいつのことは風見から聞け。必要になれば話すじゃろう」

「? はーい」


 よく分からないけど、教えてもらえなかった。

 執務室を出て廊下を歩いていると、丁度こいしの後姿を発見した。用があるんだった、運がいい。


「こいしー!」


 駆け寄って行って後ろから飛びついた。


「びっくりした? ねぇねぇ、用事があったんだけど……こいし?」


 いつもならここで「馬鹿じゃないのか」とか「殴られたいのか」とか返ってくるのに、無反応だ。


「僕に触るな」

「……えぇ」

「近寄るな、話しかけるな」


 そう言って早歩きでどこかへ行ってしまう。


「えぇー……」


 何か怒らせるようなことしたかな。でも昨日の昼はかち合わなかったから話してないし、夜もこいしは執務室に行ってたからそもそも顔も合わせていない。怒られる理由が思い当たらないんだけど。本当にこいしは謎だ。


「あ、物売りの話してない……」


 あの調子だと一緒に行くのは無理そうだけど、物売りのことは教えてあげないと。こいしも欲しいものがあるかもしれないし。

 あー、また怒られたらやだなぁ。



 *****



「かぐやじゃないかい、買い物かい?」


 出入口のところでうろうろしていると蛍に出くわした。


「うーん、そうなんだけどね……松江は?」

「松ちゃんはまだ部屋よ。欲しいものを紙にまとめておいたらしいんだけど、その紙をなくして探し回ってんの。お馬鹿でしょう?」

「手伝ってやらないのか?」

「そしたら面白くないじゃない」


 蛍はころころと笑った。松江もだけど、蛍は輪をかけてそうとう変わってる。


「そうだ、こいしを見てないか? さっきから探してるんだけど見つからないんだ。4階から2階は見たから、今はここらを探してるんだけど……」

「いや? 見てないよ」

「そっか。もし見つけたら物売りのこと教えといてくれないか? あいつまだ知らないと思うんだ」

「構わないよぉ」

「ありがと。松江にもよろしくな。前はうやむやになったけど、あの時のことはいつかこいしに謝ってもらうから!」

「はーい」


 こいしの奴、どこにいるんだろう。


 流石に探してばかりいるわけにもいかないので姐さんに仕事を貰ってこなしながらそれとなくいろんな所を見て回る。だけどこいしは見つからなかった。

 あ、これは避けられてるな。

 だってこんな広い灯篭屋だもん。やみくもに歩いてたら逆に会うだろ。全く一切気配を掴ませないってことはあっちが私を避けてるんだ。その証拠に昼餉にも来なかったし。姐さんに聞くと部屋にも戻ってないらしい。


「あれかぐや、まだこいしを探してんのかい?」

「あー、蛍」

「もういいんじゃない? 物売りはまた2週間後も来るんだよ。あんたが逃しちまったら意味ないだろ、いっぱい物が売ってて楽しいんだから」

「えー……」

「ほらおいでよ」


 蛍に腕を引かれて1階に降りる。


「そういえば松江は?」

「松ちゃんはまだ紙が見つかんないんだって」

「あー……」


 お馬鹿だなぁ。


 玄関前は思ったより賑わっていなかった。たぶんそろそろ店じまいの時間だからだろう。頬かむりをかぶった中年くらいの男の人が屋台を引いていて、そこには沢山の商品が並べられている。

 風車や紙風船、けん玉なんていうおもちゃもあった。人形はなかった。残念。


「ほら、このかんざし可愛いんだよ。前の時も狙ってたんだけどほかの子に取られちゃったの。松ちゃんとお揃いで買おうっと」

「へー……」


 蛍が見せてくれたのは玉飾りのついたかんざしだった。緑と橙で、2人によく似合う。


「あ」


 髪飾りの棚にひとつ、目を引くものがあった。

 小さな花と白いぼんぼんを組み合わせた丸い飾りで、リボンが結んである。可愛い。


「これ、こいしに似合う」

「そうかな?」

「そうだよ、つけたら絶対可愛い。こいしに買ってあげよっと。紙風船も買おう。こいしと遊ぶ用に」

「かぐやって……」

「?」

「なんでそんなにこいしに絡むんだい? 悪口を言う訳じゃないけど、態度も酷いし、それに……」

「だってこいしのこと気になるんだもん。もっと知りたいの。だから一緒にいたいんだ。それにこいし優しいよ。私が迷ったら探しに来てくれたし」

「……ふーん、あの子優しいんだねぇ」

「そうだよ。こいしは難しいからよく分からないけど、でも良いやつだよ。それになんとなく、あの子に似てる気がする……?」

「あの子?」

「私の大好きな子」

「そうなの」


 蛍がふくふくとした頬を緩めて笑う。可愛い。


「おじさん、これ貰うね」


 お金を払って商品をもらう。蛍はまだ見ていくみたいなので、私は1人で階段の方へ向かった。


「こいしにこれ渡してくるー!」

「じゃあね」


 蛍と別れて廊下を進む。階段を上って3階。ようし探すぞ。

 そう思ったら、ばったりこいしに出くわした。


「あ!」


 こいしが逃げようとしたので、とっさにその腕を掴む。


「待って! 2つ言いたいことあるから、それだけ聞いて!」

「……は?」

「1つ目はね、ここには月に2回物売りが来るんだって。今日がその日だったの。おもちゃとか紙とかお菓子とか、とにかくいろいろ売ってるから便利なの。姐さんから聞いてこいしに教えたかったのに、変なこと言ってすぐ行っちゃうから今日はもう帰っちゃうけど」

「あぁ、そう……」

「2つ目は、これ。こいしに似合うと思ってさっき物売りのとこで買ったの。か……」


 あ。

 髪飾りって、髪じゃん。NGワードだった。本当に全然考えてなかった。まるっと忘れてた。


「か、飾り……? あー、ごめん、やっぱいいや……そうだ! 紙風船あるよ。一緒に遊ぼうと思って」

「…………っ」


 こいしがすごく辛そうに顔を歪めた。


「ごめん、こいしい酷いこというつもりはなかったんだ。ただ忘れてて……いや、そっちの方がだめかもしれないけど。とにかくごめん!」

「……違う」

「え?」

「なんで、そんな」

「な、なに?」

「う……」


 こいしの目に涙がにじむ。私はとっさに手を伸ばしていた。


「触るなっ!」


 あ、やっちゃった。

 またこいしを怒らせて、手を振り払われて、そして――私の後ろは階段だった。

 体がふわりと宙に浮く。こいしがすごく焦って私の名前を呼ぶ。

 やばいなー、と思いながら私の意識は途絶えた。



*****



 いたた。

 目が覚めて、寝返りをうつと首のうしろの下あたりがずきずきと痛んだ。う、なんか体中も痛い。遅れてどんどん痛みがやってくる。


「起きたかい」

「あ、姐さん。おはよー」

「呑気だねぇ。自分の状況分かってんのかい?」

「私? えっと……あ、階段から落ちたんだっけ?」

「覚えてるんだね、なら良かった。体に異常はあるかい?」

「体中痛い!」

「そりゃしょうがないよ」

「そっかー」


 ここはいつも私とこいしが寝起きしてる部屋で、窓の外はもう暗くなっていた。夜まで気絶してたらしい。近くの医者まで呼ぶ騒ぎになったらしく、それを聞いてちょっと申し訳なくなった。

 そうか、前世の感覚が抜けないけど、この体は人なんだもんね。雑に扱ったら壊れちゃう。


「お医者の先生が言うにはあんたは結構うまいこと落ちたらしいよ。体は節々打ってるけど、頭はうまく守ったらしい。特に問題もないし、後にも引かないだろうってさ」

「そっかー、流石私」

「元気だねぇ」


 私がちょっとおどけると、姐さんもやっと笑ってくれた。


「こいしのことだけどね」

「あ! そうだこいし、あいつは? 一緒に落ちたりしてないよね」

「あいつは無傷だよ。あんたはこいしに階段から突き落とされたんだからね」

「あー、覚えてるよ」

「こいしはとりあえず親父様の所にいるよ。多分、わざとじゃないのは本当だろうよ。真っ青な顔してここに駆け込んで来たのもあいつだしね」

「あれは事故だよ、私がこいしを怒らせちゃったの。説明しに行った方がいいかなぁ」

「やめな、あんたはまだ寝てるんだよ。あたしが後で親父様を呼んできてあげるから」

「はーい……」


 こいしは気になるけど、体中が痛い今歩くのはちょっと辛い。お言葉に甘えよう。

 姐さんに優しく撫でられて、私はだんだんとまた眠くなっていった。





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