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第五話






 宴会場での失敗から2日が経った。私はこいしに内緒であの諸悪の根源とも呼べる姐さんを探してるんだけど、全然見つかりそうな気配がない。流石に無謀だったかな……。この数だもんな。


「姐さん、こいしが布団にいないよー」


 昨日の夜はこいしが戻ってくる前に寝ちゃったんだった。どうせすぐ戻ってくると思ってたんだけど、朝になってもまだいない。


「あぁ、多分親父様ん所だろう。気にしなくていいよ」

「親父様? なんで親父様の所に?」

「早く勉強がしたいんだって。まぁ確かに字もろくに読めないようだったから、あんたと一緒に始めても遅れを取り返すのは難しいだろうねぇ。だから焦ってんじゃないかい? 夜は親父様の執務室で勝手に本を見たりしてるらしいから、そのままそっちで寝ちまったんだろ」

「ふーん、真面目っていうか、頑張り屋だな。私は勉強とかあんまり好きじゃないなー」

「あんたの呑気さの方があいつは見習うべきかもね……」


 朝起きて布団をたたみ、押し入れに突っ込む。これから朝餉だ。もう良い匂いが建物中に漂っている。


「私こいしを呼んで来ようか」

「頼めるかい? 親父様は多分そこまで気をまわしてくれないだろうからね」

「はーい、行ってくるよ」


 私は部屋に姐さんを残して廊下へ出た。お腹が空いてるから、早くこいしを回収して朝餉にありつきたい。

 親父様の執務室は1階だよな。一度姐さんに案内してもらったから余裕だ。目を瞑ってもいけるぜ。

 私は鼻歌なんか歌いながら廊下を進み、階段を下りた。



*****



 ……迷った。


 いや、違うんだ。さっきまで普通に吹き抜けに面した分かりやすい廊下を歩いてたんだけど、あの時の遊女を見つけた気がして追いかけて道をそれたら、よく分からなくなっちゃったんだ。

 それに、4階は遊女の持ち部屋しかないから迷いようがないけど、1,2階はいろんな施設があって入り組んでるの。細い廊下も多いし部屋の奥に部屋があったりもする。正直構造が分かりずらい。

 私は1階へ続く階段を探してるんだけど……歩き回って今いる場所も分かんなくなって来ちゃった。


「ど、どうしよう」


 うー、お腹が空いたよ。姐さんの部屋を出てからそこそこ時間が経ち始めている。姐さんはもう食べてるかな? 待たせてたら悪いな。


 というかこいしだよこいし。あいつがちゃんと部屋で寝ないからこんなことになったんだ。会ったら一言文句言ってやる。


 歩き回ってちょっと疲れたので、廊下の端っこに座ることにした。

 うん、焦るのは良くない。落ち着いて考えよう。


「はー……このまま姐さんのところに一生戻れなかったらどうしよう」


 いやそんなことあるはずないけど。ないよね?

 だんだん心細くなってきた。ちょうど朝飯時だからか廊下は無人だし。どこかから喧噪は聞こえるのにどこから聞こえるのか分からない。

 試しに立ち上がって近くの障子を開けてみると部屋の中にまた襖がある。それを開ける。開ける。知らない廊下に出る。


「…………」


 もうやだ。


「かぐや?」

「……こいし?」

「お前、こんなとこで何やってんだ」

「こいしー!」

「ぐふっ」


 廊下の角から顔を出したこいしに、私は渾身の力でタックルした。


「殴られたいのかお前は」

「うわー! 来てくれるって信じてたよー! 実は結構心細かった……!」

「迷ってたのかよ……朝餉に行ったら風見がお前は僕を呼びに行ったって言うから、入れ違いになったんだと思って見に来てやったのに」

「うぅ……怖かったぁ。誰もいな過ぎて私は本当に灯篭屋にいるのかだんだん不安になって来たてたもん。泣こうかと思った」

「馬鹿か」


 あ、思い出したらちょっと涙が。本当に心細かったけど、こいしが来てくれた時の安堵の方がすごかった。そっちの方が泣きそうだった。

 そうか、私不安で怖かったんだな……それとこいしと会えてすごく安心した。はー、また発見だ。でもこの不安はできればもうあんまり経験したくない。


「?」


 こいしの手がおずおずと私の頭を触った。これは……? もしかして、頭を撫でられてる?

 私がこいしの顔を見ると、はっとして手が引っ込められてしまう。しまった、もう少しやってもらいたかった。


「私、こいしが来てくれなかったら餓死してここの亡霊になってたかも」

「……阿保か。そんなのはどうでもいいから早くどけよ。いつまで乗ってんだ、重い」


 私はタックルしてこいしに馬乗りになった姿勢のままだった。


「んー……」

「早くどけって」

「えいっ」

「!?」


 そのままこいしに抱き着いてみる。


「な、なに」

「感謝の気持ちを表現してみようと思って……」

「しなくていい、しなくていいからどけ」

「ていうか私のこと探しに来てくれたんだね。嬉しいなー」

「なんでこのまま普通に話を続けられるんだよ!」

「こいしって私のこと嫌いなんでしょ? それでも見に来てくれるなんて優しいねー」


 こいしは優しいなあ。

 優しいってどういう気持ちなんだろう。優しくされると嬉しいから、嬉しい気持ちと似てるのかな?


「ねぇ、どうしてこいしはそんなに優しいの?」

「はぁ? 僕は別に、優しくなんて」

「私もこいしみたいに優しくなるにはどうしたらいいと思う?」

「お前は……僕なんかよりずっと優しいだろ」

「え? そうなの?」


 私って優しいの? 知らなかった。

 こいしがうるさいので上から立ち上がる。ぶちぶち文句を言いながらこいしは食事処へ歩き始めた。


「ねぇねぇ、どうして私のこと探しに来てくれたの?」

「別に、気まぐれだよ」

「えー、嘘だぁ」

「嘘じゃない


 何で教えてくれないんだろう? 教えてくれないってことは隠したいことなのかな。何で?


「あ、そうだ、来てくれてありがとうね、こいし」


 お礼を言ったのにこいしはなんだか難しい顔をした。険しい、あとちょっと辛そうな顔だ。何で? 本当にこいしは難しい。

 その内心を読み取ろうとこいしの顔をじっと見ると、こいしの目元が何だかくすんでいることに気が付いた。


「……くま?」

「熊?」

「じゃなくて目元。くまあるよ」

「あぁ……昨日あんま寝なかったからだろ」

「なんで?」

「別に」

「別にじゃないよ、くまなんて作っちゃだめだよ。正統派美少年から病的美少年になっちゃう!」

「意味わかんないし、お前に口出しされる覚えはない」

「勉強してたの?」

「別に……」

「こいしは頑張り屋さんだねー。でも体だけは大切にしないとだめだよ。人は脆いからね」

「はぁ?」

「夜は親父様の所にいるの? 私も行って良い?」

「なんでだよ、お前は必要ないだろ」

「でも一人で寝るの寂しいし、こいしと一緒のとこ行こうかと思って」

「絶対来るな」

「だめ?」


 じーっと目をそらさないでいると、こいしはたじろいだ。


「……お前が来るなら、僕は部屋に戻る」

「えーっ! 意味ないじゃん。私のこと嫌いすぎるでしょ、もー」

「…………そういうわけじゃ、ないけど……」

「じゃあなに?」

「…………」


 なんでちょっと否定したんだろう。前にはっきり嫌いって言われてるからもういいのに。

 こいしと無言のまま食事処へ向かうと、呆れた顔をした姐さんが私たちを待っていた。


「何してたんだい2人して。もうあたしは食べ終わっちまったよ」

「ごめんなさーい。私が迷っちゃって……」

「まったくもう、あれだけ迷わないように言ったじゃないか」


 さっそく今日の朝餉を貰い席に着く。今日は煮物だ。


「なんだいあんた、迷ってたのかい。間抜けだねぇ」


後ろからそんな声がした。振り向くと、かなり痩せ気味の女が私をにやにやと見ている。


「あーっ! こいつだ! こいつだよこいし! あの水差しの!」

「え? ……あ」

「水差し? 何のことだい記憶にないねぇ。聞けばあんたらはあの後仕置きを受けたそうだけど、それは私には全く関係ないってもんだよ」

「ずっと探してたんだ! 見つけた!」

「かぐや? 何やってんだいあんた」


 大声で騒いだせいでべしっと頭をはたかれた。


「風見花魁!」

松江(まつえ)じゃないか。何なんだい一体」

「こいつがこいしに無理な注文したせいであの時はこいしだけ怒られたんだよ。文句言ってやりたかったんだ」

「かぐや、もういい」

「なんで? こいしは腹立たないの?」

「そんなやつをいちいち相手してたら時間の無駄だ」

「それはそうかもしれないけど」

「ご覧よ花魁、こんながさつな餓鬼と混血なんか売れっこない! 花魁が世話する必要なんてないのさ!」

「なにを、失礼な」

「かぐや、ちょっとお黙り。あんたらの話はあとで聞くから。松江、どういうことなんだい」


 姐さんに言われたので私たちは口を閉ざした。


「だ、だって! 花魁は今まで誰にも目をかけなかったのにどうしてそいつらだけ……ずるいじゃないか! そいつらがよっぽど優秀ってんなら納得できたかもしれないけど、馬鹿みたいなただの餓鬼だ! 親父様もどうしてこんな奴らを……」


 つまり姐さんが好きで、その嫉妬が私たちに向いたってことか。姐さんは人気者だ。


「じゃああんた、今までこの子らに嫌がらせしてたのかい」

「ちょ、ちょっと……」

「こいしはそいつのせいで遣り手婆に怒られたよな」

「そいつに廊下でぶつかられたこともある」

「松江……あんたってやつは」


 姐さんが静かにため息をついた。

 それはともかくとして、机の上の煮物が覚めていくのが見える。今のうちにぱくっと食べちゃったら駄目かな……。


「松江! このことは親父様に報告するから、きちんと罰を受けるんだよ」

「でも花魁、私!」

「待っておくれよ!」


 そういって飛び込んできて豪快に土下座をしたのは松江とは反対にふくふくとした、丸っこい女だった。

 あっ、お腹鳴った。隣からこいしの視線を感じるけど、気づかないふりをした。


「松ちゃんのことをどうか許してやっておくれ! 松ちゃんは短絡的でお馬鹿だけど、根は良いやつなんだよ!」

(ほたる)……そうは言ってもねえ」

「お願いだよ花魁、そこの2人も、えっと……」

「かぐやだよ、こっちはこいし」

「かぐやとこいしには本当に悪いことをしたけど、松ちゃんの場合思いつきっていうか、深い考えなく気に入らないからやっちゃったみたいなお馬鹿だから、2人を困らせようとはそこまで考えていなかったと思うんだ。なんせ松ちゃんはお馬鹿だから!」

「あんた私を助けに来たのか貶しに来たのか一体どっちなんだい!」


 面白いやつが出てきた。

 だんだん私の勢いも消えてきて、今はもう空腹しか感じられない。お腹空いた。


「そうは言ってもねぇ……」

「風見、僕はもういいから早く飯にしたい。こいつの腹がさっきからうるさいから」

「あっ、せっかく我慢してたのに何でばらすの!?」

「我慢してないだろ、うるせぇんだよ」

「まぁ、張本人がそういうなら……」


 姐さんがちょっと態度を緩めると、松代はさっさと蛍を連れて私たちから距離を取った。


「ふん! こんなことで恩を着せたと思わないことだね! 私はあんたたちを追い出すまで諦めないから!」

「松ちゃんがごめんね、長い目で見れば面白い子だから」


 そう言っていなくなった。


「相変わらずだねあの2人は」


 その時、私の腹が空気を読まずにぐーっと鳴った。


「……食べてもいい?」


 恥ずかしい。恥の気持ちだ。





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