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第三話



「じゃあこの洗濯物、下働きたちに渡してきてくれるかい」

「分かったよ姐さん。行ってきまーす」


 私たちは働き始めた。姐さんの身の回りのお世話が主な仕事だ。

 洗濯物がどっさり盛られた籠は見た目より重い。えっちらおっちら階段を下りていると、私の二倍くらいの荷物を抱えているこいしとすれ違った。


「そんなに荷物が多いと大変じゃないか? 手伝おうか? 私のこれはすぐ終わるし」

「いらない」


 ぴしゃりとはねのけられてしまう。うーん、冷たい。

 でも手伝ってもらったら自分の負担が減るんだし、得じゃない? それでも嫌って言うのはどういう気持ちなんだろう。

 ……まあ男の子だから私より力はあるか。余計なお世話だったのかな。

 私は見た目通り非力なのでゆっくり行こう。別に姐さんも急いでなかったし。


「おじさーん、洗濯物だよ」

「おう、風見花魁とこのか。そこ置いとけ」

「はーい」


 数日働くうちにちょっとずつ顔見知りも増えてきた。下働きの人たちは一見粗暴に見えるけどあっけらかんとしてて楽しい。

 一番よくしゃべるのは喜助(きすけ)っていう男の人だ。故郷に小さい妹がいるとかで、私を可愛がってくれる。


「さっき通った混血も花魁とこのだろう?」

「こんけつ?」

「異国の血が混じった奴のことさ。さっきから1人で切羽詰まった風に行き来してっから、嬢ちゃんから声かけてやんなよ。最初からあんな飛ばしてちゃあ続かないぜ」


 頑張りすぎ……なのかな? さっきは平気そうにしてたけど、考えてみればこいしが私の前で弱みを見せるわけもないか。うーん、私になんか言われても嫌がりそうだし、姐さんに伝えてみようかな。

 向こうの人たちがざわざわとお喋りをしている。


「にしても親父殿はなんで混血なんか受け入れたんだか。あの薄青い目を見たかよ。ありゃあ気味が悪くていけねえや。さっきすれ違ったんだがな、俺は背筋がぞぉっとしたね」

「混血なんか売れる訳もねえのになぁ。今度ばっかりは親父殿の考えがさっぱり分からねぇ」

「おい、お前らくっちゃべってねぇで手を動かせ」


 喜助は他の人がそんな風にこいしの噂をするのをたしなめてくれた。


「ありがとー喜助。こいしに喜助が心配してたって言っておくね」

「あぁ……嬢ちゃんも気をつけてやんな。望んであんな容姿に生まれた訳でもねぇだろうに、これからしなくていいはずの苦労をたらふくするんだろうなぁ」

「もしかして喜助、弟もいた?」

「お、何で分かったんだ?」


 わかりますとも。

 水場から出て部屋に戻ろうとすると、またもやこいしの姿が見えた。腕にはたくさんの文を抱えている。姐さんに出すように頼まれたんだろうな。

 私が声をかけようと思って片手をあげると、そばを歩いていた女の人がこいしにぶつかって、文はひらりとその腕から抜け落ちた。


「あっ!」


 紙はひらりひらりと舞いながら、手すりを超えて吹き抜けを落ちていこうとする。私はとっさに手を伸ばした。


「…………っふー、キャッチ。間一髪だー」

「何やってんだ!」


 こいしが駆け寄ってきて、私の手から文をひったくった。


「馬鹿かお前、こんなとこから身を乗り出して、3階だぞ。数も数えらんねぇのか」

「ちゃんと手すりをつかんでたし、別に落ちないって」

「なんでそんなことが分かるんだよ!」

「え、心配して怒ってくれてるの? こいしは優しいねぇ」

「…………」


 こいしは言葉を失って、驚いたように私を見ていた。そんなに驚くようなことを言ったかな。多分、こいしは分かりにくいだけでかなり優しい方だと思うんだけど。

 正直分からないことの方が多いけど、いつも私が何かするから怒るだけでこいしから何かされたことはないし、言動の節々に他人を意識している感じがする。そういうところ、なんだかちぐはぐだ。


「それより手紙が落ちなくて良かったな。下は人が多いから、落ちたら探すのに一苦労だ」

「……るな」

「ん?」

「勝手なことするなって言ってんだよ! 僕がお前に助けてくれって頼んだかよ。僕は1人でやれる、お前の助けなんか必要ない!」

「こいし……」

「分かったらとっとと失せろ馬鹿。二度と僕に関わるな!」


 言い切って、肩で息をするこいしに私は何にもかける言葉を持ち合わせていなかった。


「……じゃあ、私行くな。また後で一緒にお昼食べような」


 今のこいしに何か言っては駄目な気がしたので、私は速やかに離脱する。


「うーん……」


 また怒らせてしまった。

 本当にこいしが私を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌ってるっていうなら私が近づかないのが一番なんだろうけども、どうもそれだけじゃない気がするんだよな。

さっきの言葉だって、私よりも言ってるこいしの方が辛そうだった。自分の言葉で傷ついて、これ以上何かしたらばらばらに砕けてしまいそうだ。


「危うい、っていうのが一番適切かなぁ」


 でもなんとなくそんな感じがするだけで、具体的なことは何にも分からない。

 何とかしてあげたいような、そんな気持ちにかられるけど、でも私は何をしたらいいのか分からない。


「これじゃ前と一緒だ」


 姐さんに相談してみようか? 難しい。



*****



「宴会場の準備?」

「そうじゃ。貴様らはいずれ宴の支度を指示する立場になるでな、席の整え方や配置、飾る花の種類から意味まで何でも知っているに越したことはない」

「なるほどー」

「明日はちょうど風見の馴染みが来店するのじゃ。その支度に貴様らも加わり、技を盗むがよい」

「はーい」


 昼過ぎに急に親父様に呼び出されたと思ったら、そんなことを通達された。


「なんか、急にそれっぽい仕事が来たね」


 いつも通りこいしには無視される。もう分かってるよ。


「こいし、風見の所へ戻るんじゃろ。ならついでにこれも持って行け」

「……分かった」


 うわ、親父様だけこいしとお喋りしてずるい。親父様が手渡したのは髪束が入った箱だった。


「手紙ならさっきこいしが届けたよね?」

「これは客から風見に届いた文じゃわい」

「おぉー、流石売れっ子」


 こいしは親父様の執務室からさっさと出て行ってしまった。私は昼餉でまだお腹が重たいから階段を上りたくないな。


「親父様ー」

「なんじゃ、仕事はどうした」

「あー、えっと、親父様に質問です」

「言うてみい」

「混血って何ですか」


 いつものようにはきはき答えてくれるかと思ったら、親父様はむむと唸りだしてしまった。


「ハーフ……えっと、日本人と外国人とのあいの子っていうのは分かってるんだけど、なんかみんなその話をすると変な雰囲気になるから」

「……貴様はどれほど箱入りだったんじゃ。いや、良い。子供は本当ならそんなことは知らん方が良いからな」

「そういえば、外国人さんってあんまりいないよね? 珍しいの?」

「お国の方針で門を閉ざしとるからのぅ。長崎へでも行けば違うんじゃろうが、ここいらへは異人はやって来んわい」

「だからハーフも珍しいの?」

「混血それ自体というより、問題なのはあの特異な容姿じゃろうなぁ。金の髪も蒼の目もこの国では目立ちすぎる。それ故傷つけられることも多いのじゃろう」

「ふーん……」


 だからあんなに髪のことを気にしてたのか。一つ謎が解けた。

 目立って、それを理由に絡まれるうちにかっみの話自体が嫌になったのかな。いつかの姐さんの言葉を借りるなら傷口に触られたくない、みたいな気持ちか?


 そういえば喜助やその友達が混血は売れないって言っていたけど、それも同じ理由なのかな? ならどうして親父様はこいしを買ったんだろう。聞こうと思ったけど、そろそろ親父様の目が厳しくなったのでやめた。仕事に戻らせていただきます。


「私ももう行くねー」

「うむ、励めよ」


 執務室を出て、私も姐さんの部屋を目指す。今はやることがないから、仕事を貰いに行こう。

 うー、まだちょっと体が重い。

 三階へ上がったところで廊下の向こうにこいしを見つけた。やった、追いついた。


「こいし……?」


 近づくと、こいしはしゃがみこんで廊下に散らばった文を拾っていた。

 周りを歩いている人たちはそんなこいしをいないもののように通り過ぎていく。

 えっ……誰か手伝ってくれても良くない? これも見た目のせいなの? ちょっと冷たいと思う。


 私はあわててこいしに駆け寄ろうとして、そしてすんでのところで思いとどまった。

 危ない危ない、また「余計なことするな」って怒られてしまうところだった。こいしは私が嫌いなんだった。


「あっ、姐さんそこ踏んだら駄目! 風見花魁に届いた手紙なんだから」

「えっ……あぁそうなの、すまないね」

「今拾ってるから避けて歩いてね。そっちの兄さんも」

「おう……」


 私はこいしの前に立ちはだかって腰に手を当てた。手紙を踏む奴がいないように、見張りだ。


「言っておくけど、別にこいしを手伝ったりなんかしてないんだからな」

「…………」

「姐さんへの手紙だからな」

「……うん」


 怒られなかった! 成功。今度からこの手で行こう。

 それにしてもどうしてこいしはそんなに手伝われるのを嫌がるんだろう? たとえ嫌いな相手でも自分の負担が減るんだったらよくないか? やっぱり難しい。よく分からないな。


「……かぐや」

「えっ?」

「拾い終わった」

「ああ、うん、良かった」


 じゃあ姐さんの部屋に戻ろう。そうしよう。


「……ん? 今私の名前呼んだよね」

「…………」

「呼んだよね? 初めてこいしが私の名前呼んでくれた! 嬉しい!」

「う、うるさい」

「お前じゃなくてさぁ、もっとかぐやって呼んでよ。この名前、前のより可愛いしお気に入りなんだ。こいしが呼んでくれたら嬉しいなー」

「うるさい……」


 きまり悪そうに眼をそらす。そういう仕草、ちょっとかわいい。

 あ、今私嬉しい。

 こいしのおかげだ。こいしはやっぱりすごい!


「僕は、お前と仲良くする気なんかないからな」

「分かってるよー、何度も聞いたもん。でもこいしが私を嫌いなのと私がこいしを好きなのは関係ないでしょ。もういいですー」

「す…………っ」

「こいし?」


 のぞき込むと、こいしの白い顔が真っ赤に染まっていた。


「あ……ば、馬鹿、見るな」

「かわいい、食べちゃいたい」

「寄るな馬鹿! 嫌いだ!」

「それはもう分かったって」


 そんなに念を押されなくてもさすがにもう分かった。


「私のことはもう良いからさー、早く姐さんとこ戻ろ」

「……あぁ」

「姐さんに教えてあげよーっと。こいしがすごくかわいい顔してたって」

「引っぱたくぞ」

「お、私喧嘩ってしてみたかったの! ねぇねぇこいしは喧嘩したことある?」

「ない」

「なんだー。じゃあ案外私が勝っちゃうかもね」

「はあぁ?」


 すごい溜めた「はあぁ?」を頂いた。遺憾の意がよく表現されている。


「言ってろ、ぼこぼこにしてやる」

「楽しみだなー」


 姐さんの部屋に着くまで、私とこいしはそんなやり取りをしていた。





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