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第二話





「あ、こいしもう体洗ってる!」

「何ちんたらしてんだよ」

「姐さんに帯解いてもらってたの。それより……」

「?」


 もう頭は洗い終わって体をあわあわにしているこいしをみる。さっきまで薄汚れていた肌は一点の曇りもなくつるりとして、髪はしっとりと濡れて絹糸みたいに輝いていた。


「絶世の美少年だ……」

「はぁ?」


 私は日本の外から買われてきたお人形で、前世の同じ工房で作られた仲間にはこいしみたいな見た目のもいたけど、でもここまでの傾国級の美貌はいなかった。人形みたいっていう形容を超えちゃってる。


「すごい……よく見せて」

「うわ、その格好で近づくな! ちょっ、本当に待て……」


 こいしが腕で隠そうとするので、両腕をがっちり掴む。肌もすべすべできめ細かい。すごい、本当にすごい。


「きれい。食べちゃいたい」

「離せ……」

「? なんで顔をそらすの? 顔見せて、目ももっと見たいな」

「…………」


 心なしかこいしの耳が赤い。まだ湯舟には浸かっていないはずなのに、熱気でのぼせちゃったのか?


「はいはい、仲良くするのもいいけど、かぐやも早く体洗っちまいな」

「あ、姐さん。はー……い……」


 姐さんがやってきたのでつられてそちらを見る。私とこいしは同時に固まった。


「……すごい!」

「なんだい? じろじろ見たりして……」

「どうやったらそんなに胸が大きくなるんだ? 教えてほしい!」

「別に何かしたわけでもないけどねぇ。よく食べてよく寝れば育つよ」

「私も頑張る! 私も大人になったら姐さんみたいにむっちり系の美女になりたいな」

「おやおや、頑張りな」


 巻いたてぬぐいに包まれた自分の胴体を見る。見事に寸胴だ。8歳児だから当たり前なんだけど。

 うん、将来に期待。


「……助かった」


 なぜかこいしはそそくさと体を流して湯舟の方へ行ってしまった。そんなに私と一緒が嫌か? 傷つく。

 悔しくなったので私も烏の行水で体と髪を洗い、湯舟に浸かる。嫌がるだろうなーと思いながらわざとこいしの隣に陣取ってやった。こいしは案の定険しい顔をした。ふふん。


「こいしってハーフなの? すごくきれいな髪だな。目も宝石みたいだ。どこの国?」


 その瞬間、こいしの表情が凍り付いた。

 ちょっとした日常会話のつもりで言ったんだけど……まずかったかな。聞かれすぎててうざいとか?

 気になるけど、嫌がってることを聞くのは駄目だよね。そんな顔をさせたいわけじゃなし。


「えっと……この話なし! 別の話にしよ! あー、あのさ、お団子とか好き?」

「…………好き」

「私もー。私はみたらしが好き! こいしは何が好き?」

「しょうゆ」

「渋いなぁ」

「昔、一度だけ食べた」

「そうなの? 私はよく使用人に買って来させてたらしい」


 より正確に言うとそれは「私」じゃないんだけどね。

 前世の記憶を思い出したのがここに連れて来られる本当に少し前、ここの玄関口を立った時なんだけど、それ以前の記憶はおぼろ気に思い出せるけど別人のものみたいに薄っぺらい。 仮に「わたし」と呼ぼう。

 「わたし」は我儘お嬢様と言ってだいたいその性格を表せてしまうような典型的な金持ちの娘、だった? 過去形でいいのかな?

 新しいもの大好き、買い物大好き、みたいな性格で、買ったものを人に見せびらかすのも大好きだったみたいだ。もしかして、家が傾いた一因って「わたし」にもあるんじゃない? あー、だから外に厄介払いされちゃったのかな。ちょっと申し訳なくなってきた……お父様お母様、もう会うことはないだろうけどごめんなさい。


「なんで『らしい』?」

「あんまり覚えてないから」

「ふーん……」


良かった、さっきの抜け落ちたような表情から、既に見慣れてきた仏頂面に戻った。ほっとした。

 ざば、と水音がして、こいしが立ち上がる。


「もう上がるのかい?」

「暑いから」

「脱衣所で体を拭いて待っておいで。あたしももう行くから」


 こいしは返事をせずに風呂場を出て行った。


「かぐや」

「うー、失敗したぁ。あれ怒ってた?」

「怒ったっていうより……」

「もう髪の話はしない方が良さそうだね」

「そうらしいねぇ」


 気をつけよう。私は結構お喋りらしいことが分かってきたしね。つるっと口が滑ってしまわないようにしないと。

 姐さんが立ち上がったので私もそれについて風呂を出た。


 脱衣所ではこいしが着物を着ようとしているところだった。


「待ちな、また汚い着物を着たら意味がないだろう。あんたらが着替えるのはこっちだよ」


 姐さんが足が見えるくらいの短い着物を貸してくれた。私は朱色、こいしは灰色だ。お仕着せってやつだな。

 髪と体を拭いてお仕着せに着替えると、ちょっと固い布地なのが気になったけど動きやすさは段違いだった。


「かぐやの着てた着物はこりゃ良いものだね。ちゃんと手入れして取っておこうか」

「本当? ありがとう!」


 こいしの着物は捨てるらしい。こいし本人も全く気にしていなそうだった。


「なに?」


 下ろしたままだと首回りが濡れてしまうので髪をまとめていると、こいしがじーっと私を見ていた。


「なんだよ、私のか……あ、えっと、頭から生えた毛を見たりして」

「……お前、馬鹿だろ」

「な、なにをぉ」


 髪ってワードが駄目なんだと思ったから避けたのに。


「そんなにしたら髪が痛む。貸せ」

「えーいいよ、もうできたし」

「かぐや、やってもらいな。ぼさぼさじゃないか」

「えっ、そんなに?」


 こいしは丁寧に私の頭の髪紐をほどいた。こいしの手がゆっくりと私の髪を梳く。


「器用なんだ」

「このくらい普通だろ。お前が不器用なだけ」

「違うよ、後ろ手でやったからちょっと崩れただけで、私も人のだったら……あ、こいしの髪も結ってあげようか? ぎりぎり結べそうな長さだし」

「いらない」

「でも結んだら絶対きれいだよ」

「馬鹿にしてんのか

「痛い痛いっ!」


 思いっきり髪を引っ張られた。


「意地悪だ!」

「うるさい」


 自分の髪の話だけ嫌なのかな? なかなか難儀な奴だ。


「分かったよ、もう髪の話はしないから。だから引っ張らないでよ」

「あ……いや」

「なに?」

「別に……」

「なんだよ、変な奴」


 それきりこいしはうつむいて黙り込んでしまって、私はただ黙々と髪をいじられていた。



*****



「腹が減ったろう。夕餉にしよかねぇ」


 そう言って歩き出す姐さんに連れられて食事処へ向かった。道中、こいしはわざわざ手ぬぐいを頭にかけていた。


「んー、良い匂いがする」

「今日はなんだろうねぇ、あたしは魚の気分なんだけど」

「お魚かぁ。マグロとか?」

「うーん、それはあんまり出ないね」

「そうなのかぁ」


 姐さんが食事処のカウンターみたいなところまで行って、料理番らしきおじさんと話し始めた。


「今日は肉うどんだってさ。もうできるって」


 いった通りすぐに盆に乗ったうどんの器が三人分出てきて、私たちはそれを取って長机の端っこに位置取る。食事処にはちらほらとすっぴんのお姉さんたちがいたから彼女たちを避ける形だ。みんな仕事前のひと時なんだろう。


「美味しそう! いただきまーす」

「いただきます」

「はい、いただきます」

「はふっ、おいひい」


 おうどんは熱々だけど、しょっぱい汁が舌にズンときてとっても美味しい。


「流石、どこぞのお嬢様だっけ? 礼儀作法はしっかりしてんだねぇ」

「え? あぁ……」


 「わたし」の時のことははっきりとは覚えてないけれど、体に染みついた習慣みたいなものは残っているらしい。

 すると勢いよくうどんをすすっていたこいしがちらりと私を見て、それから食べるペースをゆるめた。早食いだなとは思ったけど、みっともないって程じゃなかったのに。


「あはは、作法なんかもこれから教えるんだから良いんだよ。客の前でさえとりつくろえればそれでいいしね。あたしだって開店前は大口開けて食べるよ。ちまちまなんかやってられないさ」


 そう言って姐さんは豪快にうどんをすすった。かっこいい!


「なー、こいし」

「…………」


 ふいっと顔をそらされた。


「え、無視!? さっきは髪結ってくれたじゃん!」

「…………」

「あーもー知らなーい」

「こら、仲良くおし」


 私は仲良くしたいと思ってるもん。一方的に。

 機嫌の起伏が意味分かんないな。うーん、頑張ったら分かるようになるのかな?



*****



「はー、なんか疲れたね」


 姐さんに色々世話を焼いてもらって、なんとなくこの場所のことは分かった気がする。

 窓の外はすっかり夜も更けて、黒のとばりに煌々と月が輝いていた。階下からはにぎやかな喧噪や楽器の音、祭囃子のような音色まで聞こえていて、たぶんこの夜の街はここからが本番だ。

 今は姐さんの私室おの隣の部屋に布団を敷いて、こいしと二人で寝っ転がっている。早く寝て明日に備えろとの親父様からの命令だ。

 ごろんと横を向くと、窓から差し込む月明りにこいしの白い肌が照らされて、その髪は光を孕んでキラキラと輝いていた。


「姐さんはお仕事行っちゃったねー」

「…………」

「私たちも頑張って、姐さんみたいな稼ぎ頭になろうな」

「…………」

「そういえば親父様、花魁の人は2人いるって言ってたよね。もう1人はどんな人なんだろうなー、会ってみたいなー。こいしもそう思わない?」

「…………」

「え? なになに? 胸も姐さんみたいにおっき……いった! 今本気で叩いた! 酷い!」

「話しかけるな、馬鹿が移る」

「はー? 馬鹿は移りませんけど!?」

「そういうところが馬鹿なんだよ。さっきから1人でべらべらべらべらうるさい。いい加減黙れ馬鹿」

「馬鹿っていう方が馬鹿だもん」

「あーそですか」


 こいしがはっとして口をつぐむ。私をじろりと睨んで背を向けてしまった。

 何でそうかたくなに私とはお喋りしてくれないんだろう……そこまで私が嫌いなのか? まだ出会って一日目なのに。そんなことってある?

 でも、せっかく2人きりの禿で一緒の日に入ってきたんだし、出来たら仲良くなりたいんだけどな。無理かなぁ。


 髪だって、こいしが気にしているなら私がとやかく言うことでもないけど、本当に素敵なのに。今世の私は標準的な黒髪だから、並ぶと余計に引き立つ。


「きれいだなぁ……」


 もう眠い。こいしも相手してくれないし、親父様の言うとおり早く寝てしまった方が良いだろう。


「月と、おんなじいろ……」


 おやすみなさい。




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