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こんにちは!
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エドアルド視点
ライリー様が婚活をしている。
近頃屋敷はその話題で持ち切りだった。
それは主である自分にまで届くほどに。
執務室でいつもの如くテキパキと業務に励む金の頭をじろりと横目で盗み見た。
確かに、近頃やたらと女使用人との噂が絶えないこの従者は何やら変であった。
執務室に今まではこいつが1人でしてきた仕事の端くれをわざわざ女の使用人に頼んだり。
よく分からないが俺に熱心に使用人のことを紹介したり。
その度に腸が煮えくりかえる思いがするのだが、多分こいつは気づいていないし。
ヘラヘラと次から次に行われるそれにいい加減、俺もわかってきた。
ライリーは婚活をしているのではなく、俺に女性を宛がおうとしている。
気がついた途端猛烈な怒りと落胆に駆られたがなんとか、それを押し殺した。
そして、さすがに、否定し続けてきた気持ちを自覚せざるを得ない。
俺はライリーのことが好きなのだ。
よりにもよって、この鈍感そうな、愛も恋も分かっていないあほそうなこいつを。それも男だ。
自覚して一瞬で地面にめり込むほど落ち込んだ。
だって、脈がない。
男同士なのだから仕方がないと思うが一切、いっっさい、意識されていない。
どころか、結婚をものすごく、勧めてくる。
俺が結婚しない限り、自分が先に結婚することなどないと言い切った訳だが、だから、こんなに急かしてくるのだろうか。
だとするならば絶対に結婚などするものか、ざまあみろ。
ライリーは女性と並んでも並び立ってしまうレベルで、背は小さいし華奢であるがその物腰の柔らかさとお人好しゆえの面倒みの良さと、快活さで人気があるらしい。
顔立ちは整っていて、肩口で揃えられた柔らかそうな金の髪とアーモンド型の凛とした黒の瞳は絶妙なバランスである。
執事らしくあまりころころと表情が変わることは無いが、いつも微笑みを浮かべていて、それが深くなると子供のように爛漫な笑顔になる。
胸がぎゅっと握りつぶされるような衝撃をもたらすそれだ。
そんな顔で、デカい男でも躊躇するような事も、力仕事も、なんでもするし使用人が困っていればどれだけ忙しくとも助力を惜しまない。
自己犠牲とお人好しの精神は彼が辿ってきた人生の現れであろう。
俺に多大なる恩を感じているらしい事も要因の一つだろうな。
あと、スーシェルでの激務で慣れてしまっているのも……。
確かにあのままでは確実に死んでいただろうこいつを拾い仕事をあたえたのは俺であるが今となってはこちらの方が助かっている。
そんなこんなで本人にその気は無いだろうが、使用人達をざわつかせている事と、あと俺の精神的負担をどうにかしようとオルガを呼び出したのが数日前。
「……オルガ」
「はい、エドアルド様、仰りたいことは分かっております。
…………ライリーのことですね」
具合の悪そうな顔でしみじみとそう言ったオルガに、伊達に共に育った訳では無いな、と思った。
「あれが、俺に女を斡旋しようとしてくる。どういうことだ」
「………申し訳ございません。完っ全に私のせいです。
早くお世継ぎをと思い、何度か彼の前でエドアルド様の結婚について話したことがありました。
目が合う度、なんだかよく分からない顔で揚々と見返してくるとは思っていたのですが、よもや、こんな手に出るとは思わず……」
遠い目をしているオルガに俺とてライリーの件について問い詰めようとしていた心が踏みとどまる。
……こいつにも苦労をかけているな。
「………その事だが、オルガ。お前が俺に結婚やら世継ぎやらを焦る気持ちもまあわかる、分かるが、すまない…お前の願いは叶えられそうにない」
え?と顔を真っ青にしたオルガにどう言うべきか、としばらく迷い、嘆息した後、口を開いた。
「俺はライリーが好きだ。
結婚も世継ぎも、多分その、望めはしない。………おと、男同士だからな」
だから、ハインツ侯爵家の未来はアルフレドに託すよりほか無い。
どうにかそう言いきった俺に、オルガはまさにぽかんとした顔をしてしばらく固まっていた。
それは衝撃であろう。
このハインツ侯爵家の出来た忠実な執事には悪い事をした、とも思うがでも仕方が無いではないか。
俺に愛人を囲うだとか、政略結婚をする、だとかそんな器用さがないことなどこいつが一番知っているはずだ。そもそも、ライリーをあのクソだぬきのように、愛人扱いして囲いたくはない。
というかまず、それ以前の問題だ。
驚愕の顔でかたまり続けるオルガにいい加減、おい、と声をかけると、彼は我に帰ったように瞬きをした。
「あ、ええ、まあ……はい」
「なんだその気の抜けた返答は」
「……いえ、その、仰る通り、気が抜けまして……。
私はてっきりエドアルド様が一生結婚しない、とか、侯爵位を捨てるとかそういうことを言い出すのでは、と」
「……侯爵位は別として、一生結婚しないと言っているのと、違いないが?」
「あ、……あーーー、ええ、はい」
目を泳がせたオルガがそう言って疲れたようにへらりと笑った。
というか、主が男を好きだと言い出したのだぞ、もっと他にあるのではないか?
この国では同性同士の結婚は法的に認められていない。
もちろん、そういうことは関係なく、共に生きる選択をするものもいはするが、それは貴族の場合、大抵正妻を据えて、のことである。
貴族は血を継ぐ必要がある。
だから同性婚はあまり歓迎されないきらいが有る。
「とにかく、ライリーの今のあれをどうにかして欲しい。本っ当に人の気も知らないであのバカは」
「ああ、はい、それは勿論。
彼の事が可愛いとか優しいやら、女心が分かっているとかいって、惹かれ出しているメイドも出てきているらしいですし、早急に対処致します」
何?
確かに執務室に笑顔でやってくる女はどいつもこいつもライリーを赤く染めた頬で熱烈に見ていた。
というか、俺に宛てがうとか言って、誰も彼もライリーを見ていたことに何故あのバカは気が付かない。
それともなにか?あれはそういう体で実は俺に見せつけていたのだろうか。
だとしたらあいつ、相当ねじ曲がっている…。
「まあ、よろしく頼む」
「ええ、もちろんです、エドアルド様」
疲れた顔で恭しく腰を折ったオルガに頷く。
本当にこいつにはいろいろと助けて貰っているな今も昔も。
「……ところでエドアルド様、もし、もし、仮に、ですが…」
「なんだ、またライリーが結婚するとか言い出すのではあるまいな」
「……いえ、そうではなくて、もし仮にライリーが何か隠し事をしていたとしたらどうされますか」
「隠し事?………そうだな、内容にもよるが」
隠し事……ライリーは隠し事をしているのか?
伺うような視線を向けてくるオルガを無視して、顎に手を当てて考える。
「悪意があるものであれば正当に罰する。
そうではなく、何か理由があるのなら訳を聞くし、そうでなかったとしても、あいつはきちんと償おうとするだろうが………」
「はい」
「………まあ、仮に、もしライリーがなにか隠しているとして、どうせなにかしら理由があっての事だろう。
そのくらいには俺はあいつを信頼している」
ライリーは何か隠し事をしているらしい。
そして、オルガはそれを知っていると見た。
この男のことだから、自分の口からは話さないだろう、きっとライリーに自ら打ち明けるよう促すに決まっている。
そして、事は、オルガが別にそのくらいのんびりしても支障ないと思う程度、ということだ。
そう思うくらいには俺はオルガのことも信頼している。
「ええ、それを聞いて安心致しました。
では、エドアルド様、私は行くとこがありますので」
「ああ、…………世話をかけるな」
「今更ですよ、おぼっちゃま」
オルガは子供の頃のような飾らない笑顔を一瞬だけ浮かべて踵を返した。
まあ、あいつには苦労をかけるが少なくとも、俺の心労は減ることだろう…。助かる。
「あの野郎、おぼっちゃまはやめろと言っただろうが……」
そして、願わくば、ライリーが少しは俺を男として気にしてくれるといいのだが…。
…………まあ、それは無茶な話か。
ははっと乾いた笑みを浮かべて俺もまたその場を去った。
……なんということでしょう、残弾が尽きました…
一応明日投稿の予定ですが、気長にお待ちいただけますとうれしいです…