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いつもありがとうございます。
はじめてのエドアルド様視点です。
よろしくお願いします。
エドアルド視点
エドアルドはなんとも居心地の悪いそれに耐えかねて執務室を飛び出した。
書類はあらかた折をつけたといえ、従者をひとり、残して出てきてしまったが。
まあ、彼であれば、適当にうまいこと残りを片付けてくれるだろう。
真面目な彼がそう思う程にはエドアルドはライリーを信頼していた。
出会ったのはたった5年ほど前であるが、彼の有能さには目を見張るものがある。
孤児であったにもかかわらず、読み書き、計算、マナー、一般常識、教養もある程度兼ね備えている彼はその上、平民らしく根性もあり、肝も座っていた。
当時、たった二十歳そこそこの自分が当主になったばかりで、しかも問題だらけの侯爵位を無理やり押し付けられ焦りに焦って余裕がなく、周りに当たり散らしていたというのに、彼はそんな自分にも着いてきてくれていた。
何度怒鳴っても歯を食いしばって激務に耐え、エドアルドを支えてくれた。
追い詰められ困窮していた際の咄嗟の思いつき、というかあれは、本当にたまたまであったのだけれど良い拾い物をしたと自負している。
それは、幼い頃から知っている執事のオルガの次に気を許し、信頼を置いているほどに。
「あいつは本当に…」
近頃、エドアルドは体の不調を訴えていた。それもここ半年もの間。
たまに頭痛と心臓が萎縮するような刺すような痛みに苛まれ、気分が悪くなることもある。
それは大体がライリーと一緒にいる時で、まさか奴が薬でも盛っているのでは、とも思ったがそもそも、飲食していない時が殆どだ。
それは無い。
というかあいつは、必要以上に…必要最低限ですら触れては来ないのだから。
医師にも相談はしているのだが、疲れ、ストレスというのが、ハインツ家おかかえの老医の見立てであった。
納得がいかずオルガに相談したところ彼は神経質そうな顔を真っ青にした。
いったいどういうことだ。
それ程までに俺の体は良くないのか。
だいたい、ライリーが悪いのだ。
彼はときどきとんでもないことをへらりと言ってのける。
俺だって別に結婚に夢をいだいてはいないし、そもそも面倒であるし、ライリーの言うことは合理的だとも思うけれど。
でもなんか、あの容姿でそういうことを言われるとなんというかあまりに、希望がないというか夢がないというか、ドキリ……というか何だろうか、ズキリとする。
ライリーは拾った当初、紙切れのようだった。
華奢で薄い体躯は骨が浮いていて、顔は煤けて真っ黒。
元は割といい生地を使っていただろうボロボロの服は脂と泥にまみれ悪臭をはなっていた。
薄汚れた金髪は乱雑に肩ほどで切られており、同情的である。
体を清めさせたところで貧相なのはまったく変わらなかったが、艶のない金の髪とその顔立ちは割と見れるものだった。
その折れそうな体で日々、文句も言わずあくせく働き、俺の扱きに耐えライリーは日に日にその本来の姿であろうそれを取り戻して行った。
薄すぎた身体には華奢ながら徐々に薄い筋肉がつき、肉がつき見れるように。
柔らかい光を放つ金髪は艶があり殊更、美しかった。
顔立ちも肉がつけば存外整っていることに驚いた。
アーモンド型の漆黒の瞳と小さな鼻と口。
肌なんか磨けば白磁のようなそれで。
中性的で繊細な美貌を持つライリーはその嫋やかな見た目に反して本当に根性があった。そして図太かった。
さすがに平民というだけあって、思ったことはズケズケと口にするし、納得がいかなければ納得がいきません、と説明を求めた。
その姿勢を俺は割と好ましく思っていたし、彼が後ろをついてまわることに満足していた。
そんな居心地のいい従者であるはずの彼が近頃はこの不調の原因のような気さえしている。
心を掻き乱されているようで落ち着かないのだ。
「あれもこれも、全て今の状況のせいか」
そう、今の……この求婚ラッシュという地獄の。
だからなんだか落ち着かないのだ。
さっさとアルフレドが子を為してくれればそれで済む話を。
あの軽い男は軽いくせに、その辺でヘマをしない。
ギリギリと歯を食いしばっている所で、向こうから歩いてくるオルガを見つけた。
「オルガ」
ギクリ、優秀な執事であるオルガにしては珍しく焦った様子を一瞬だけ見せたことに眉を寄せる。
思えばこのところ、この執事は俺を避けている気がする。
「……お坊ちゃま」
「さすがにお坊ちゃまはやめてくれ」
「失礼致しました。エドアルド様」
オルガは子供の頃から共に育った唯一の従者で乳兄弟でもある。
俺は本当に彼を兄のように思っているし、彼も彼で俺を可愛がってくれていると思う。
実の家族より家族らしいこいつが、謀をしているとはよもや思えないが……。
「オルガ、俺を避けていないか?」
「いや、まさか、はは」
「なにか、隠し事をしているだろう」
「そんな事はありません、エドアルド様」
絶対に嘘だ。
なにか隠し事をしているに違いない。
近頃やたらと結婚結婚、子供子供、と五月蝿いこいつが気にすることなんて………
「……まさか、俺に隠れて婚姻を推し進めたりしていないだろうな」
「はい?いやいや、そんなわけないでしょう。大体貴方様がそれに素直に従う性格だとも思ってはおりませんし」
本当だろうな?
そういう視線を送ると彼は真摯に頷いて「神に誓って」といった。
「では、なんだ。何故避ける」
「いや、ですから避けてなど……」
一瞬目が泳いだのをしっかりと見た。
俺もそうだが、オルガは俺相手に感情を隠さなすぎである。
兄弟のように育ったのだから仕方がないとも思うが…。
「白状しろ」
「…………」
ううと唸ったオルガを睨みつけると、彼は諦めたように死んだような目でこちらを見てきた。
なんだ?少し痩せたかお前。
「エドアルド様、ライリーの事をどう思っておいでですか?」
その口調には諦めがこもってはいたが、瞳はどこか探るような真剣なそれだった。
ライリー?
対して俺はその質問の意味が分からなかった。
どう思っているかって、どういうことだ。
「どうって…」
どうって、そりゃ有能な執事で助かっているし、彼がいないなど考えられないが。
「あーー、例えば、ライリーが結婚するとか…」
「結婚!?」
思わずオルガの言葉を遮ってそう言うと、彼は頭を抑えた。
結婚、結婚するのか、あいつ。
だから近頃オルガはどこかよそよそしげだったのか。
というかライリーのやつ、俺にはあんなこと言っておいて自分は結婚だなんて……
「違いますよ、もしも、もしもの話です」
「……それは、その、めでたい、話であるよな?」
心臓がバクバクと変に鼓動して気持ちが悪い。
俺のしどろもどろの答えにオルガはこめかみを抑えてため息をついて「私に聞かないでくださいよ」と言った。
ちょっと待て、どういうことだ。
というかこの、胸の痛みはいったいなんだ。
………まさか、あのクソだぬき(認めたくはないが父親である)がそうしていたように、自分にも男色のけがあるのか。
あのクソはたくさんの愛人を囲っていた色狂いであったが、その中には美麗な少年もいた。
別に偏見はないが、男の身でありながら、あまつさえ俺にまで女のように腰をくねらせ甲高い声で媚を売ってくるさまは到底受け入れられるようなものではなかった。
……いや…そんなはずはない。
俺にそのケはないはず。
「……まあ、エドアルド様が気にならないのでしたら構いません。忘れてください。
それと、ダールトン辺境伯の若君が金髪のライリーという少女を探しているそうですよ」
オルガはそう言って探るようにこちらを見たあと、礼をして去っていった。
「……だから、なんだ」
訳が分からない。
確かにライリーは金髪で成長期の時に必要な栄養を取れなかったせいか、体は華奢である。
顔つきも中性的で童顔気味であるが、彼は男だ。
だから、なんなのだ。
気分転換に外に出てきたというのに、さらなる釈然としない気持ち悪さを抱えることになってしまった。
なんなんだ、オルガのヤツめ……。
はあ、
そろそろ戻らねばライリーが途方に暮れるか……。
俺は深いため息をついて屋敷へと足を向けた。