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「エドアルド様」


「ライリーか、入れ」


「失礼いたします」


大量の手紙をより分けて、優先度の高いものから右に、積む。


執務室に座したエドアルド様の麗しい顰め面がみるみる険しくなる。


「王家の招待状、侯爵家親類からのお手紙、そして、恐らくエドアルド様がご参加されるだろう招待状、こちらがどうでもいい招待状でございます」


「……ライリー、お前なぁ」


ひくりと引きつったエドアルド様の薄い唇を私は無視して礼をした。


「ご確認を。

では、私はこれで」


くるりと踵を返すと「待て待て待て待て」と壊れた人形のような声が聞こえてきてこっそりため息をつく。


「エドアルド様…」


「せめて、せめてこの書類が片付くまではそれをどうにかしてくれ。それが待っていると思うと集中できない」


「………かしこまりました。では書類が片付く間だけ」



わたしは肩で息を吐いて、置いたばかりの手紙たちを回収した。



私がエドアルド様に拾われてから早5年が経っていた。

あの日拾われたあと、体の隅々まで何時間かかけて身綺麗にし、与えられた使用人の服に袖を通した。



「その髪はどうにかならんのか」


私のざくっと切られた髪がお気に召さなかったらしいエドアルド様にそう言われ四苦八苦して鏡を見ながら髪も整えた。

鏡に写る肩よりも更に短く切りそろえられた金の髪。こちらを見返す痩せすぎて窪んだ黒い瞳。

節ばった手足と伸び悩んでいる背、体に丸みはなく仕着せにどう見ても着られていた。

貧相な少年のようなそれだった。

与えられた服も男性用だったから、当然のように男と思われているらしい。


弁解しようかとも思ったが頭に過ぎるのはあのセレス様の激昂した姿だった。

なぜだか分からないけれどわたしがおんなだということに激しく怒っていた。

だから、なんだか言い出すのが怖くて勘違いされているのなら、勘違いが終わるまでそうしておこうと、自分の中で結論づけた。



ハインツ邸の人手不足とは本当だった。

スーシェルの領主代理が不正を行っていたらしく、そいつらを罰し追い出し、使用人たちも全員解雇して問題の収束のため数日前にこちらに訪れたらしい。

執事と老婆と料理人は既に引退したかつての本邸の者達が善意で協力してくれているのだという。


ハインツ邸の人手不足は本当だったのだ。

すなわち、そこで働くものの仕事は非常に激務であった。

なにしろ、数がいないのだ。

紹介状を持った正規の使用人を雇ったには雇ったらしいが激務とエドアルド様の容赦のなさに逃げられることが多発。

もう、正規の使用人ではダメだ。

この際根性がある平民でも雇おうか、そう思っていた所に偶然私を見つけたらしい。


だとしても、あのなりの私に話を持ちかけるとは相当の覚悟である。……それ程に困窮していたと言うべきか。


確かに、凄まじい仕事量であった。

朝から晩まで執事のスヴェンさんと、もと侍女頭だったメアリさんは膨大な事務処理の手伝いをする。

その代わりを私は務めなければいけなかった。


早朝に目覚めてこの無駄に広い屋敷内を清掃し、手紙を必要な順により分けてエドアルド様にお渡しする。エドアルド様の支度の手伝いをして、調理室で料理人のマークさんの手伝いをし、片付けをして、薪を割って、洗濯をして、それから庭の手入れをする。

お昼はやはりマークさんの手伝いをして買い出しに行き、領地の様子をそれとなく見てエドアルド様に報告。来客があればそれの準備をし、夕方は教会に行って、それからマークさんの手伝いをして、片付けをしてエドアルド様の部屋を整えて入浴の準備をして………。


まあとにかく激務だった。

あんな泥水をすするような生活をしていた私だから耐えられたのかもしれないけれど、まあ確かにいい所のお嬢様、おぼっちゃまでは無理だ。


全ては人数がいれば関係ないのでは?と思ったこともあるがどうやらそうもいかないらしい。


ハインツ家は大変な名家ではあるがお金がそんなに無かった。スーシェルでの不正のこともあり、そんなに雇えるワケもなかった。

けれど、元使用人達はこぞって不正を秘匿としあまつさえ恩恵を受けそれをよしとしていたらしく、そんな連中を雇い続けることが、エドアルド様にはできなかった。


それもコレも、前ハインツ侯爵がプライドだけは高い無能な方だったらしく(自分のお父上であるのにエドアルド様はけちょんけちょんに言っていた)半ば押し付けられる形で得た侯爵位に、そのころは既に借金が付き纏っていたらしい。


しかも、エドアルド様はその双眸の冷たさもあるのだけれど本当に容赦のない真面目な方で、ミスを許さず、まあ怖がられるのも納得の、よく言えば潔癖な、悪くいえば遊びのない方だった。


かく言う私もいったい何度怒鳴られたことだろう。

本人に悪気はないのだとは思うけれど……。



そんなこんなで2年足らずでスーシェルは落ち着き、1番忙しいエドアルド様が王都とスーシェルを忙しく行ったり来たりして奔走したおかげで、財政もなんとか持ち直し、屋敷には正式に人を入れることが出来た。


新しい領主代理には信頼出来るスヴェンさんを据え(割と強引に)、今後は彼のまだ小さな孫にその座を譲るべく教育していくとのことだった。



この屋敷が落ち着いて晴れて私はお役御免か……給金もいただいているし(使う暇がなかったのですごく溜まっている)この街で働かせて貰おうと思っていたのだが、エドアルド様は私を本邸に連れていくと仰った。


そして、その通りに私はハインツ領にあるハインツ家の本邸に、エドアルド様付きの執事として迎え入れられた。

とんでもない出世にあわあわしていたが、どうやら、仕事内容はいままでとさして変わらないらしかった。年々増えてきた事務処理の割合がぐんと増えるくらいで。


そんなこんなで、忙しい日々を過ごして5年。

最近ではまた、ハインツ邸に新たな問題が浮上している。


「エドアルド様」


「なんだ」


「自称、婚約者様からお手紙と舞踏会の招待状と訪問の伺いが届いておりますが」


「……断れ」


「しかし、こう毎日となりますと、なんというか、可哀想と言いますか……この執念に感服と言いますか…」


「ライリー」


「はい、なんでございましょう」


「……全て、断れ」



出会った頃がエドアルド様が22歳(もっと上かと思ってた)、現在27歳。

一時期は借金を抱え込み信用を失い、社交界での嘲笑の的であったハインツ侯爵家は、エドアルド様のおかげで持ち直し5年経った今、むしろ玉の輿、名家、良縁、イケメン当主、優良物件!ということになっているらしい。


エドアルド様も絶賛適齢期。

婚約者も作らず、そしてこの見た目である。

まあ独身女性が放っておくわけもない(中身は鬼だけど)。


というわけで毎日毎日毎日求婚の手紙やら舞踏会や夜会の招待状やらがひっきりなしに届く。

エドアルド様はそれらを見るのも耐え難い苦痛らしく、それらの処理はいつの間にかだいたい私がすることになっていた。


その中でも1番しつこいのがオルティマン伯爵家のご令嬢、パーシヴァル・オルティマン様である。

小さい頃から親交がないことも無かったらしく、自称婚約者の彼女は本当に執拗……健気にこう、日に何度も文を寄越してくる。すごい根性である。

まあ、当の本人は辟易しているけれど…。


実際、パーシヴァル嬢は現在22歳。

絶賛結婚適齢期…どころか行き遅れともいわれる年齢である。そりゃ焦るよなー、と5年経っても一向に女とバレることの無い私は適当に呑気に考えた。



「はぁ…なんで結婚なんかしなければならないのだ」


「そりゃあ…エドアルド様は侯爵家の当主様ですから、血を継がねばならないでしょう」


「血……というのならば、弟の子で良かろう」


「その弟君も、ご結婚なさっておられないではないですか」


うぐ、と唸ったエドアルド様に同情の視線を送る。

彼の弟であるアルフレド様はなんというか…兄と真逆で、自由奔放、女関係もゆるゆる!みたいなダメな方である。

なまじ見た目も女の扱い方もうまいものだから、痛い目を見ても集ってくる女性は減ることがなし。


私はあの方ならば、いつかぽんと、既成事実つくって子を成しますよ、絶対。と思わなくもないが、上司でありハインツ家の執事であるオルガさんにお願いだから婚姻を、後継を、と懇願されているためそんなことは口にしない。


「というか、そんなに嫌ならご都合の良い方を適当にお選びになって政略結婚して、子をさっさと作って、あとは自由にされたらいいじゃないですか」


なにも、結婚ということに拘らずに、業務とすればいいだけのこと。


貴族の結婚とはもとよりそんなものなのでしょう?


けろりと言った私をエドアルド様は信じられないものを見るような目で見つめて顔を顰めた。


「お前と言うやつは…」


「はい?」


「………いや、いい」



エドアルド様は眉間を抑えて、少し外の空気を吸ってくると退出した。



それから一時戻らなかった主の代わりに手紙に返事を書いて書類をより分けて、纏めて、なんだか様子のおかしかった主の戻りを待った。






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