パーシヴァル様と旦那様とライリーと
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少しだけですがお礼番外を追加させていただきます。今回は全2話です。
「ライリー、ちょっと」
ある日、ファフナー伯爵家ご当主、ファフナー伯爵に呼び止められた。
抱えていたパーシヴァル様のお着替えをどうしようかと悩んでいたところで、突然メイドが後ろから現れる。
「ゆう、……ライリー様わたくしがお持ち致しましょう」
「あ、いいんですか? でも、あなたにもなにか仕事があるのでは?」
「いいのです! あなた様のお役に立つことが結局奥様のためになりますので! 」
「え、」
鼻息荒く私の持つドレス類をひったくったメイドは直角程に腰を曲げてきびきびと去っていった。なんだか早口でよく分からなかったけれど、顔を赤くしてまくし立てるように言われたそれは私への文句だろうか。仕事が遅いとか、ふざけるなとか。というか、本当にいったいどこから現れたのか。びっくりした。
彼女は確か古参のパーシヴァル様付きのメイド。
以前は私をどうにかして追い出そうと躍起になっていたはずだけれど。私の仕事を手伝ってくれるなんてどういう心境の変化だろう。
いや、むしろまた何か面倒に巻き込まれるのだろうか。例えばわざと仕事をミスしてなすりつけられるとか。近頃は割と落ち着いてきたと思っていたけれど、結局私はよそ者で貴族ですらないし、後ろ盾も全くないわけだし。…………有り得る。
なんてことだ、それは面倒くさいな。
「はあ、」
「ライリー? どうしたんだい」
背を向けてため息をついた私に心配そうな低い声がかけられる。肩を揺らしてハッとした。
そう、そんな場合ではないのだった。まあ、彼女たちの嫌がらせはどうにかなるだろう、多分。
「いいえ、旦那様。問題ありません。大変お待たせいたしました」
「そうか、それならいいのだ。それより、ちょっと気になることがあって」
ゲイル・ファフナー伯爵。我が主パーシヴァル様の旦那様。
癖のある栗色の髪と、タレ目がちな目元、若かりし頃はさぞおモテになられたのだろうというお顔立ち。刻まれた皺が渋さを演出するイケおじ……失礼。ナイスなミドルである。
善意の塊のような彼は多分、半分は優しさ、半分は愛で出来ているのだと思う。
パーシヴァル様とは別の意味で騙されやすそうだけれど、その辺はかなりしっかりしている。人を見る目はあるらしい。じゃなきゃこんなに財を手にすることは出来ないだろうし。
多分めちゃくちゃ頭良くてキレる人なんだろうな。のほほんとしてるけど。
パーシヴァル様と並んだら、なんていうか、天使と悪魔…………ああ、間違えた、妖精と女王様……いや、うん……あ、そう、月と太陽って感じだろうか。個人的にはいい組み合わせだと思う。色々な意味で。
「なんでしょう、旦那様」
「あの……パーシヴァルさんは何が欲しいだろうか」
「はい?」
四十を超えるおじさんがほのかに顔を赤らめて、ただでさえ垂れ気味な瞳を下げる。
な、何が欲しいだろうか? ん?? なにか誕生日とかそんな、なんかあっただろうか。
いや、でも結婚記念日まではまだまだあるし、というかつい数ヶ月前に結婚したばかりだし、パーシヴァル様の誕生日はまだまだ先だし。というかパーシヴァル様は何が欲しい、これを買え、これを全部もってこい、というかライリー、買い物に行くわよ着いてきなさい! と息を吐くように言う方である。
控えめに言って金遣いは荒いし、しかも買うものは気がおかしくなりそうな金額のものばかりである。
彼女の辞書に節約とか遠慮とかそんな文字はない。
して、パーシヴァル様にお財布扱いされている旦那様が、パーシヴァル様のわがままっぷりを知らないはずはないのだけれど。今更、いったい、何がどうしてそんなことを? というかなんでもじもじしてるのこの人。
「え、っっ、と。パーシヴァル様は欲しいものがあれば我慢しないと思いますが……」
「うん、いや、そうなんだが。……というかそうだったんだが、近頃はあまり買い物をしていないだろう? 我慢しているのか、遠慮しているのかと思ってね。私のようなおじさんに嫁ぐにあたって若くて美しい彼女は色々辛い思いをしただろうし、望みはなんでも叶えてやりたいんだよ」
……ああ。後光が、後光が見える。
この人は神様かなにかだろうか。あの、湯水かなにかのように金を使い癇癪を起こしヒステリックに叫びまくる彼女を笑顔で見ているだけでは飽き足らず、さらにこんなことを? 心配されなくてもパーシヴァル様は望みは勝手になんでも叶えておられます。旦那様。あなたのお金で。
……まあ、でも。たしかに、最近は少し、その金遣いの荒さも癇癪も収まっては来た。
パーシヴァル様は気性が荒くてわがままだけれど、話が通じない訳では無い。自分の感情に引くほど正直でアホほど素直だというだけである。
確かに収まってはきたけれど、我慢してる、とかいうのとは全然違う気がする……。
さっきのドレスも買ったばっかだし。
「ドレス、そう! ドレスを仕立ててやったらどうだろうか」
「ダメです、旦那様。ドレスは買ったばかりです。というか頻度がちょっと減ったくらいで普通にお買い物されてますよパーシヴァル様は」
「そうか……、では、馬は? 確か彼女は白馬が好きで……」
「旦那様、パーシヴァル様は既に三頭自分の馬を持っています。乗馬も下手く……お得意でないのに」
「そうか……、あ、刺繍の道具はどうだ? 王都に新しく出来た服飾店で糸を見繕って……」
「旦那様、パーシヴァル様の刺繍の腕前をご存知で? というか、私の話聞いてます?」
しゅん、と効果音がつきそうなほど項垂れる四十過ぎの渋いおじさんは大層哀れである。
普通に好き勝手散財してると言っているのに、この人は……。なんだろう、倹約家すぎるエドアルド様のとこにいたから感覚がおかしいのだろうか。私が平民出身だからケチ臭いのだろうか。
この夫婦の金銭感覚はどうにかしていると思う。いくら資産がたんまりあると言っても、無駄遣いは無駄遣いだ。
三頭の馬なんて、結局パーシヴァル様は1度も乗ってないじゃないか。まず厩舎にすら近づかないし。
「なんで、そんなにお金使おうとするんですか」
「…………いや、その」
旦那様が口元を抑えてそっぽを向く。
少し顔が赤い気がする。ああ、しまった、こんな廊下で立ち話しているから体調でも崩されたのだろうか。
タレ目がちな瞳がちらちらとこちらを覗いてそれから閉じられた。
「……若い、妻との、コミュニケーションの取り方が、分からなくて」
「…………」
「…………私は、こんなおじさんだし、パーシヴァルさんと話も合わない、だろうし」
「…………」
…………叫びそうだった。
旦那様、か、可愛い……。いや、口が裂けても言えない。さすがの私でも言えない、雇われ主で伯爵で四十の紳士にそんなこと言えない。言えないけど、言いたい!
旦那様、か、かわいい!!
まさか、そんなことを気にされていたとは! 香水が臭すぎるとか、胸がパッカーンなドレスをどうにかして欲しいとか直接言えない微笑みの紳士は、正直妻の尻に敷かれるタイプの人間なんだろうと思っていたけど、もしかして、若い人はこんなんなんだー、今。とか思ってて言えなかったのだろうか。いやいや、全然そんなことない! パーシヴァル様だけ! パーシヴァル様だけだからね、旦那様!
あと、パーシヴァル様と普通に会話をするのは歳うんぬんじゃなくわりと困難ですよ、旦那様! 貴方のせいではありません。コツを、コツを掴まないと!
ああ、日頃のストレスやらなんやらが浄化されていく気がする……。これが善意の塊、天使おじさんの力か……。ありがとう神よ。
ぶるぶる震える心と拳をどうにか押さえつけて満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、旦那様。物を買い与えなくたってその愛は伝わります。まずは気軽に話しかけてみてください。そうですね、パーシヴァル様のいいな、と思ったことを褒めればいいですよ、まずは。今日のドレス似合ってますね、とか、薄化粧の方が愛らしくて素敵です、とか。あと、露出少なめの方が清純そうで美しいです、とかそういうことを言っていきましょう! あ、むやみにものを買い与えるのはこの際やめにしていきましょう! パーシヴァル様別に使わないんですから。会話! 会話からはじめましょう!」
「か、会話……。こんなおじさんに褒められて、彼女は嬉しいだろうか……」
「嬉しいですよ!喜びます! 大丈夫です、なんやかんや言っても旦那様のこと思ってるんですよ」
全力の笑顔でそういった。もう、なんというか……私の2倍以上の人生を歩んでおられるこの紳士が、微笑ましくて微笑ましくて……あの、苛烈だけれど素直過ぎる主とのこれからの夫婦生活を想像するともう、なんかドキドキしてしまって。
どこか不安げに、けれどつられてへらり、と笑った旦那様にもう一度笑いかけたところで、視界に艶やかな金髪が映った。
近頃は露出も控えめになりつつある、けれどまだ華美すぎるドレスに身を包んだ主。
その蒼い瞳がこれでもかと見開かれて、見慣れた怒鳴る寸前のような顔をして、それを何故だか悲痛に噛み締めた主が思い切り背を向けてどこかへ走り出す。
「っ!」
「パーシヴァル様!!」
様子がおかしい。なんだ、どうしたのだろう。いつもなら言いたい事があれば我慢などしない。口はペラペラと思ったことをすぐに吐き出すし、容易に手も出る。
嫌な予感がして後を追った。
旦那様がえ?え? と、びっくりしておられたけれど、今は仕方がない。
だっ、と駆け出してものの数秒で捕まえた。
………パーシヴァル様、足おっそ。
暴れるパーシヴァル様を捕獲した。
遠くで旦那様が心配そうにこちらを見ているが、やがて家令のジムさんに連行されていった。ああ、仕事の合間だったんですね。
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後編は明日、更新させていただきます。
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