番外 パーシヴァル様と侍女ライリー
いつもありがとうございます。日間ランキング五位以内のお礼として、何度かリクエストをいただいたパーシヴァル様とライリーのお話です。まだライリーが侍女になってすぐのころのおふたり。
「ライリーーーーー!!!!!!!!!」
癇癪を起した我が主の悲鳴に、私は今日もため息をついた。
私が彼女の侍女としてこのファフナー伯爵家にやってきて数か月、主であるパーシヴァル・ファフナー伯爵夫人はなんというか……、よく言えば貴族の娘らしく、また正直に言わせてもらえば、どうしようもない我儘オヒメサマである。
夫であるファフナー伯爵はさすがは大人の余裕というか、いつも笑顔でこの年下の困った後妻を見てはいるが、ここ数日、ついに笑顔が引きつり始めたのを私は戦慄しながら眺めていた。
早急に何とかしなければ、あの善意の塊のような伯爵にさえ、彼女は愛想をつかされる。
「どうされましたか、パーシヴァル様」
「遅いわ! わたくしが呼んだらすぐに来なさいと何度言わせるの!! このぐずっ!」
「まあまあ、パーシヴァル様、そんなに怒られるとせっかくの天使のように愛らしいお顔がもったいないですよ」
にこり。
満面の笑みで彼女の暴言をスルーした私に古参の彼女のメイドがぎょっとしている。彼女の暴言やら我儘はもう基本装備のようなものなので、スルーするに限る。まともに受けるからダメなのだ。
古くから彼女のそばに仕えていた使用人は、はじめ、このどこの馬の骨かもわからない、ぽっと出で侍女なんかになった私を排斥しようと躍起になっていた。
嫌がらせ、ミスのなすりつけは日常茶飯事、パーシヴァル様にヒステリックに切れられる回数は一日に両の指では足りないくらい。物を投げつけられるのは片手では足りないくらい。
今までの使用人であれば、精神を病んで暇を乞うたとか、そうでないとか。まあでも、別に殺されるわけでもあるまいし。まったく意に介さないどころか、言い返しはじめ、あまつさえ、パーシヴァル様を転がしはじめた私をいつしか彼女らは勇者と呼び出した。
「パーシヴァル様、なんだかいい匂いがしますね。あ、分かった、この間勧めた新しい香油、使ってくれたんですね。とても上品で華のようなパーシヴァル様によくお似合いですよ」
「え? ……え、ええ。まあ、お前が、あんなところにだしっぱにしておくものだから、ま、間違えて使ってしまっただけよっ!」
「それは失礼しました。でも以前のものより、パーシヴァル様の気品の高さが表現されていて素敵ですよ」
「ま、まあね! このわたくしに似合わないものなどないわ!」
にこり。
笑みを深める。彼女が以前使っていた香油は、もう、なんというか、きっつい、きっっっつい、まるででっかい虫でも呼ぼうとしてるのだろうかこの人、と思うほどの、あまったるい、そばによるだけで酔いそうな強烈なものだった。
ファフナー伯爵はさりげなく鼻を抑えていたし、私は吐きそうだったので、用意したのはかすかに香る上品な花の香のものである。
さすがパーシヴァル様、女神すら嫉妬されます。といって拍手を送る私を古参のメイドがドン引きした顔で見ている、が、気にしない。
パーシヴァル様はかなり単純なお方である。おだてれば簡単に調子づき、そしていともたやすく天狗になる。この辺は注意しておかないと、只の高飛車、傲慢ナルシストとなり下がる。
ある意味、素直というか、あの苛烈すぎる態度に耐えられて扱い方さえ間違わなければかわいいといえば、かわいいというか……。騙されやすいというか……。まあ、怒鳴り散らすエドアルド様よりは怖くないし、ここは自室があって三食飯にありつけて、さらに給料ももらえる天国のような場所だし。今まで数えきれないほどの使用人が逃げるようにやめて行ったと聞いたが、本当に謎である。
「勇者だわ」
隣のメイドのつぶやきを無視して、そういえば、とこぶしを掌に押し当てる。
「パーシヴァル様、なにか私に用があったのでは?」
「はっ!! そうよ! お前、このわたくしのドレスを捨てたって、本当なの!? 卑しい使用人の分際で、なんてことを」
「え? ……ああ捨ててはないですよ、捨てるわけないじゃないですか。ただ、パーシヴァル様のクローゼットから移動させていただいたってだけで」
「勝手にっ、なんてことするのよ!! わたくしの気に入りのドレスがすぐ着れないじゃないっっ!!! お前なんかク、」
「だって、パーシヴァル様、覚えておられませんか? 先日、新進気鋭のデザイナーがパーシヴァル様の妖精かと思わんばかりの美しさに見惚れてドレスを仕立ててほしいと懇願してきたと、そうお話ししましたよね」
「あ、」
「彼が仕立ててくれたものがようやく届きましたので、すぐにお目にいれていただこうと思って僭越ながら入れ替えさせていただきました。……が、お気に召されなかったということでしたらすぐにお下げしますね」
失礼、と断って進む途中でとあるメイドが顔を青くしてこちらを見ていた。どうやら私のことを気に入らない彼女が本当にパーシヴァル様のドレスを捨てて、私に罪をかぶせようとでもしたのだろう。
どうりで、昨日クローゼットが空っぽだったのだ。丁度、依頼していたドレスが届いたので、いれておいてよかった。
まあ、どっちにしろ、あのド派手な原色だらけで、胸を強調しまくった悪趣……失礼、残念なドレスはどうにかして手放していただく予定だったのだ。旦那様にも遠回しに言われているし……。
はあ、ため息をつくと、隣のメイドがびくりと肩を揺らした。それは気にせず、クローゼットに手をかける。
「ま、待ちなさい。気に入らないとは、言っていないわ」
「はい? でも、」
「ま、まだ、見てもいないわ。お前がそこまでいうなら、見てあげてもいいわ」
「そうですか! よかった! どれも貴女様の美しさを引き立てる素晴らしいものですよ」
にこり。
微笑むと、パーシヴァル様がふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。こういうところは可愛らしいといえば可愛らしい、気もする。
青い顔をしたままのメイドが涙を流しながら「勇者さま」とつぶやいた。まったく、バレるのが恐ろしいならわざわざ危ない橋なんか渡らなきゃいいし、私やパーシヴァル様に不満があるならこんなまどろっこしいことなんかせずに、直接言えばいいのに。
「いやあ、確かにパーシヴァル様は美しいですけど、あの胸元ガン開きの、目に痛い配色のドレスは正直下品っていうか商売女みたいでしたからねー。こっちのほうが絶対、いいですよ! お美しい! 清楚で可憐で、手が届かない高嶺の花って感じで。こんな女神のような貴女様に心を奪われない殿方なんていませんよ。旦那様だって、絶対」
「も、もう、ライリーったら、そ、そうかしら? でもわたくしには地味でなくって?」
「いやいや、パーシヴァル様自身が大変目立つはっきりとしたご容姿ですので、服まで派手だと、もう胃もたれしそうな重さがあるっていうか。パーシヴァル様の良さを引き立てる、くらいがいいんですよ。素でめちゃくちゃお綺麗なんですから、ごまかさない方がいいですって」
「「勇者様だわ……」」
メイド二人が顔を青くしたり、途中目を見開いたりした後小さくつぶやいたが、パーシヴァル様も私もとくには気にしなかった。
結局、この日を境にパーシヴァル様はあの悪趣味……残念なドレスたちの所在を尋ねることはなかったし、私はドレスを一新できて満足だったし、旦那様のひきつった笑みもなんとかもとに戻った。
それから、なんだか妄信的に私の後をついてくる古参のメイドが二人、誕生したのもこのころである。
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