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「ライリー!あんた、なにしたんだい!」
ある日、マリアンヌさんに会うなり、肩を鷲つかまれた。そのままぐわんぐわんと揺すられて、うぷ、といったところで、ジェフさんが止めに入ってくれる。
マリアンヌさんはハッとして、ずいぶん目立つようになってきたおなかをドン、と張って、腰に手を当てた。
「お、おおはようございます?」
なにってなんだ。ちんぷんかんぷんな頭をどうにか働かせようとして、無理だった。
とりあえず、朝の挨拶をしたところ、マリアンヌさんは眉を吊り上げて、またつかみかかろうとしてきた。そして、やはり、ジェフさんがそれを止めてくれる。
「おはようって、あんた!そんな場合じゃないよ!」
「ど、どうしたんですかっっ、わ、私なんかやらかしました……?」
勢いに圧倒されて、助けを求めるようにジェフさんに目をやると彼は気難しそうな顔をしかめた。
「……とりあえず、落ち着きましょう、マリアンヌさん。おなかの子に触りますよ」
「だから、それどころじゃないって言っているのに……ハア、あんたって子は」
だから、何が、どうしたというのだろうか。
ため息をつくマリアンヌさんに私は混乱しっぱなしである。なにか重大なミスをしてしまったのか。覚えがないが、なにかやらかしたのは間違いないのだろう。
覚悟を決めて、生唾を呑み込んだ私に告げられたそれは、結構予想外のことだった。
「数日前、怖い顔した貴族様が、あんたのこと探し回ってたって、城下じゃ有名だよ!常連の人たちは知らないって白を切ってくれたらしいけれど、あんた、いったい何をしたら貴族に嗅ぎまわられるんだい!」
……ああ。
「ひどくおっかない顔をした、黒髪の貴族様だったって話だよ」
ああ、エドアルド様だ。
間違いない。どこか、安心して、何故だか、探していると聞いてすこし嬉しくて。…私を罰するためかもしれないけれど。それでも、どこか心が浮ついて。そして、ちくりと傷んだ。
おっかない顔って……エドアルド様は男前だと思うけれど。ひどくおっかない顔って……。なんか笑えて来る。想像がついてしまって。見慣れた、あの、端正な顔を険しくゆがめた、眉間にしわをくっきり刻んだあの顔なのだろう。
いや、笑っちゃダメなんだけれど。
やっぱり、いまだに私に怒っていて、許していないのだろう。
「その人は、大丈夫です」
怒った顔に心配の色をにじませるマリアンヌさんとジェフさんに笑いかける。
「大丈夫って……、やっぱり知り合いなのかい?」
「はい、でも、もう来ないと思います」
苦笑する。全く、会いたくなかったといえばうそになる。
できることならば、もう一度会いたい。一緒にあの屋敷でエドアルド様をお支えしたい。けれど、それはできない。会うのはまだ怖い。
失望した、傷ついた目のエドアルド様と対峙する勇気が私にはまだない。
結局のところ、すべて私の我儘なのだけれど。
探していたのが数日前で、私のもとにエドアルド様が現れていないところを見るに、セレス様が私の望みを聞いてくださったのだろう。きっと、彼ならうまくやってくださる。その証拠に、エドアルド様はアルフレド様を問い詰めるだろうけれど、私は見つかっていない。
きっと、王都へはもう探しに来られない。
あとは私が注意していればそれで大丈夫だろう。
「ライリー、あんたは……いったい」
マリアンヌさんを安心させるようにもう一度笑う。
うまく笑えていなかったのかもしれない。眉を下げたマリアンヌさんにぎゅっと抱きしめられた。
ああ、私はなんて、恵まれているのだろう。素敵な人に囲まれて。
なんとなく、あのさらさらの黒髪を思い出して、涙が出そうで、そっと、マリアンヌさんの肩に顔を押し付けた。
それ以上、それ以来、マリアンヌさんもジェフさんも何も聞いてくることはなかった。
いつもありがとうございます。
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