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セレスディア視点


 あの男が、エドアルド・ハインツ侯爵。……多分、ライリーが想いを寄せている相手だ。

 エドアルド・ハインツ侯爵。その名はこの国では有名も有名。歴史ある名家、大貴族。しかしそれも、先代侯爵の創った数々の汚名のせいで一度は落ちぶれた。色狂い、金遣いが荒く、資産の管理がずさん。借金にまみれたハインツ侯爵家を数年で立て直し、また名家の誇りを取り戻したのはあの男だという。


 日の沈んだ暗い道を歩きながら、先ほどあったばかりの侯爵を思い浮かべる。黒髪に琥珀色の瞳、気難しそうな威圧感のある顔は整いすぎて、優麗すぎて近寄りがたい。整っているのに、恐らく“綺麗”よりも、“怖い”が先に立つだろう。そして、雰囲気はまるで違うのに、どこかあの軽薄な先輩に似ていた。


 どこか偉そうな口調、冷たい双眸、何度か夜会やパーティーで見かけたことはあるが、話をしたのは初めてだった。ライリーのことを話すうちに、みるみるその冷静そうな仮面が剥がれ落ちていくのが滑稽ですらあった。

 とにかく必死で、焦燥、後悔にまみれ、全身でライリーを求めている。


 あの目を見ればわかる。僕だからこそわかる。あの男はライリーのことを……。



 「……なんなんだよ」


 ライリーも、あいつも。

 

 屋敷が視界に入った。気が付けば見慣れた屋敷。僕が、借りている屋敷。明かりはついていない。ここにもう、ライリーはいない。今朝、出て行ってしまったから。


 扉を開ける。誰もいない。当たり前だ。数か月前に戻っただけ、ただそれだけのことなのだけれど。


 「……あーあ」


 終わっちゃったな。長い片思いだった。誰もいないダイニングを、キッチンをのぞいてそれからライリーが使っていた部屋に入る。かすかにライリーの香りがする気がするのは、もう病気なのかもしれない。


 涙がぼろぼろ零れる。はは、なんだよ、これ。自分ではコントロールが効かない、壊れた蛇口のようにぼたぼたと流れるそれをぬぐう気にもならない。あーあ、終わってしまったのだ。会えて、彼女にもう一度会えて、舞い上がっていた。浮かれていた。あの穏やかで温かい日々がずっと続いていくのではないかと、幻想をいだいてしまっていた。


 なんでこうなってしまったのか。思えば、僕が彼女を失うような、あんなことをしてしまった時から運命は決まっていたのかもしれないけれど。

 ……せっかく、また、一緒にいられるとおもったのに。


 けれど、一度彼女を傷つけ、失ったからこそ、ライリーが望むことならば、かなえてあげたい。僕はフラれてしまったし、選ばれなかったけれど。

 彼女は、自分の道を選んだ。……そして、どうか、今度こそ、幸せになってほしい。これは、ライリーの、友として、僕の人生を変えてくれた恩師として、切に願うことだ。



 「どこにいるんだろ」



 本当に。ジェフさんのところに世話になるといっていたが、絶対に嘘だ。あの図太いくせに妙に人を頼れないライリーがそんなことできるわけもない。そう考えたら、数か月、ともにいてくれたというのも大分奇跡のようなものだと思う。彼女は割と頑固だから。


 責任感が強いから、パン屋はやめていないだろうけれど。それも、いつか出て行ってしまうのだろう。彼女はいつでもたくましいからどこへだって行ってしまう。……気持ちの整理がついたら、覗いてみよう、うん。いつか、あの侯爵への気持ちも吹っ切れるかもしれないし。ライリー自身、あの男に気持ちを伝えるつもりはないといっていたし、もしかしたら……。


 いやいや、自分のあきらめの悪さに些か気持ち悪くなる。でも、仕方ないじゃないか、何年分の恋だと思っているのだ。




 それに……。


 ライリーは出ていくときにこう言ったのだ。「いずれ、もし、エドアルド様が訪ねてきたら、どうか私のことは秘密にしていてほしい」と。


 眉を下げて、ばつが悪そうに。「今はまだ合わせる顔がない、また傷つけるのが恐ろしい」と。

 好きな女の子の頼みだ。聞かないわけにはいかない。

 

 侯爵に言ったこととは少し違うけれど、そのくらい許してほしい。というか、もっと、悔いて悩めばいいんだ。……みっともない嫉妬だということは自分が一番わかっているから、放っておいてほしい。


 あの、嘘のつけない軽薄な先輩にも、迫真の演技……をするまでもなく僕は落ち込んでいたわけだけど。…まあ、そんな調子で、ライリーが王都から出て行った、と伝えたし、彼にはそもそもライリーがどこで働いているかなんて教えていない。きっと、あの、侯爵は険しい顔のまま弟に詰め寄るだろうけれど、アルフレド先輩は本当に、ライリーが王都を出たとしか知らないわけだ。


 肉親がいうのだから、きっと、信じてしまうだろうね。



 「でも、いいんじゃないかな、ライリーが何をしようとしているのか分からないけれど、僕はずっと、君の味方だよ」


 ふ、と笑う。


 ライリーには、なんだか恥ずかしくて直接は言えなかったけれど。


 実は両想いのくせに、妙にすれ違っているあの二人が、これからどうなっていくのか分からないけれど。



 ……まあ、友人の僕としては、とりあえず、あのたくましい彼女が今日、温かく眠れていることを祈ることにしようか。





 

 


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