24
荷物を纏めた。
といってもそんなに多くはない。
新しく買った服と、ハインツ侯爵家を出た時に持っていた袋1つだけだ。
朝食の時にセレス様にお話をして、朝食の片付けをして、彼が仕事に行くのを見送ってから少ない荷物を持ってパン屋へ向かう。
荷物は着く前に、心配されないようにパン屋の外の置き看板の影に隠した。
王都に、古びた袋に詰め込んである荷物を取ろうと思う人は居ないはず。
そもそも金目のものは何も無いし。取られて困るのは服くらいだ。
セレス様は私の勘違いでなければ痛みをこらえるような顔をしていて、胸がいたんだけれど、これ以上、彼の真剣な想いを利用してしまうような行為は出来ない。
彼は出ていく前「行く当ては、あるの」と呟いた。行く当てなんかない。だけど素直にそう言ったら優しい彼はまた、私を放っておけなくなってしまう。彼を傷付けた私をだ。
だから、ジェフさんのところへご厄介になると嘘をついた。
どうにか、仕事が終わった後にでも借家を探して回ろう。見つからなければ数日間野宿でも構わない。慣れているし。
街の外れに鬱蒼とした森がある。あそこなら住みやすそうである。涼しそうで。
それから、マリアンヌさんとジェフさんに挨拶をして笑顔で仕事をする。
女はひたすら愛嬌だ、といったのはマリアンヌさんだ。
彼女は愛嬌はもちろん、度胸もたっぷり持ち合わせているのだけれど。
常連のマダムとたわいないお喋りをして、オススメを売り込んで、ジェフさんの手伝いをして。
あっという間に日が傾いた。
仕事をしていると、あまり深く考え事をする余裕がなくて助かる。
私を罰するために私を探しているエドアルド様のことも、私を思ってくださっているセレス様のことも。
「ライリーもうこの位でいいから、今日は帰んな」
ジェフさんが汗を拭ってそういった。
お金の計算をしていたマリアンヌさんが顔を上げる。
キョロキョロとあたりを見回してから、扉の外へ視線を投げる。
「あれ、あんたのコレは?」
親指をぐいっと立てたところでいやいや、と苦笑する。
これって、どれですか、どれでもないですよ、セレス様は。
「ご厄介になるの、やめたんです。だから迎えにももうお越しになりません」
「は?」
マリアンヌさんが、素っ頓狂な声を上げる。ジェフさんが目を見開いた。
「あんた、追い出されたのかい」
「あははー、違いますよ。一人暮らしすることに決めたんです」
「あんたが?どこで?」
怪訝そうな顔をする2人ににっこり笑いかけた。
「五番街の隅のあたりです。ご心配なく、セレス様と喧嘩をしたんじゃありませんから。セレス様はとても紳士的で素敵な方です」
満面の笑みをうかべる。
間違いなくセレス様は素敵な方だ。
だから、いつか、セレス様が私などではなく、彼のことを心から愛してくださる方と幸せになれますように。
誰かが口を開く前に「お疲れ様でした」とそう言ってパン屋を飛び出した。
隠しておいた荷物は……あ、あった。
全く移動することがなくそこにある。
それを引っ掴んで早足で路地を抜けた。
五番街といったのデタラメだ。
可もなく不可もなく、王都では平均的な層の住宅街。
当然そんないい所には住めない。
もっともっと外れの、一番端の9番街まで走る。
日がもう暮れそうだ。
ここは王都にあって、王都でないような雰囲気の薄暗い路地で、まあはっきり言ってしまって治安が宜しくない。
何秒かに1度くらいのペースで怒号か、何かが割れる音がする。
けれど、まあ。私にとっては育ったところと似たような場所だし、多少汚かろうと、狭かろうと、うるさかろうと、屋根と壁さえあればどうにかなりそう。
女の一人暮らしだ。何があるかわからないのだから、そんなにお金を使いたくはないし。
部屋を貸してくれそうな家を一軒一軒回って、良さそうなところを見つけた。
家賃も高くないし、三階建ての三階で、鍵もちゃんとついているし窓もある。部屋は狭いけど特に問題は無い。
愛想があまり良くない濃い化粧のお姉さんに、前金と家賃を払って寝転んだ。
真っ暗で何も見えない。
窓から差し込む淡い月明かりに照らされて、天井の不気味なシミが見えた。
なにがあったら、あんな所にシミがつくのか分からないけれど。
狭くて寒くて暗い部屋は、なんとなく、私が産まれたあの家を思い出す。
あそこは、広かったしこんなシミなかったけれど、でもとても寒かった。
「………エドアルド様」
………まさか、私が寂しいだなんて思える立場ではないけれど、今日だけは許して欲しい。
ちゃんと、ご飯食べておられるのだろうか。
また無理しておられないかな。
………大丈夫か、オルガさんがついているのだもの。
今は、何しているのだろう。
もう、寝られたかな。
…………いつか、堂々と今度は嘘偽りなく会いに行けたらいいな。
見ていたはずのシミはゆっくりと朧気になって、やがて消えていった。




