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セレスディア視点





やってしまった。

酷いことを言ってしまったかもしれない。

けれど後悔はない。


昔から、そう、昔からだった。

ライリーは孤児であることを全く恥じていないし、孤児であることを呪わず誰を羨むこともしない代わりに、自分の評価がとても低い。


自分程度、自分なんか。


別に彼女は卑下している訳ではなくて、ただ単純に冷静に一般的に見て自分の立ち位置がどこら辺にあるのか、を理解している。


一般的に、自分という孤児がどう見られていてどのくらい価値があるのか。


とかそんなことを彼女はただ冷静に判別している節があるのだ。


あの、なんにも考えてなさそうな、ずれた彼女が、だ。


それに腹が立った。

思えば出会った頃、何の気なしにへりくだって頭を垂れて靴を磨こうとした彼女に腹が立ったのと同じだ。


まだ、貴族め、お高くとまりやがって、と言われた方がマシだと思うくらいに。



だからわかって欲しかった。

僕にとってのライリーにどれだけの価値があるのか、僕がどれほど君を思っているのか。


「……言い過ぎたかな」



いや、言い過ぎてない。

うん、大丈夫、多分。



いつもと同じく朝食の良い香りが漂ってくる。ダイニングへ向かうと奥のキッチンにいつも通り、ライリーの姿が見える。



………良かった、いる。

ライリーはそこまで弱いやつだと思っていなかったが、もし、昨日の僕のあれで出て行ってしまったら……と、内心不安でもあった。


ああ、でもよかった。


ほっと、胸をなでおろしたところで彼女が振り向いた。

パタパタとこちらにかけてくる。犬みたいだ。


「おはようございます、セレス様」


「あ、うん、おはよう」


少しだけ気まずそうに視線をうろうろさせてから、がばりと頭を下げた。


「昨日は申し訳ございませんでした」


その勢いに、少しのけ反って、それから顔を上げさせる。


「……いや、その、僕の方こそちょっと言いすぎた。ごめん」


「いえ、そんなことありません!セレス様は間違っていません!

それと、片付けしてくださってありがとうございました」


ぽりぽりと頬を掻きながら、視線を逸らして言った僕にライリーが詰め寄ってきた。

うお、とやはり仰け反る。


「うん」短くそういうと彼女ははにかむような愛らしい笑みを浮かべてキッチンへと走っていってしまった。

それからいそいそと朝食をテーブルに並べ始める。

こんがりと焼かれた丸パンにバターと卵が挟んである。

チーズのスープと、ハムのサラダ。

いつもながら、ライリーは料理が上手い。


庶民のそれしか作れないと彼女は言ったが、貴族のあの無駄に気取った温度のない料理より何倍も上手い。


「セレス様、食べましょう」


いつの間にか立ったままだった僕に彼女が近づいていた。


目の前でキラキラと耀く黒の瞳がやはり子犬みたいだ。晴れ晴れとした表情。

スッキリとした、なにかふっきれたかのような弾んだ声音。


な、なんだ、なんか気合が入りすぎてないか?

なんか、おかしくないか。今日のライリーは。


意外にもすんなりと仲直り……というか、いつも通りになれたことに安堵しつつ、妙な違和感に眉をひそめた。


席について、あたたかい朝食を取りながら手を止めて疑問を口にする。


「ライリー……なんかあった?」


そういえば昨日もなにかおかしかった。

どこか思い悩んでいた様子のライリーはやけに自暴自棄になっていたし、なにかに動揺していた。


怪訝さを隠さず口にした僕にライリーが少し、たじろぐ。


言いにくそうにいくらかもじもじしてから、ばっと顔を上げてこちらを黒の双眸が見据えた。


金の髪が頬にかかるのを細い指が掬って耳にかけた。



ああ、ライリー髪、伸びたな。

ワンピース姿にも大分、見慣れた。

こう見たら本当にどっからどう見ても女の子じゃないか。

どうして子供の頃の僕はそれに気が付かなかったんだろう。


なんとなく懐かしさに思いを馳せたのは、どこかなにか、嫌な予感がするのを紛らわすためだったのかもしれない。



「セレス様」


僕の嫌な予感はわりと外れないから。



「今まで本当にありがとうございました。このご恩は決して、忘れません」



「私はここを出ていこうと思います」



ほら、僕の嫌な予感は割と外れない。




「………なん、で」


暫くライリーを見つめ続けて、僕から出た言葉は酷く乾いたものだった。

慌てて水を飲んで咳払いをする。


なんで、とはよく言ったものだ。

なんとなく、わかる。

律儀な彼女のことだ。むしろ、今までここにいてくれたことの方が奇跡だろう。


でも、いいじゃないか、他にいくところがないならここに居てくれても。

僕は嬉しいし、ご飯はおいしいし、家事をしてくれるのは本当に助かるし、なにより新婚夫婦のようで楽しいし。

そしていずれ、彼女が僕に情でもなんでも抱いてくれたら、僕の持つそれの少しだけでも、好意を持ってくれたらそしたら、本当に夫婦になれば、いいじゃないか。

とても幸せな話だ。


彼女だって、楽しそうだったのに、それで、良かったじゃないか。


………ああ、聞きたく、ないな。


「………私はセレス様のお気持ちにお応えできません」


「…………だから、それは別にいいって言ったじゃんか。こうしてずっと一緒にいたらいつか」


指が震える。

僕はそれを片手で押さえ込んで俯いた。

そうだ、こうやって楽しく平和に時を過ごしていれば、分からないじゃないか。


情けない。みっともない。

引き留めようと必死に言葉を探す自分が。

そんなもの希望的観測でしかないと分かっているのに。


だけど、僕は誰よりもライリーを思い続けている自信があるし、これからだってずっと好きでいられる。

誰よりも僕が幸せに出来る。

…そうに決まってる。

だって、やっと見つけたんだよ。


何年も、何年も探し続けて、ようやく出逢えた僕の友、僕の世界を変えてしまった子。


………なんで、なんで、、なんでそんな迷いのない瞳で僕を見るんだ。

まるで、何かを決意したかのような。



ライリーの黒の瞳はまったく揺らがない。

揺らがないどころか、強い意志を感じる。直視できない。


…………嫌な予感がして。




「いいえ、セレス様、私は気が付いてしまったのです」


何に。


問えなかった。口を開いたが、声が出なかったのだ。


でも問わなくて良かったと思う。

だって、なんとなく。

やはり、うその付けない彼女の瞳を見れば、なんとなく、分かってしまうからだ。



…………ああ、嫌な予感がする。



なんで、どうしてなんだ。



「好きな方が、いるのです」



………なんで、どうして、その相手は僕じゃないんだ。


はにかむように照れ笑いを浮かべた彼女はそれはそれは綺麗で。

まるでひだまりの妖精のようで。

見たことがないような顔で。


それが僕に向けられたものでは無いとはっきり感じて、僕は泣きたくなった。




「…………伝えるの?」


「え?」


「その人に」



視線を逸らしたままぽつりぽつりと何とか音にした。

視界の端でライリーはゆるやかに微笑んで、それからゆるゆるとかぶりを振った。


「叶うはず、ありませんので」


ずるいでしょう?

そう言って眉を下げたライリーが苦笑する。


じゃあ、と僕が口を開く。

それなら、別にいいじゃないか。ずっとここにいたって。

何も変わらないじゃないか。いつか、いつか、僕がその人のことを忘れさせられるかもしれない。

ライリーがいつか僕を思ってくれるかもしれない。


みっともなく縋る僕にライリーはまた苦笑した。



「……でも、これ以上貴方にご迷惑をかけたくありません。そんな、貴方の優しさに付け込むような真似………。

それにきっと私はずっと思い続けてしまうから」


そういって、けれど晴れ晴れと笑う。

………いったい誰なんだ。

誰が、この子にそれほどまでに思われてなお、叶わないと思わせるのだ。

どこの、どんな、やつが。


どうしてライリーは叶わないと思うんだ。身分差?年齢?出自?なにが彼女の邪魔をする。


そんなもの、僕なら………。


ギリッと奥歯が軋む。

爪がくいこみそうなほど強く拳を握っていたことに気が付いた。


顔を上げると彼女は真剣な表情をして真っ直ぐにこちらを見ていた。


「セレスディア様、今まで、ずっとずっと、ありがとうございました。

今日、荷物をまとめて出ていきます。本当にお世話になりました」



ああ、聞かなきゃよかった。

僕の嫌な予感は大抵当たってしまうんだ。


精一杯笑顔を浮かべたつもりだけれど、本当に笑えていたのかどうかは分からない。


けれど、これ以上この真っ直ぐな瞳をした彼女を引き留めて、困らせることが得策ではないことだけは確かだった。




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