21
アルフレド様は結局何をしに来たのだろう。
実家は侯爵家で、職業は王城の騎士。
お金が無いはずのないアルフレド様は本当に夕飯をたかりにきたのだろうか。
でなければ本当にエドアルド様にバレたと、それだけを言いに来たのだろうか。
夕飯後、お皿を洗いながらぼんやり考える。
セレス様は書斎に籠られ、持ち帰った仕事を片しているらしい。お忙しい方だ。
それはそうと、エドアルド様にバレたからと言って一体それが何なのだろう。
私は解雇されて出てきただけだ。
確かに、屋敷のみんなにあれだけお世話になっておいてろくな挨拶もせずに飛び出してきたのは悪かったけれど。
手紙も残したし、迷惑料も(あれで足りるのかは不明)払ったし、一応。
どこかいつもよりもよれっとして見えたのは私の目に、アルフレド様は残念なやつフィルターがかかっているからだろうか。
いやでも、うん、なんか疲れた顔していたしな。
…………ふむ。
アルフレド様はエドアルド様が探しに来るとか言ってはいなかったか。
それこそ、こんな遠くまで、なぜ?わざわざ?エドアルド様はお忙しい方なのに。
それにエドアルド様は私の顔など金輪際見たくないはずなのだ。
主を謀った、ずっと騙していた薄汚い孤児の顔など。
ーーーお前の顔を見ていられそうにないーー
苦しげに歪んだ表情、怒りを湛えた琥珀色の瞳、傷付き頭を抱えるお姿。
はっきりと思い出せる。
思い出して、胸が熱くなる。
あんなに良くしてくださった恩人をあれ程までに傷つけてしまった。
たかだか自分の保身の為に。
戻れるものなら戻りたい。けれどそれは叶わない。
エドアルド様は私をきっと、許しては下さらないだろう。
痛む胸を抑えて落ち着かせるように息を吐いた。
…………もしかしたら、怒りの収まらないエドアルド様は私を罰しにこられるではないだろうか。
だから探していて、卑怯にも夜中に1人で逃げてしまった私になにか制裁を……。
胸がどくどくと鳴る。
蔑むような、ゴミを見るかのような目でエドアルド様が私を見るのではないか。………怖い、怖い。
「………嫌だ」
嫌だと思った。思ってしまった。
それから、ハッとする。
…………嫌だって、なんだ。
罪に応じて正当に罰を受けなければいけない。
でも、なんだってする、なんだって、するから、何を捧げたっていい。
エドアルド様に軽蔑の目を向けられるのは……それだけは、嫌だ。
だって、エドアルド様にこれ以上嫌われてしまったら、私は…………
あれ、……なぜ?どうして嫌われたくないんだろう。
大切な人だから?恩人だから?
…………………な人だから?
パリンっっ
グラスが手元から滑り落ちた。
持っていた布巾ごと。
足元に散り散りになって、それなのに私はまったく動けなかった。
驚愕に、自分自身に驚愕して、まったく動けなかった。
「ライリー!!大丈夫かっ」
ドタドタとセレス様がキッチンに入ってきたらしい。
そこでようやく目が覚める。
ああ、大変だ、セレス様のグラスを割ってしまった。
青ざめながらしゃがみこんで布巾にひとつずつ、ガラスの欠片を集めていく。
「も、申し訳ございません!」
「いや、いい、それより、危ないから触らないで、僕がやるから」
「いいえ!このようなことセレス様にしていただくわけにはいきません!」
「だめ、怪我するから」
「大丈夫です!」
「大丈夫じゃない、いいから、」
「私なんか少し傷ついたくらい大丈夫なんです!」
「ライリー」
驚く程冷たい声にビクリとした。
宝石のような翡翠の瞳がじっとこちらを見ている。
気を取られているうちに手の中からガラスも布巾も奪われて、変わりに手を撫でられた。
気が付かなかったけれど、どうやらガラスで切ってしまっていたらしい。
赤い血が滲み出ている。
「何言ってるの?」
凍てつくような瞳。温度のない美貌にぞわりとする。
かつて、感情のままに、私の髪を切り感情のままに怒鳴った少年はそこにはいなかった。
押し殺した、薄い氷の膜を張った底なしの湖のような静かな怒気に、その翡翠の瞳に目が釘付けになる。
「なんで、自暴自棄になってるのかしらないけど」
至近距離にある冷たい美貌。
触れてしまいそうなプラチナブロンド。
静かに、確かに彼は怒っているらしかった。
「君を大切だって言っている男の前で、言うセリフじゃないよね」
甘さのない口調。
叱るような視線。ひたすらに真っ直ぐなそれをなんだか受け止められなくて唇を噛んで下を向く。
「僕、君の意地を張る頑固なとこ好きだけど、自分を大切にしないところは嫌いだ。
昔っから」
顔は上げられなかった。
その日はどうやって借りている自室に戻ったのか分からない。
いつもありがとうございます\(^o^)/
あともうちょっとです、よろしくお願い致します。




