20
アルフレド視点
あー、ああ、あ、
やっちゃったなーーーー。
馬に乗って虚空を見つめること数時間。
馬を休みなく走らせれば3時間余りで着く領地からの帰路。
貴重な非番の日だというのに、俺はちんたらちんたら馬と散歩するように道のりを辿っていた。
あーあ、やっちゃったなーーーー。
虚ろな目をしてしかし微笑んでいるだろう俺を指差す平民の子供が数人いたのを確認した。
すぐさま親が顔を青ざめさせて頭をぺこぺこ下げながら子供を回収していったけれど。
まあ、しょうがねえよな。
すげえ間抜けな顔してるもん、多分。
それもこれも、どれも、全部。
あの恐ろしい腹黒の執事が悪いわけで。
あいつから届いた手紙は要約するとこんな感じだった。
ハインツ侯爵家、最大の窮地。
エドアルド様が一刻を争う容態。
火急の要件、すぐ戻られよ。と。
一体何があったのかと、それは思って然るべきだろ。
あの兄貴がすぐ死ぬなんてことは無いと思ってたけど、事実戻ったら領地も屋敷も平和そのもので、オルガも兄貴もぴんぴんしてるんだもんな。
こっそり、安堵の息をついたのは癪に障るから内緒だけれど。
とにかく、何があったのかと思ってみれば。
「……よりにもよって、ライリー絡みかよ」
面倒なことになった。
アシュレイとライリーになんて説明すりゃあいいんだ、いったい。
そもそも、ライリーが解雇されたっていうのが確かにおかしかったんだ。
兄貴は心の底からライリーを信頼していたし、家族のようにすら思っていただろうし、傍目に見て分かるくらい物凄く気に入っていた。
そりゃ、俺もライリーは面白いやつだし気に入ってはいたけど。
「………まさか、あの兄貴が恋の病とか」
…………笑えねえ。
あのクソ堅物野郎の兄貴が?絶対面倒くさいに決まっている。
現になんだか、こじらせているようだし。
女だと知って訳の分からん理由で追い出してしまったらしいし。
いいじゃん、喜ぶことしかねーじゃん。
何考えてんのか、わけわかんねえよな、兄貴はいっつも。
アシュレイのあの異常な執着というか、拗らせっぷりも相当なもんだが、兄貴のあれはまた違うガキのようなそれだ。
まあ、そりゃろくに恋愛せずに異性と関わらずに生きてきたらああなるのかもしれない。
寧ろ親父のせいで毛嫌いしていたのは知っていたが、あれ程とは。
まだ若いアシュレイとは違ってもう27だと言うのに、ほんといい歳した大人がなにを狼狽えてんだか。
「はぁ……」
あの後、俺が何かしら知っているとバレてしまったあとライリーはどこにいると、およそ兄弟に向けるべきじゃない眼光で睨んできた兄貴に、俺は柄にもなく冷や汗をかいて、気を使った。
バカ正直に、王都で昔馴染みの運命の再会をした男と一緒に暮らしてるよ!二人っきりで、しかもなかなかいい感じっぽいよ!
ちなみにそいつは俺の後輩で、ライリーをずっと探していたそいつにライリーの居場所を教えたのも、俺だよ!
とは言えないわけだ。口が裂けても、絶対に。
あの鬼に俺が八つ裂きにされるのが目に見えている。
想像してぶるりと体が震えた。
俺の愛馬が不安そうに小さく嘶いたのを、首を撫でて慰める。よーしよしごめんなー、俺のくそ兄貴が。
結局、王都で、見た。
と妙にカタコトになったそれでぽつぽつと呟いて逃げるように帰路に着いたわけだ。
というか、そんなことで呼び出すな!もう!
……まあ、兄貴達からすれば行方は愚か、安否さえ不明だったから心配だったんだろうけど!
はぁ、ため息をついたところで、気付けばもう眼前には王都の関所が広がっていた。
ぐるりと王都を囲む長く高い塀。
「はぁ、」
着いてしまった。
ああ、アシュレイとライリーになんて説明すれば………。
憂鬱な気持ちをひっさげて俺は門番に騎士の略式令をした。
門担当の騎士が俺に気づき目を輝かせる。
……ああ、どうも。
俺を知ってんのか、ありがとーね、ま、俺は多分これから後輩に締められますけどね。
あの、やたら口の達者な、生意気な辺境伯の末息子に。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「という訳だ、アシュレイすまん」
「何がというわけなんですか、先輩意味がわかりません。なんのことですか、もう一度、簡潔に分かりやすく説明してください」
あはは、流そうと思ったが流されてはくれなかった。
あは、はー。…………アシュレイのバカ!
俺はアシュレイの借家を訪れていた。
夕刻、何をしに来たんですかと見るからに迷惑そうに出てきたアシュレイと、扉の隙間から漏れる美味しそうな匂い。
どうやら夕飯時らしい。
そういえば昼も食べてなかったな。タイミング良く俺の腹の虫が盛大に鳴いて、「メシたかりにきたんじゃないでしょーね……」と言いつつ迎えてくれる後輩の優しさに、罪悪感で胸が痛くなった。
……いや、もちろん、飯はしっかりくってくけど。
「あれ、アルフレド様?」
「お。ライ…リー………」
キッチンからライリーがひょっこりでてきた。
俺は我が目を疑った。
肩まで伸びた金髪と白いブラウスに重ねられた若草色のワンピース。
アーモンド型の子犬みたいな黒い瞳が真っ直ぐこっちを見据えて「どうしました?」と首をかしげた。
………ライリー、まじで女の子じゃねえか。
いや、知ってたけど。
胸もケツもねーけど。
屋敷にいた時の短髪、執事服ではない、普通に女の子じゃねえか。
整っているとは思ってたけれど、こう見るとなぜ、男だと思い込んでいたのか不思議な程に全力で女の子だ。
しかもかわ……
「いだっ、」
「見ないでください、ライリーが減ります」
………この後輩、先輩殴りやがった。
「ライリー、この人とあんまり目を合わせてると妊娠するよ」
「はい、セレス様」
いや、減らねえし、妊娠しねえし、はい、セレス様じゃねえよ?
してたら、我が侯爵家の跡取り問題はもう解決だよ?
至極真面目に頷いたライリーにげんなりして俺はまたため息をついた。
ライリーが作ったらしいいい匂いのする美味そうな夕食の並んだテーブルに3人でついた時アシュレイがそういえば、と口を開いた。
「あれ、結局先輩なにしにきたんでしたっけ」
もぐもぐとパンをほお張る(ご令嬢とは言い難い)小動物のようなライリーをじーーっと見ながら。
嘆息して一気に言い切る。
「兄貴にライリーの居場所がバレました、すまん」
よし、言ってやったぞ。
もう知るか、というかなんで俺巻き込まれてんの、めんどくせえ。
それから目の前のシチューにだけ集中することに決めた。
「………はぁ、それの何が?何故謝る必要が?」
「アルフレド様夕飯たかりに来たんですか?」
………なんなんだよ、こいつら2人とも。
ちげえよ、天下の第3王城騎士隊のエースの俺に向かって。もうやだよ、俺。
こいつら俺の事なんだと思ってんだよ、終いにゃ、泣くぞ。
少々やさぐれながら横目でアシュレイを見る。
奴は何も気にしてなさそうである。それよりもライリーが幸せそうに頬張る姿を見るのに忙しいらしい。
はいはい、イチャコラしとけよ勝手に、もう虚しくなってきたわ。
というか、ライリー料理上手いな。知らなかった。
「ライリーは解雇されたんでしょ?別にライリーのなにがバレようが関係ないでしょう」
「私もそう思います」
いや、関係あるんだよ。大有なんだよ……。というかあの人に解雇したつもりは無いんだよ、まったく。
「………いや、うん。でも兄貴多分探しに来るから」
「………は?」
「え、なんで」
だらだらと冷や汗をかく。
なんでって……。そりゃ拗らせてるからだろ。恋の病とやらだろ。
俺の27歳のいい歳した兄貴が初めての恋をしたんだけど、どうしていいか分からなくてうっかり追い出しちゃったライリーを血眼で探しているよ!多分すぐやってくるよ!
新婚生活ぽいの(アシュレイにとっては)楽しんでるとこ悪いけど、多分連れ戻しにかかるよ!って……
アシュレイを見る。やはり微笑みながら翡翠色の瞳を優しげに微睡ませて、ライリーを見ている。いや、見すぎね、怖いよ。
ライリー、何故気づかないんだ。
お前は食べ物に夢中になり過ぎね。いい加減にしろ。
………はは、………言えねえ…。
「ま、そういうことだから、俺はちゃんと言ったから……」
あとはもう、勝手にやってろ。
もう知らん!なんか虚しくなってきたわ、まじで!
………………俺もちゃんと彼女作ろうかな。
なんかよくわからん敗北感を抱いて、俺はアシュレイ宅を後にした。
いつもありがとうございますヾ(●´∇`●)ノ
そもそも~を書き終えましたので本日より更新再開いたします。
長らくおまたせしせてしまい申し訳ございませんでした(´;ω;`)
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