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お立ち寄りいただきありがとうございます。

10話から20話くらいで終わる予定です(あくまで予定は予定)。

よろしければお付き合い下さいませ。





「え、うそ…」



ぽつん、と馬車からほっぽられて私は草むらに転がった。

何が起きたのか、訳が分からなかった。それはそれは、もうめまぐるしく変わる状況に終始あほ面を晒して、そして今、ころんと道に転がっている。



そう言えばなんだか最近彼は様子がおかしかった。








ーーーーーーーー



12歳で家が没落し、両親と2人の兄は心中した。

両親と兄達が使い込みまくった借金に首が回らなくなり、領地運営もままならなくなったらしい。

私はと言うと、すっかり、忘れられていた。

呑気に洗濯をし、薪を割り、暖炉に火をくべ、真っ黒の顔で庭の草を毟っていた。

私は所謂お父様……旦那様の火遊びの末にできた娘で、実家ではいらない子だった。

特に虐げられたり殴られることは無かったけれど、物心がついた頃から使用人として屋敷を駆け回り仕事をするのが私の役目だったのだ。

食べるものも寝るところもある。

不自由はない、ただ、わたしには家族がいなかった。旦那様と奥様とお坊っちゃま方はわたしを時に居ないことにし、使用人のように扱っていた。

それが年々エスカレートしていって、もう初めから使用人だった、と勘違いしてもまあおかしくはない。

そう言えば年々、もともと少なかった使用人の数は減り遂には私だけになっていたのだけれど、どんどん増える仕事にあくせく奔走するわたしには気にかける暇がなかった。


それから、呆気なく家を追い出され、家は随分親戚連中にも評判が悪かったらしく、私は誰に引き取られることも無く、めでたく孤児になった。


辛うじて残された兄のお下がりの服とお仕着せだけを手に12歳の私は路上での生活を始めた。


うだうだ悲観したり悩んでいる暇は全くない。

こちとら今日の糧と今日の寝所に困る身である。


かといって出来ることなんて限られているわけで。

手っ取り早く靴磨きから始めることにした。


1日朝から晩まで靴を磨いて、蹴られたり代金をいただけなかったり。


そうしてようやくパンが一つか二つ買えるくらいのお金を得ることができたり、出来なかったり。


長い伸ばしっぱなしの金髪を兄のお下がりのボロボロの帽子に詰め込み、お下がりのボロボロの服を着て、硬いパンを食べ、働き、ときどき、街から歩いて数時間のところにある湖で体をきよめる。


女であることを伏せた方がいいことはなんとなく知っていた。

世界は孤児に優しくはないし、そして、その中で女であるといろいろ厄介な目にあう。

女より男の方が地位が高いとは、亡き2番目の兄の言葉だ。


できるだけしゃんと背を伸ばし、服だけは綺麗に整え、愛想よくした。


見た目が良くないやつは信用して貰えない、というのは亡き1番目の兄の言葉だった。



そんな生活が1年経った頃、私の靴磨きの腕も割とあがった頃。


彼はやってきた。


「なあ、お前こんな所でなにしているの」


最初、まさか私にかけられた言葉だとは思わなかった。

私が客にしている奴らは大抵目の前に足をドンと置き、蔑んだ目で見下しながら「おい」とか、「さっさとしろ」とか「たまには哀れな連中に施してやるのもいい」とか言うだけだ。

地面ばかりを見て過ごしていた私はやはり今日も地面を見て目の前に突き出される靴を探していたのだから。


「聞いているのか、お前」


客にしてはえらく若い声だと思った。

帽子を深く被り直して少し目線をあげると、それは少年だった。

歳は、私と同じか、少し下だろうか。

貴族らしく誂えられたピカピカのセットアップにキラキラとかがやく革靴を履いていた。


「こんにちは、貴族様」


「馬鹿にしているのか?」


にこやかに言ったはずなのに少年は眉を顰めて唸った。

いかにも、なプラチナブロンドの髪に翡翠色の瞳がまっすぐにこちらを貫いている。

もしかして、顔が煤と墨に汚れすぎて見るに堪えないのだろうか。

汚いといって唾を吐きかけられることも少なくはない。

顎を引いて帽子を深く被り直す。


私みたいなものが貴族様に気安く話しかけるな、ということだろうか。

そう言って肩を蹴られることも少なくはない。


はいはい、こっそり辟易しながら押し黙って、這いつくばり布を靴に当てて磨くことにする。


こういう場合は何も言わず何か言われたら同調してヘラヘラ笑ってやり過ごすのが吉だ。


ぐっと、力を込めようとした瞬間、すっと靴が引き抜かれた。

しまった、蹴られる。なにか気に触ったらしい、気難しい少年だ。


「何しようとしてる!?僕の聞いていることが分からないのか」


「……」


何って……そう思って顔を上げると、真っ赤に顔を染あげた少年が怒りに顔を歪めていた。


「何って……靴磨きですけど。私の仕事ですので」


「お前のような、子どもがか」


「……ええ、まあ」


何を言っているのだろうかこの少年は。

というか、こんなところに一人で来たのだろうか。いや、そんなはずがない、どう見ても高貴な子どもがこんな街の細路地を1人でうろつくわけがない。


きょろきょろと使用人か従者か、はたまた家族を探してみるがそれらしき者はいなかった。


「なぜ、お前のような小さい子どもが働いている。親はどうした」


「は?なぜって……生きていくためですけど。

親は、いません」


小さいって……少年のほうが子供に見えるし、そもそも親はどうしたは私の台詞だ。

面倒なことになりそうなので言わないけれど。

というか、この歳で生きるために働いている子供なんてごまんと居るし。飢えて死ぬ子供もごまんといる。

私がそうならなかったのは単に運が良かっただけだ。



「………っ。ひとりきりなのか」


「ええ、まあ」


面倒くさくなってきた。

客でないなら帰って欲しい。

見上げていた視線を外しまた地面を見つめる。


すると、ジャラっと何かの音がしてハッと顔を上げた。

この私が聞き間違えるわけがない、金の音だった。

なんて危険なことをするんだ、とぎょっとした。


「それ、代金、……またくる」



黒い布の袋に入ったそれはどう考えても対価とは言い難い。

つまり貰いすぎである。というか、まず私はこの少年の靴を磨いてすらいない。


「え!ちょっと、これ、多いですけど!」


「煩いな!黙って取っておいたらいい!」


「そんなのダメです、こんなお金もってたらその辺の荒くれに襲われます」



こんな大金をこんな子どもが身につけてジャラジャラ言わせて見ろ、襲われて奪われるだけだ。

貴族様はそんなことも分からないのか。


少年は目を丸くしてずかずかと寄ってきたと思ったら袋を奪い取りその中から金貨1枚だけを投げて寄こした。

金貨!?


「それなら音はしないだろう!」


遠くから「お坊ちゃま!」と叫ぶ声がする。きっとこいつの従者か何かだ。


「いや、それはそうですけど…」


「なんだ、僕は忙しいんだ!じゃあ、次の分とその次の分とその次の分と……とにかく先払いだから」


それだけいうと足早に、けれど優雅に路地を抜けていった。

泣きそうな「お坊ちゃま!今までどちらに!」という大人の声が聞こえる。



変なやつだったな。

そう思って手に残ったぴかぴかの金貨を見つめる。


どこの貴族様のご子息様か知らないけどどうせ、気まぐれだ。

もう来ないだろう。

けれど、まあ、金貨に罪はないし、貰えるものはもらっておく主義だ。



ほくほくと、誰にも見られていないことを確認して下着の中にこっそり入れた。



その日はパンと、贅沢なことにオレンジも買ってしまった。





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