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7-15 森林苔石もどきの扱い方

サブタイトル修正しました。

「うむ。来たか」


 カークは、こちらが近づくのを確認する。


「ふむ。では始めるぞ。ウーゴ。しっかりとそいつの保定をしとけよ。テオドラ。俺の手先をしかと見よ」


 それを聞いたカークの弟子たちのウーゴ君とテオドラさんは、神妙に頷く。


「そして、ラケルタ。お前もよく見とけ」


 あ、はい。


 うー。なんか久々に怖いよ、カークさん。そんな顔をして横目で睨まないで。


 ほんと。これは、これをちゃんと見てないとダメだよね。


 ともにかくも、カークの手元に注目をすることにした。


 すると彼は、手に持つ銀色に光る板の端をびりりと破く。続いてそこから中身を取り出すような仕草で、その中に指をいれた。


 あ。この銀色の板のようなものは、入れ物だったんだ。


 取り出したその中身は……うーん。


 これは、何といえば良いだろ?


 カークが取り出した袋の中身をよく見ようと、背伸びをして身を乗り出した。


 見ると、このカークの手に収まるでかさの物体は、プラスチックのような質感のある底が丸い透明な容器。この容器の開いた口には厚手の黒いゴム栓のような蓋が付いている。


 蓋には長くて柔らかそうな黒い管が接続され、黒い管の先には、出っ張りのある鋭利な細い針が付く。この尖った針には透明な管が覆う。


 ん。そうか。


 こちらがいた世界でも見たよ。こうゆうの。


 試験管と翼付きの針とがチューブで繋がる器具。健康診断とかで、採血する時に使うあれ。これは、そのような器具に近いと思う。


 そして、カークの言われた通りに、その手指の動作に注目をする。


 彼は、左手の親指と人差し指の中ほどで。この透明な器具に付いている黒い管の先にある針の柄をつまむと、右手で針先を保護している透明な管を引き抜く。


 続いてその針の柄を右手に持ち替えて。細い針の柄をくるりと慎重に左右に回しながら、その針先の観察をしている。


 わ。まぶしい。


 その尖った針先に日の光があたって、きらりと鋭く光る。


 これは、針先の位置の点検かなと。昔、そんなことを聞いたように思う。


 そうして針先がぴたりと固定され、カークは満足そうに頷く。


 次には、左手でこの森林苔石もどきの縁をがしりと掴み、この左の手先を多数のうねる肢の下の方へと這わせていく。


 何かの場所を探るために、左の手先を慎重に動かしているのだろう。この緻密な手指の動きは、巨躯のカークのごつい腕から想像もつかない。


 そう。ぱっと見た感じでは。その左手を森林緑石もどきの腹の中へとざっくりと突っ込んだだけ。でも、カークのあの左腕を注視すればわかる。あのうねる多数の肢の中に隠れる指先へと続く、腕の筋肉の繊細な動き。


 そうして、しばらくすると。カークの左腕の動きがぴたりと止まる。


 どうやら、目当ての場所を見つけたらしい。


 ウーゴ君に抱えられ、カークの左腕を突っ込まれた森林緑石もどきの多数の肢のうねるような動きが徐々に弱くなり。終いに多数の肢をピタリと自らの殻の中へと納めてしまう。


 今まで、あの身体をひねったりよじったりで、何とか逃れようと藻掻もがいていたのがうそのように、じっと固まってしまった。


 ん。あれ。この森林緑石もどきを殺したの?


 確かにあの多数の肢は、がしりと殻の中に折りたたまれて納まり全く動かない。だけど、この生き物の呼吸をする場所らしい鰓のようなものが、殻の周辺に溜まる水の動きと同時に、規則正しく静かに開閉していた。


 この森林緑石もどきは、生きているんだね。


 カークは表情を殺して無言のまま、右手に持つ針の針先を、その生き物の中央線より少し外れたところに、するりと滑り込ませた。


 そして何の躊躇いもなくその針を、中央から頭部の方へと斜め下にプツリと差し込む。同時に空気が通るような、シュッというかすかな音がした。


 刺された時、大きくググッと震える森林緑石もどき。だけど、この大きな動きはこれだけ。その後は小さくびくんびくんと、長い管が規則正しく振動をしている。


 この生き物から伸びる、長くて黒い管を経由して。淡く光る透明な青色の液体が底が閉じた透明な容器へと、とくとくと注ぎ込まれていく。


 しばらく経った時。カークは、ぽつりと呟く。


「ふむ。こいつは、これくらいだな」


 同時に彼は左手の親指で刺し口をぐいと押して、音もなく刺した針を抜く。針を抜いた後の森林苔石もどきの胸には、傷口がぽつりと開く。だけどこの傷口から、ひと雫の体液も出ていない。


 そしてカークはこの生き物の傷口に、紙片のようなものをペタリと張り付ける。すぐに傷口が閉じ、紙片が溶けていく。


「よし。これで良い」


 カークは、両手で傾斜をつけて黒い管を上方へと上げた。


 つーっと、残りの青い液がプラスチックのような透明な容器の中へと入る。


 同時にカークは、その手を休めずに指示を出す。


「ウーゴ。こいつを放せ。そっとだぞ」


「はい」


 ウーゴ君は短く返事。


 そしてカークの指示通りに、両手で抱えていた森林苔石もどきを裏返したまま、そっと地面に降ろした。


 その後、ウーゴ君は指を組んで、両腕をぐいと伸ばしていた。解放された重さで震わせていた筋肉をほぐしたいのだろう。


 地面を背にした森林苔石もどきは、裏返った姿勢のまま、じっとして動かない。それでもしばらくすると、ぴくぴくと長い髭のようなものを徐々に広げてきた。


 そして、ふたつの目玉をニョキっと突き出した。これは、蟹とかヤドカリとかを彷彿ほうふつさせる仕草。なんとも愛ぐるしい。


 あ。こいつ。こんな可愛い目玉をしてたんだ。


 いままで、この目玉をこの身体のどこに仕舞っていたのだろう。


 なるほど。これを見ると蟹のようだね。そうか。これなら、ルークの自動意訳の森林蘚苔石魔蟹しんりんせんたいせきまがにという名も納得できる。


「きゃ」


 テオドラさんの小さな悲鳴。


 見ると、その生き物は、あの気味が悪い多足な細い肢を、たわしのように、ぼさっと空に向かってやしていた。


 うん。訂正。やっぱり森林苔石もどき。この、たくさんある肢。気色悪い。


 その後、その生き物は、数多いこの細い肢を使って、器用にくるりと緑色の苔が生えている殻を上に向けた。同時に、かさかさと小さな音を立て石畳の道の端へと移動し、暗い森の奥へと消えていった。


「逃げたな。ま。あれもしばらくすると、森の奥は日が差さんから、戻って来る。それに、あれを好む肉食魔動物も潜んでおるでな」


 へえ。日光が必要なの。あ。そうか。殻の上に生えている苔!


「どのみち、あいつにもう用はない。いただけるものは、いただいた」


 それからカークは、森林苔石もどきが逃げていった場所を暖かく見て言う。


「あれは、貴重な資源でな。それに、ここでしか生きれん。だから、必要最低限のものだけをいただく。こいつは、よく覚えて置くように」


「「はい」」


 元気の良い、ウーゴ君とテオドラさんの声が同時に重なる。


 なるほどね。


 もちろん、こちらも承知の意味を込めて頷いた。


ここに読みに来てくれてありがとです。とても嬉しいです♪

今後とも、よろしくです*^^*

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