夕方
家に帰ると、同じ学校の一年生になった妹からいきなりビンタを喰らった。
「はぁ!?なんだよお前!?」
「お兄ちゃんだけ門限過ぎてるぅー!」
「いやいや、この家に門限無いし」
母親が「あらあら、茶番は程々にって言ったでしょ〜?飯出来たわよ!」
最早、この妹が正気なのか分からなくなった。
食卓にはいつも通り程々に手抜きされた料理が並んでいた。
だが、毎日不味くはない。
いつも通りご飯のお代わりをしようと、席を立つ。
ふと足元を見るとなんか居る。
そう、飼い猫のみーたんだ。
数年前に家に来た時は小さな子猫で可愛かったが、今は丸々太って巨大化している。
それでも、猫好きにとってはみーたんは可愛いやつだ。
クリクリの大きな目で見つめられると抱きしめたくなる衝動に駆られるが、食事中の今は我慢だ。
後でたっぷり可愛がってやろう。
大きな目といえば、加藤も眼鏡を外したときに大きな目をしていたな。眼鏡をしているのが、本当に勿体無い。
「お兄ちゃんお代わりするなら、もう無いわよ」母親が炊飯器の前で、父親のご飯をよそって言った。
「はい?俺毎日お代わりしてるんだから、足りないんだけど」
「あら、そうだった?でも、残念ながら今日は無いわよ。足りなかったらあとでお小遣いあげるから、近くのコンビニで何か買って来なさい」
「まぁ、そういうことなら…。」
「えー!お兄ちゃんだけお小遣いずるい!」妹よ、お前はそのお小遣いで晩御飯を食べるわけではないだろう。
「花奈には後で、お菓子あるわよ。」
ナイス母さん!
「そ、そういうことなら…」
妹は昔からなんでも一緒じゃなきゃダメだ、という性格だ。妹とはそんなもんなんだろう。
「ただいまー」
玄関から父親の声がした。
「ハラヘッター」でかい声で叫びながら居間に入るなり、いつもの席に座りすぐに食べ始めた。いつものことだ。
「ん〜。この玄米美味しい!」
「お父さん、それは砂ですよ」
母親がツッコミなのかボケなのかもう訳が分からない。これもいつもの事で、愛想笑いすら出ない。
食事も終え、みーたんにも可愛がったところで自室に戻って携帯をチェックする。
彼女がいるわけでも、好きな女の子がいるわけでもない俺には、メルマガが数件来ているだけだった。正直、このメルマガはどうでもいい。
そういえば、加藤の連絡先を知らないな。
別に用事があるわけでもないが、今日退部したギター担当の代わりを探さねば。
加藤がギターできるかどうか知らないが、聞いてみるのも手だ。少なからずクラスメイトの他の良い奴はギターが出来ない。
「はぁ…」とため息をついたところで、お腹も「グゥ」と鳴った。
「仕方ない…、コンビニ行くか」独り言を呟く。
「いらっしゃいませ」いつもの店員がレジにいる。
きっともう何度も来ているから、向こうも言わずともこっちの顔ぐらい覚えてるんだろう。
えーと、お弁当コーナーを見てみよう。
誰か居るな。なんとなく気まずいので、興味のないジュースコーナーとか見てみる。
「藤原?」
聞き覚えのある声だが、急に声をかけられビビる。隣を見ると眼鏡の奥にクマがある、いつも気だるそうな加藤だった。
「え?かとう?」平常心を装って返事をするが内心かなり動揺していた。
まさか、加藤がいるとは思わないし、まず俺に声をかけてきたことに吃驚だ。
「…」
「…」
変な沈黙を作ってしまい、気まずくなったので弁当選びに専念する事にした。
結局それから加藤とは、一度も言葉を交わす事なくつい弁当を買いすぎてしまった。