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遠い声  作者: てんの翔
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       9.12日午後3時


 事務所にもどって一時間ほどしたときに、長山から連絡があった。さきほど峰岸を通じてお願いしたことが、さっそくわかったのだろうか?

『世良さん、問い合わせの件ですが──』

「どうかしたんですか?」

 長山の声音が、どこかおかしかった。

 灰色がかった緑のイメージ。調査をしてもらうにしても、少し結果が早すぎる。なにか、不測の事態がおこったようだ。

『あ、いや……何人かいましたが、そのうちの一人なんですがね』

「はい?」

『川崎という男です』

 意外な名前がクローズアップされた。調査を依頼したそれ以外の人間は、最初の潜入時に出会った労組関係者だ。が、川崎という男は、二番目の長期潜入先──左翼系過激派組織の人間だ。副リーダー格で、殺害されたリーダーの死に憤慨していた。世良は任務のため、川崎は報復のため……立場のちがいはあれど、ともに《U》を追った仲ということになる。

 今回の誘拐事件とは無縁であったが、世良が個人的に川崎のその後が気になっていたので、リストに入れたのだ。

『……死んでます。しかも、数日前に』

「病気ですか? それとも、事故?」

『ちがいます』

 ということは、自殺か他殺しかない。だが世良の知っている川崎は、自殺をするタイプではなかった。

 腹の底に、得体の知れない圧力のような苦しさを感じた。

「死因は?」

『首を刃物で切られたことによる失血死です』

「犯人は?」

『捕まっていません。容疑者もあがっていなければ、めぼしい物証もまるでないみたいです』

 世良の頭のなかに、「U」の文字が浮かび上がった。

 証拠は残さない。顔を見た者もいない。

 唯一の目撃者が、自分だ。

「……」

『どうしました?』

「あ、いえ……」

 世良は、自身の考えを打ち消した。

 数日前ということは、あれからもう何年も経っていることになる。いまさら《U》が川崎を殺す必要性に迫られるとは思いづらいし、川崎が《U》に殺されなければならない理由があるとも考えづらい。ともに追っていたとはいえ、川崎はヤツの顔を見ていない。

 噂どおり《U》が殺し屋であるのならば、だれかから依頼を受けたということもあり得る。しかし、殺害されたという事実だけで《U》と結びつけるのは乱暴だ。

『どうして、川崎の調査を?』

 長山の質問は、至極真っ当で純粋なものだ。個人的に興味があったから、とは答えられなかった。

「警察官時代のマル対でした」

 長山もベテランだ。世良が公安部だったことを知っているのならば、それだけで非合法の潜入捜査のことだとわかる。

『誘拐事件に関係しているのですか?』

「それはわかりません。それをさぐるために当時、私が接触した人間を調べてもらったんです」

『それはどういう……』

 困惑した長山の声が流れた。

 輝く緋色に茶色をくすませたようだ。

 世良は、水谷健三の声を、以前──おそらく、まだ眼の見える警察官時代に聞いたことがあるかもしれないということを長山に告げた。

『本当ですか!?』

「100%の確証はありません」

『わかりました。川崎以外の人間の調査も急いでおこないます』

「川崎は殺されるまえに、どんな生活を送っていたかわかりますか?」

『具体的なところまではわかりませんが、肩書は社長でした。IT企業の』

 むかしを知っている世良にとっては、信じられないことだった。

 社長。しかも、IT企業。

 当時の年齢は、二十代後半ぐらいだった。

 自分と同年代でありながら、まさしく時代遅れの闘士だった。社長どころか、真っ当な企業に就職することなど想像もできない。反国家、反資本主義を強くかかげていた。

 パソコンや携帯電話を使っていたのも見たことがない。

『調べておきましょうか、その会社も?』

「お願いできますか?」

『まかせてください』



 三日後。川崎と会社の概要、およびその他の人間の調査結果をたずさえて、長山が事務所にやって来た。

 川崎以外の人間に、水谷健三との関係を示すような過去はなかった。みな、現在は健全な会社員だった。予想していたとおりだ。当時から、労組の幹部や運動に熱心なだけで、公安に監視されるような問題はだれももっていなかったのだから。

「で、川崎のほうなんですが」

 次いで長山は、川崎のことを語りはじめた。

 川崎が会社を起業したのは、九年前。社名は、『グローバルレッド』。社員二十名と小規模だが、六本木ヒルズに社屋をかまえる。

「九年前ですか……」

 ということは、あの事件──眼を潰されたのと同時期だ。

 あれから、川崎になにがあった?

「川崎が所属していた左翼系のグループは、解散になったようです。知っていましたか?」

「いいえ」

 世良は、表面上は淡々と答えた。内心は、あまり穏やかではなかった。自身の問題で、あの組織のことまで気にしてはいられなかったのだが、心のどこかで引っかかっていた。

 潜入先が、自分がいなくなったのと同時に壊滅していたというのか……。

 代表者が《U》によって殺されたのだから、組織としての求心力が落ちたのは納得できる。

 が、少しタイミングがよすぎないか?

「川崎の会社に訪問できませんか? 社の人間に話を聞きたい」

「それは難しいです。捜査一課への手前……世良さんも、よくご存じでしょう?」

 殺人事件の渦中にあるのだから、彼らがいい顔をするわけはない。こちらも未解決の誘拐事件だが、おきてから数日の事件とくらべると、どちらが優先されるかは考慮するまでもなかった。しかも川崎が誘拐事件に関係している可能性は、いまのところ低いのだ。

「長山さんを通さなければ、かまいませんよね?」

「そ、それは……」

 困ったような、迷っているような声。

 前者が黄色がかった桃色──鴇色で、後者が濃い緑──ビリジアン。

「話を聞けそうな人物を教えてください」

 しばらく、返事はなかった。

「……わかりました。こっちのほうで根回しはしておきます」


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