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遠い声  作者: てんの翔
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       6.火曜日午後5時


 その日は、学校もバイトも休んだ。

 とてもではないが、外出できる精神状態ではなかった。テレビもつけていないから、あれからどうなったのかもわからない。

 墓地にも、人の行き来はあるだろう。たまたまお墓参りに訪れる人がいなかったとしても、管理している係がいるはずだ。オタクの遺体は、もうみつかっているにちがいない。日本の警察は優秀だから、ものの数時間で身元もわかるだろう。

 すると、このアパートにも捜査に来るのだろうか……。だとしたら、どうしよう。目撃したことを正直に言おうか。しかし、こんなことに関わってしまったら、あの殺人者に、今度は自分が狙われるかもしれない。

 そうだ、そうにきまってる!

 麻衣は、いまだに布団のなかから出られなかった。

 眠りはしたが、何回かウトウトしただけで眼が覚めてしまった。深い睡眠に落ちたら最後、あの殺人者によって葬られてしまう──そんな確信にも似た恐怖が、内臓をしめつける。

 いったい、あれはなんだったのだろう!?

『それが残っていた骨か』

 正確ではないかもしれないが、何者かの声は、そう言っていた。

 少女の骨?

 なんのことだろう……。

 オタクが、あのお墓に隠した?

 だが、お墓に骨があるのは、あたりまえではないか。

 オタクが隠した……少女の骨を。

 なんのために?

 麻衣の脳裏に、猛々しい好奇心がわきたちはじめていた。いますぐこの布団から出て、テレビをつけるんだ。そして、事件の内容を把握すべきなんだ!

 気になる……気になる……。

 意を決して、上半身を起こした。

 手を伸ばして、リモコンを取る。

 つけようとした。

〈トントン〉

 ノックの音に、ビクリとした。

 トントン、トントン。乾いた響きが、不安を誘う。

 時刻を確認した。夕方五時に、わずかたりない。

 トントン、トントン。九月の長雨のように、ノックはやまない。

「ど、どちらさまですか?」

 ドアに向かって、そう声をかけた。狭い部屋だから、充分、聞こえるはずだ。

「すみません。となりに住んでいる方について、おたずねしたいことがあるんですが」

 穏やかな男性の声が、それに応えた。

 となり……どっちのことだろうか?

 きまってる。あのオタクだ。殺されたのが発覚し、警察がやって来たのだ。

 一瞬、迷ったが、麻衣は玄関へ急いだ。

 ドアを開ける。

 いままで布団のなかで隠れていたからなのか、外のざわつきが、まったく聞こえていなかったことを知った。騒がしさが、部屋にドッと侵入してきた。アパートの壁は薄いから、本来なら耳にさわったはずなのに。

 それだけ、自分の殻に閉じこもってしまっていたのだろう。

「どうも、こういうものです」

 玄関前に立った男はそうことわって、警察手帳を開いた。記章と身分証が眼に飛び込んできた。

 ドラマのままだ、と思った。

「な、なにかあったんですか!?」

 少し顔を出して、周囲をうかがった。オタクの部屋の扉が開けられ、何人もの捜査員が行き来している。赤色灯の明滅が、瞳を射抜く。アパートの前には、かなりの数のパトカーが停まっていた。

「となりにお住まいの土田さんについてなんですが──」

 まるで、自分が疑われているようだ──麻衣は、そう感じた。眼前の刑事が、些細な表情の変化を読み解こうとしているかのように凝視している。

 生きた心地がしなかった。

(わ、わたしが殺したんじゃない……)

 言い聞かせた。やったのは、あの殺人者なのだ。なのに、どうしてわたしが疑われなきゃいけないの!?

「どうかされましたか?」

「あ、い、いえ……なんでもありません」

 心臓の鼓動が、相手に伝わりそうだった。

「土田さん、普段はどんな様子でしたか?」

「ど、どうって……どうかしたんですか!?」

 独り暮らしの女性には心配なことでしょうけど……そう前置きをして、刑事は続けた。

「死亡しているのが発見されたんです。ここからそれほど遠くない墓地なんですが」

「ほ、ほとんど会ったことないので……」

「そうですか。人の出入りとかも、わからないですかね?」

「わかりません……た、たぶん、だれも来たことないと思います」

 どれだけ役に立っているのか……刑事は、麻衣の言葉をメモしていく。

「は、犯人は……まだ捕まってないんですよね?」

 たまらずに、麻衣はそう訊いてしまった。

 刑事の顔色が変わった。

「え、ええ。そうですが……どうして殺人事件だと思ったのですか?」

 刑事が『殺人』という言葉をそれまで使っていなかったことが、それでわかった。

 しまった、と胸がはじけた。

「あ、いえ……、こんな大騒ぎしてるし、なんとなく……」

 全身から汗が噴き出すのを自覚した。

「なにか、心当たりがあるんですか?」

「い、いえ、まったくありません! あ、あの……これから出かけなくちゃならないので!」

 そうたたみかけると、麻衣は強引に会話を打ち切った。刑事が礼を言ったのも、あまり耳に入っていなかった。

 ドアを閉めると、再び布団のなかへ引きこもった。

 疑われてしまっただろうか!?

 わからない……ただの、おかしな女だと思ってくれれば幸いだ。

 麻衣は、まるで犯罪者のように追い詰められていく心理に襲われていた。

 殺したのは、わたしじゃないのに……。

 それとも、あの殺人者について言わなかったということは、自分も共犯者になってしまったのだろうか!?

 考えれば考えるほど、深みにはまっていく。

〈トントン〉

 ノックの音に、またドキリとさせられた。

 なんだろう!? まだ用があるのだろうか……。

「ど、どちらさま……ですか?」

「あ、いまのものです」

 同じ刑事のようだった。

(やっぱり疑われたんだ!)

 絶望が、頭のなかを駆けめぐっていく。

 出ようか……それとも窓から逃げようか。

 それをとどめたのは、殺したのは自分ではない、という事実だった。

(そ、そうよ……わたしじゃないんだから)

 ドアを開けようとして、思い至った。

 刑事には、これから出かける、と言っていたんだった。

 せめて、支度しているふうをよそおわなくては。

「あ、ちょっと待っててください!」

 とりあえず上着を羽織って、それらしさを演じた。

「お忙しいところ、すみません」

 ドアを開けたら、刑事が恐縮したようにしていた。疑われたわけではないのだろうか?

「こ、今度はなんでしょう……?」

「一つだけ、お願いします。こっちの部屋の方は、どういった人物なんですか?」

 派遣(勝手な予想)の男の部屋へ、刑事は視線をめぐらせる。

「鈴木さんですか? ごめんなさい、それもよくわかりません」

「いまはいないようですが、お仕事ですかね?」

「それもわかりません。ちゃんとした定職にはついてないと思います」

 話題が派遣男のことになったからか、それまでよりも落ち着いて対応できた。

「出ていく時間もまちまちですし」

「そうなんですか」

 メモ帳に書き込むと、刑事は、ありがとうございました、と言って頭をさげた。

 平常心のときに会えば、とても丁寧で、好印象を抱く刑事なのだろう。が、いまの麻衣には、そういう部分ですら、うがった捉え方をしてしまう。心のなかでは、こちらの一挙手一投足を監視しているのではないか……。

 いまの刑事が、まだ捜査でこのアパート周辺にいるのならば、どこかへ外出しなければならない。このまま部屋に引きこもりつづけたら、次こそは確実に疑われてしまう。

 麻衣は、本当の身支度をはじめた。


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