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遠い声  作者: てんの翔
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       49.20日午後4時


「生きているのか?」

 緊張感をもって、世良は訊いた。

 現在においても、裏から国を牛耳っているという浅田光次郎が撃たれた。しかも、自分の息子である光二によって。

「息はある」

《かかし》は、そういう答え方をした。それだけで、浅田光次郎のおかれている状況がよくわかった。

「どこで撃たれたんだ?」

「屋敷を出たところだ」

「音は聞こえなかった」

「いくらあなたでも無理だ。消音効果のある拳銃が使用された。それに、庭の竹林が音を掻き消す効果もあるようだ」

「いまは、どこにいるんだ?」

「病院に運ばれた。もちろん、表沙汰にならない病院だ」

 つまりは、息のかかった、という意味だろう。

「助かりそうなんですか?」

 見学を終えた長山と麻衣も、話を聞いていた。

 長山の質問には、《かかし》は無言だった。

「浅田光二は?」

「逃げたよ」

「どうするつもりなんだ?」

「それなんだが……」

《かかし》は、意味深な溜めをつくった。

「浅田光次郎から、最後の依頼を受けた」

 撃たれた直後には、まだ意識があったということなのだろう。

「息子を止めてくれ──そう頼まれた」

《かかし》がなにを言わんとしているのか、世良にはわからなかった。

「どういうふうに止めるべきなのか……殺すか、説得するか」

「おれたちに、それを決めろと?」

 まさか、そんなことではないだろうと思いながらも、世良は言った。

「いやいや、そうではない。殺すにしても、わしの仕事ではないし……説得というのも、得意分野ではない」

「では?」

「殺すべきならば、あの男にまかせようと思う。説得するのなら、あなたたちに任せようと」

「ヤツに殺しを依頼するのか?」

「餅は餅屋に」

「それは聞き捨てなりませんな」

 長山が口を挟んだ。現職の警察官ならば、当然の反応だ。

「でしたら、説得をお願いします」

 説得……世良は、想像がつかなかった。

 いったい、なにを説得するというのか。父親を撃ったことを反省しろとでも言うのか……警察に自首しろと唱えるのか……。

 そのどちらも、浅田光二という人物に対しては、笑い話にしかならないと感じた。

「なんにしろ、浅田光二がどこへ行ったのかをつきとめなければなりません」

 長山の言うとおりだった。

「おそらくですが、あの男が尾行しているはずです」

「あの男……? まさか、《U》!? ここに来たんですか」

「気配だけは」

 世良は、考え込んだ。いまやるべき優先事項は、水谷雫の行方をさがすことだ。一連の事件に浅田光二が関係していることは、すでに明白となっている。が、だからといって、それは世良のやるべきことではない。やるにしても、水谷雫を救出してからのことだ。

「……浅田光二は、このあとなにをするつもりなのでしょうか?」

 長山の疑問は、とても素朴に聞こえた。

「父親を殺して、そのあとになにが残りますか?」

 まだ死んでいないが、長山はそう続けた。

「わしは、行動分析も専門ではないのでね」

《かかし》の声音からは、その言葉が偽りだと推測できた。世良の思いに気づいたのか、《かかし》が冷静に分析をはじめた。

「破壊と殺戮……すべてを無かったことにするつもりでしょうな」

 世良も同感だった。

「どういうことですか?」

「関係者を隠滅していくということです」

 長山の質問に、世良が答えた。

 浅田光二が関わった人間を、自身で抹殺していく。

 これまでにも、川崎たち数人を《U》を使って消しているが、これからさらなる粛清がはじまるということだ。

 たとえば、経営コンサルタントの佐賀武。

 水谷健三。

 これまでの件に手駒として使った、公安部員。

 殺しを依頼した《U》も。

 それを仲介した《店員》という人物も。

 そして、水谷雫すらも……。

「どうですか? やる気になっていただけましたか?」

 世良は、返事ができなかった。

 それを《かかし》は、了承と受け取ったようだ。

「では、お願いします。あなたがたが金で動くような人間でないことはわきまえています。しかし、こちらにはこちらの流儀がある。わしは依頼主から莫大な報酬をもらっている。そのなかから謝礼をお支払いします」

「それにはおよばない。こっちにも流儀ってものがある」

 世良は、強く主張した。

「ですが、あなたは探偵だ。そちらの公務員の方とは立場がちがうでしょう? 報酬を受け取ってこその探偵だ」

「……」

 応対に窮していると、長山が助け船を出してくれた。それとも、単純に疑問を口にしただけなのだろうか。

「われわれが、あなたの依頼を受けるといっても、あの殺し屋が、浅田光二の居所を教えてくれますか? わざわざ連絡してくるとも思えない」

「その心配はありませんよ。あなたがた……このわしもふくめてですが、すべてのことはめぐっています。あの男が動いているということは、べつの何者かも動いている。まわりまわって、もどってくるのです」

 なにを意味しているのだろう?

 まるで計ったように、世良の携帯が音をたてた。もしや、と思ったが、相手は知らない声だった。

『世良王海さんだね?』

「だれだ?」

『そろそろ終わりにしようじゃないか』

 予感があった。

「あんたが、《店員》か?」

『最近では、そう呼ばれることが多いようだな』

「それとも、上杉と呼ぼうか?」

 広陣という会社で暗躍していた人間の名前だった。

『その名で呼ばれたのは久しぶりだ』

 やはりそうだった。

「用件は?」

 緊迫感をともなって、訊いた。

『あなたなら、もう真相に行き着いただろう?』

 世良の返事を待たずに、《店員》は言葉を継いだ。

『あなたの眼が潰れたのも、言ってみれば、私のせいだよ。みなが《U》と呼ぶ男に、山本義彦の殺害を依頼したのは、私なんだからね。まあ、正確には、浅田光二の意向に従ったのだが』

「……」

『あの事件で、あなたは視力を失ってしまった。だから本当の復讐相手は、やつではなく、私だということになる』

《店員》の口ぶりは、まるで自身へ興味を惹かせようとしているかのようだった。

『浅田光二のことは知っているね? じつは私も困っているんだ。まさか、あんな真似をしようなどとは』

「おまえも見ていたのか?」

『いや。本人から電話で聞いたんだ。父親をこれから撃つとね』

「本当に撃ったことを、どうやって知った?」

『勘だよ、勘』

「それで?」

『こちらに、あなたたちの求めているものがあることは察しがついているだろう?』

 求めているもの──少女を……水谷雫のことを「モノ」あつかいしていることに、とてつもなく怒りがわいた。

『で、そこで相談なんだが、私は二人から命を狙われることになってしまった。さきほどの電話の様子で、彼が私も殺そうとしていることがわかってしまったのだ。もちろん、言葉に出していたわけではないがね』

 彼……とは、浅田光二のことでまちがいなさそうだ。《かかし》の考えは当たっていた。

 もう一人のほうは、《U》のことだろう。

「自業自得だ」

『一方は、私のほうから殺すこともできる。とはいえ、権力者の息子だ。もし父親が死ねば、彼が取って代わることになるかもしれない。私としては彼に殺されるのも御免だし、殺すことにもメリットを見出せない。権力者とは仲良くしたいからね。最高のシナリオは、こうだ。あなたたちが、浅田光二を止める。正気にもどして、権力の道に引き戻してもらいたい』

「なに調子のいいことを言ってるんだ!? 浅田親子を天秤にかけた、おまえが元凶だ! おまえのそのコウモリぶりで、どれだけ混乱をまねいたかわかってるのか!?」

『それは心外だな。そういうものだろう? 裏の世界で生きている人間の性なんて。あなたの友人も、結局はそうさ』

「友人?」

『やつだよ』

 世良は、意外すぎる言葉に絶句した。

 この男の言う「やつ」とは、《U》のことにほかならない。

「友人は、おまえのほうだろう!?」

 相手の真意を知りたいがために、なんとかその問いをしぼり出した。

『いいや、よく似ているんだよ、あなたとやつは』

「バカなことをほざくな」

『ふふふ、まあ、その論議は会ったときにしようじゃないか』

「おまえは、どこにいる!?」

『おや、聞こえないかね?』

《店員》は、含みをもたせて、そう言った。

 電話の向こうから、だれかの話し声がしていた。とてもかすかで言葉までは聞き取れない。

『わからないかね?』

 だれかの声。聞いたことがある。

 よく知っている声……。

『すぐにでも、ここへ来たくなったろ? ここへもうじき、浅田光二も到着する。あなたたちに、うまくやってもらいたい。私のためだけじゃない。あなたたちにも利益はあるはずだ。未解決の誘拐事件を終わらせることができるのだから』

 この男は、今度は自分たちを天秤にかけようとしているのだ──世良は、率直に思った。

『これは未確認の予想にすぎないが、やつも浅田光二とともにやって来るかもしれない』

《かかし》の証言と合わせても、その推測は確度が高そうだった。

『やつとも決着をつけることができるかもしれませんよ』

「……」

『では、お待ちしています』

 一方的にかかってきて、一方的に切られていた。

「わしの言う意味がわかったでしょう?」

《かかし》の声が、冷たく響いた。

 すべてのことはめぐっている──。

 世良は、手にしたままの携帯を操作した。ある人物にかけた。出ない。

「王海さん?」

 いつのまにか、峰岸もいたようだ。

「さゆり……出ろ」

 再びかけても、応答はない。

「あ、王海さん、さゆりさんからメールが来ています。昨夜ですね……全然チェックしてなかったから」

 電話で伝えるほどでもないことは、峰岸の携帯にメールを入れておくことが多かった。

「なんて書いてある!?」

「今日のこと……ですね。イベントがあるみたいです」

「どんな!?」

「どうしたんですか、王海さん!?」

「さゆりのいる場所に、《店員》がいる……」

 一同の息を呑む音が聞こえた。

「秋葉原のイベントスペースです。外国人向けのアニメイベントみたいですね」

 さゆりは、かつて『夢見まりも』という名前で、声優アイドルをやっていた。そのころを世良は知らないが、それなりの人気だったことは伝え聞いている。現在は、ほんどの仕事を本名の『人見さゆり』で活動しているようだ。

 そういえば、日本では、もうそのような活動で注目されることはないが、海外では当時のアニメが普通に放送されていて、むしろ夢見まりも名義のほうが有名なのだと、峰岸が口にしていたことを思い出した。

 なるほど、さきほど電話で聞こえた声は、会場から漏れ出た音なのだ。だから、ほんのわずかしか耳にできなかった。ということは、《店員》は会場のすぐ外にいる。

「そこへ行く!」

 だれからも異論は出なかった。

 急がなければ!

《店員》という男は、とても狡猾で、なにを仕掛けようとしているのか底が知れない。


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