表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遠い声  作者: てんの翔
33/50

34

       34.日曜日午後1時


 市内中心部のホテルに、刑事らしき男は入っていった。

 おれは車のなかに彼女を待たせて、自らも入り込んだ。ロビーに置かれたソファに腰を沈めた。新聞を手に取り、眼を通すふりをする。

 刑事らしき男は、フロントとなにやら会話をしていた。聞き込みのたぐいなのか、たんに部屋をとっているだけなのか。

 日曜日の昼間、ホテル内は意外にも閑散としていた。観光客とビジネスマンの双方をターゲットにしたようなホテルだが、仕事で訪れる人間がいないと、どこかさびしげだ。

 どうやら刑事らしき男は、部屋をとったようだ。キーを受け取ると、エレベーターに向かった。

 おれは立ち上がった。

 エレベーターが開く。刑事のあとについて乗り込んだ。

 瞬時に監視カメラを察知し、そちらに顔を見せないような位置をとった。気配は開放している。姿をとらえられない自信はあったが、彼女のように特殊な能力をもっているかもしれない。その場合、普通にしていたほうが利口だ。おそらく昨日までなら、新宿のホテルのように、気配は殺したままにしていただろう。

 当然、刑事に顔を覚えられないように細心の注意をはらった。

(……!)

 刑事が、こちらに注目していた。

 気づいている……!?

 エレベーターは上昇を続ける。

 空気が重く、刺々しい。

 おれは、いつでも「殺せる」準備にとりかかった。

 武器は所持していない。

 いらない。そんなものは。

 素手でもいいし、たとえば相手がペンのようなものを持っていれば、それを奪うだけでいい。ついこのあいだも使った手だが、どんなに小さくて細いものでも、急所を射抜ける。

 刑事が少しでも動きをみせれば、殺す。

 とある刑事を、とある方法で──。

「あんたの顔は見ない」

 突然、刑事は口を開いた。

「声も聞かない。だから、しゃべらなくていい」

 どうすべきか、おれは迷った。

 こちらの正体に気づいている。しかし、敵意は感じない。

「あんたのことは、世良から聞いている。悪人しか殺さない、と。新宿のホテルでも、同じ手でエレベーターに乗っているな。監視カメラの映像で、あんたの動きは確認されている。もし、おれの勘違いで、あんたがただの一般人なら、聞き流してくれていい」

 この刑事は、なにを伝えようというのだろう。世良……あの盲目の探偵の知り合いということか。

 むかしの同僚だろうか? だとすれば、《おおやけ》?

 おれの迷いは、より一層、深いものとなった。

「おれは、公安じゃない。捜一だ」

 見透かしたように、刑事は言った。

「彼女は無事なのか? 無事だったら、音を出してくれ」

 おれは、背を預けているエレベーターの側面を指で叩いた。

「おれの目的は彼女の保護だが、どうやら世良は、ここにきて考え方を変えているようだ。あんたといっしょにいるほうが、安全かもしれないと」

「……」

「はっきりそう言ったわけじゃないが、あいつならそう考えるだろう」

 目的の階についた。

 人の姿は見当たらない。乗ってくる者はいないようだ。

 刑事が『開』のボタンを押した。その指が離れない。

 殺し屋かもしれない男と、しばらく会話を続けるという意思だ。

 おれは、刑事の勇気に報いることにした。

「あの探偵は……なにを追ってる?」

「……」

 おれから語りかけたことで、刑事は面食らったようだ。

「安心しろ。おれの声を聞いたからといって、殺したり、耳を潰したりはしない。それに、声音は変えている。またどこかでおれの声を聞いたとしても、おまえでは聞き分けられない。それができるのは、あのモンスターぐらいなものだ」

「世良のことか?」

「それ以外、だれがいる?」

 刑事が、笑ったような気がした。

「なにがおかしい?」

「怪物のようなあんたが、世良を怪物呼ばわりしていることに驚いたのさ」

「似た者同士、ってことのようだ」

「だが、もう一人の怪物をつくったのは、まぎれもなくあんただ。世良の執念は凄まじいぜ。必ず、あんたを追い詰めるだろう」

 このシチュエーションで、こちらを挑発するとは……おれは、この刑事に対して、素直に感嘆した。

「いずれ、決着をつけるときもくるだろう」

 静かにそう答えてやった。

 そして、話をもどした。

「あの探偵は、なんの事件を追っている? 直接、おれを追っていたわけではないだろう? なにをさぐって、おれまで行き着いたんだ?」

「六年前の誘拐事件だ。あんたは、それに関係しているのか?」

「誘拐? 身に覚えはない」

 それは、真実だった。

「被害者の名は?」

「水谷雫。当時、五歳だった」

「親の名は?」

「その事件を担当したことはないから、うる覚えだが……たしか、水谷健三だったと思う」

 聞き覚えはなかった。

「知らない名前だ」

「そうか。だが、どこかで続いているのかもしれんな……」

 刑事の言う意味が、最初わからなかった。

「世良の事件と、あんたが利根麻衣さんを誘拐……いや、保護としておこうか。彼女と行動をともにしていることがだよ」

 おもしろいことを考える男だと思った。

「おまえの名は?」

「桐野だ」

「捜査一課と言ったな?」

「ああ」

「今度、おまえに手柄をたてさせてやる」

「……」

「その指を、ゆっくりはなせ」

 桐野と名乗った刑事は、指をボタンからはずした。

「降りろ」

 一歩前に進み、桐野がエレベーターの外へ出た。

「こちらを見なければ、おまえが死ぬことはない。聞きたがってるようだから、言ってやる──おれは、悪人しか殺さない」

 桐野の背中に、声を投げかけた。

 すぐにエレベーターの扉が閉まった。


        * * *


 だいぶ、時間が経っていた。

 実家をたずねていた車の主を追って、ユウは眼の前のホテルへ入っていった。すぐもどると告げられたのだが、その言葉は守られていない。不安が膨らんでいく。

 ホテルに面した道路に停車していた。交通量は多い。歩道の流れも尽きることはなかった。

 そんな周囲の状況に、麻衣はおびえていた。命を狙われているというのに、こんなところで置き去りにされるなんて。

 助手席で丸くなるように頭を隠しているしかなかった。

 さらに時間は進んでゆき、ようやくユウがもどってきた。運転席側の窓をノックしている。車のキーは挿したままにしてあるし、ドアロックは麻衣がかけていた。

「なにしてたんですか!? わたしをこんなところで一人にして!」

 ロックを解除して、ユウが入ってきたと同時に、麻衣は抗議の声をあげていた。

「これだけ人がまわりにいれば、そう簡単に危害は加えられない。言っといただろ、だれが来てもドアだけは開けるなと」

「……それにしたって!」

 もっと文句を言ってやりたかったが、これ以上のやりとりは不毛な争いにしかならないと思った。

「で、なにをしてたんですか?」

「会ってきた」

「だ、大丈夫だったんですか?」

 まさか、さっきの男を殺してきたのだろうか……。

「……やっちゃったんですか?」

 ユウが眼を細めて、こちらを見ていた。

「物騒なことを言うな」

「だって……」

 殺し屋に物騒なことはつきもののはずだ。ここ数日で、それをイヤというほど思い知らされている。

「ただ話しただけだ」

「だれだったんですか?」

「警察官だった。あの盲目探偵の知り合いらしい」

 それを聞いて、複雑な気持ちになった。

「どうした? 助けを求めたくなったか?」

 警察が信じられるものだとしたら、殺し屋と行動をともにするよりは安全なのではないか。盲目の探偵──世良の知り合いということは、まともな刑事であるはずだ。

「残念だが、いまはあきらめてくれ。こっちの用事がすんだら、かまわないがな」

「わたしが逃げたら……どうしますか?」

「つれもどす」

 淡々とユウは答えた。

 脅しや誇張はふくまれていない。

 この男なら、食事の支度をするように、やってのけるだろう。

「じゃあ、はやいとこ、すましちゃいましょうよ!」

「きみが思い出せないんだろう」

 イライラをぶつけたつもりが、ユウの返答で、さらに苛立ちが増した。

「ちっちゃいころのことなんですから、仕方ないでしょう!? とにかく、アルバムが見たいです! 実家にもどってください」

「それはダメだ。きみの家は、《かかし》に張り込まれてる」

「なんとかしてください! 有名な殺し屋なんでしょう!?」

 ユウが、ため息をついた。

「そうだな、ここでこうしていても埒が明かない。どうにかするか……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ