表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遠い声  作者: てんの翔
28/50

29

       29.19日午前1時


 初めて入る彼女の部屋は、なぜだか懐かしい雰囲気がした。

 そして、年甲斐もなく緊張している自分を意識して、世良は深呼吸を繰り返す。

「どうしたんですか?」

「いや」

 なにも答えたくなかった。

 彼女も……人見さゆりも、それを察してくれたようだ。質問をかえてくれた。

「事務所でなにがあったんですか?」

「だれかが侵入してきた」

 あまり物騒な話は聞かせたくなかったのだが、巻き込んでしまった以上、話さざるをえない。

「なにかされたんですか!?」

「鉛の弾をぶち込まれそうになった」

 軽口のように聞こえたのか、彼女の機嫌が途端に悪くなったのが気配でわかった。

「大変なことじゃないですか! 警察へは通報しないんですか!?」

「警察も、あまり信用できないんだ」

 彼女も、世良の過去は知っている。公安部にいたということも。詳しい任務のことまでは話していないが、一般的な公安部の知識なら心得ているだろう。

 小説や映画のなかに出てくる公安は、悪の権化として描かれることのほうが多い。

「それじゃあ、どうにもできないんですか!?」

「安心してくれ。おれは、簡単には殺されない」

「どうして、そんなことが言い切れるんですか!?」

「おれには、やるべきことが残ってる。それを遂げないかぎり、死ぬことはない」

 強がりではなかった。心の底から、そう思っている。

「やるべきこと?」

「ある人間と決着をつけるまでは……」

 その男と、再びあいまみえたことを、彼女は知らない。

 世良の眼が、何者かによって潰されたことは知っている。その人物が、どういうたぐいの世界にいるのかも、おおよそ見当はついているだろう。

 だが……。

《U》という男のことを、彼女はどう思うだろう?

 悪人しか殺さない男。

 いまは、女子大生の利根麻衣と行動をともにしているはずだ。公安から命を狙われているとしたら、むしろヤツといっしょのほうが安全なのかもしれない。なんと矛盾している考えなのだろう。

 まるで、殺し屋ではないようだ。

 たとえヤツが、さゆりの存在を調べあげていたとしても、ヤツは彼女を狙ったりはしない。世良のウィークポイントをついてくるような卑怯な真似はしないはずだ。

 いや、できない。

 それが、《U》という人物の本質であることを世良はつきとめていた。

「これから……どうするんですか?」

 考えてはいなかった。まだ頭の整理ができていない。

 今夜は、ここに泊まるとして、明日からどう行動すべきか……。

 自分が狙われたということは、さゆりをはじめとして、峰岸や長山にも危険が迫るかもしれない。

《U》による襲撃は、先に述べたように想定しなくてもいい。だが、さきほどの連中が仕掛けてくることは予想しておくべきだ。

 警察官である長山は、自力でどうにかできるだろう。が、峰岸やさゆりでは、そうはいかない。

 峰岸には、ここへ来る途中、さゆりの携帯で連絡がとれている。戸締りを厳重にしておくようにと念を押しておいた。

 とはいえ、このまま守りに徹していてもダメだ。

 平常の時は、なにもしないままではもどってこない。こちらから打って出ることも必要だ。

 なぜ、自分は狙われた?

「世良さん?」

「大丈夫だ。明日になれば、最善の策がみつかるはずだ」

 なんの根拠もなく、世良は応じた。

「なにか食べますか?」

「いや……いらない」

「飲み物は?」

「いや」

「また腹が立ってきました」

 彼女の声は、憮然としていた。

「どうして?」

「そうやって遠慮するところ」

「……やっぱり、なにかもらう」

「なにがいいですか?」

「お茶でもいいし、水でもいい」

「一番、欲しいものを言ってください」

「きみが欲しい」

 口に出してから、大きく後悔した。

 恥ずかしさのあまり、顔からマグマが噴き出しそうだった。

 どう考えても、大人の発言ではない。そういうことが似合う軽いキャラクターならば、どれだけよかっただろうか。

 今夜は、どうかしている。

 彼女から、笑い声はもれていない。

 それが逆に緊張を生んだ。

 唇に感触があったのは、それからすぐのことだ。

「いいですよ」

 静かに落ち着いて、彼女は言った。

 世良は、強く抱きしめていた。



 ベッドのなかで、彼女から部屋の間取りを教えてもらった。

 玄関を入ってキッチンがあり、リビング、その奥に寝室がある。一般的な間取りで、頭に留めておくべき特徴はない。

「今日は、仕事?」

 熱い時間は、瞬く間に朝を呼んだ。

「はい。十時半からです」

「眠らなくて、大丈夫?」

「心配しないでください」

「いまは?」

「六時ちょっとまえですね」

「だったら、少しでも眠ってくれ」

「だから、平気ですって」

「そういうわけにはいかない。おれのせいで、仕事に支障が出てしまったら……」

「気にしないでください。世良さんのほうこそ、これからどうするか決まりましたか?」

「ああ……、ぐだぐだ考えるのはやめることにした。本来の捜査にもどる」

「でも、危険じゃないですか?」

「それこそ、敵の思うつぼだ。おれの妨害をするということは、おれが居てもらいたくないところに入り込んだということなんだ。おれの進んでいる道は、まちがっていない」

「……」

「どうした? なにか言ってくれ」

「すごいですね。その眼には、ちゃんと一本の道が見えているんですね。それを迷わず突き進んでいる」

「迷ってばかりだよ」

「いえ、眼が見えないからこそ……光の無い世界にいるからこそ、あなたは恐れることなく進んでいける。その道は、まちがっていません」

 砂嵐に消えた道標をみつけたようだった。

 彼女の言葉に、かえようのない勇気をもらえたような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ