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遠い声  作者: てんの翔
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21

       21.18日午後3時


 ホテルへ向かう車のなかで、銃声を聞いた。

「どうしました、王海(おうみさん?」

 坂本との面会を終え、峰岸に迎えにきてもらったのだ。ファミレスで食事をすませ、そこでしばらく考え事をしていた。三時を過ぎたところで、利根麻衣のいるホテルへ行くためにファミレスを出た。いっしょにいるのは危険とわかっていても、心配な気持ちは抑えられなかった。

 車に乗って、十分も経っていない。同じ新宿だから、すぐにでも到着するはずだ。

 運転席にいる峰岸が、おそらくルームミラーで様子を知ったのだろう。世良は耳を澄まして集中していた。

「ホテルまでは?」

「もうつきます。あと、二十メートルぐらいですよ」

 車は、動いていない。赤信号なのか、渋滞で進まないのか。さきほどから少し動いては似たような状態が続いているから、渋滞になっているようだ。

「左車線にいる?」

「そうですけど……」

「ここでいい」

 世良は、ドアを開けた。

「王海さん!?」

 峰岸の制止を振り切り、車外に飛び出した。

 エンジン音が疾走してくる。瞬間的に、世良は足を踏みとどめた。

 顔の前を、風圧が通り過ぎる。車とガードレールのあいだを、バイクがすり抜けたのだ。

 安全を耳で確認すると、世良は歩道へ向かった。手がガードレールに触れる。それを跨いだ。

 足音、足音、足音。

 急いでいる者もいれば、ゆっくりと歩く通行人も。

 世良は、集中力をさらに高めた。

 足音を一つ一つ聞き分けていけば、必ず道はひらける。

 二十メートル。普通、そう表現する場合、かなり適当に目算していることのほうが多いはずだ。だが、峰岸はちがう。眼の見えない世良に、できるだけ正確な情報をあたえようとしてくれる。

 ホテルまで、駆けるように歩いていく。

 身体が、風を感じた。

 わずかの時間でホテルまで到着していた。

 自動ドアの開閉音で、そこがホテルの前だとわかったのだ。

 世良は、なかへ入った。一度来ているから玄関ロビーの位置関係は把握している。エレベーターへ急ぐ。

 彼女が宿泊している十階へ。このホテルは地下二階まであるはずだから、下から十二番目のボタンを押した。

 そのフロアに降りたとき、従業員らしき男が慌てて話している声がした。

 死んでる! だれか、だれか!

 それを聞きつけた何人かが駆けつけようとしていた。

 世良は、息をのんだ。

 心臓の鼓動が、外界の音を遮断する。

「死んでるのは、だれだ!?」

 苦痛を吐き出すように、世良は問いかけた。

「知らない……知らない……」

 従業員らしき男は動転していて、ホテルマンとしての対応を見失っていた。

「女性か!?」

「見てわからないのか!」

「おれには見えない! いいから答えろ! 女性なのか!?」

「ちがう……男だ……」

 公安の人間。瞬間的に思った。

 死者には残酷すぎるが、世良は内心、安堵した。だが、気は抜けない。部屋の扉に手をかけようとした。なにもなかった。ドアは開いている。

「部屋のなかは?」

「わ、わからない……」

 足がすくんで、従業員はこの場にへたり込んでいるようだ。

 そのとき、明確に意思をもった靴音が。

「どうしたんだ!?」

 昨日、耳にしている声だ。公安部員の一人だった。見張りを交代するためにやって来たのだろう。

 数秒後、公安の男が絶句していた。突然止まった呼吸でわかる。仲間の死に様を目の当たりにしたのだ。

「なかに入るぞ」

 世良は、公安に言った。

「待て! 応援を呼ぶ」

 無線で連絡をとりはじめた公安を無視して、世良はなかへ突入した。銃声を耳にしてからの時間を考慮すれば、すでに襲撃者は逃走しているはずだ。なかに危険が潜んでいる可能性は低い。それと同時に、絶望的な状況が待っている可能性は高い。

 念のため、慎重に進んでいく。

 人の気配はなかった。

 部屋の間取りは、頭に入っている。

 もうすぐ、窓際。

 足に、なにかが触れた。柔らかいもの。人間の身体だ。

 覚悟をもって、足元に手を伸ばした。

 自然に、ため息がもれた。

 手の感覚が、それを「男性」だと告げていた。

 顔。顎のラインに、うっすらと髭が生えている。

 着ているのは、スーツのようだ。

 公安の一人だろうか?

 見張りが殺されたことに気づいたこの人物が、部屋に入った。そして、犯人と鉢合わせになって襲撃された。

 違和感があった。

 男の手には革製の手袋がはめられていた。

 死因は……。

 男は、うつ伏せに倒れていた。背中を触ると、血液がびっしりと絡みついた。

「触るな!」

 ようやく入ってきた公安に、怒鳴られた。

「現場を荒らすな」

「どうせあんたらは、一般的な捜査はしないだろう?」

 世良は、果敢に言い返した。

 公安部が、指紋だの、足跡だの、刑事部のような検証はしないはずだ。

「背中を……」

 この男は、背後から撃たれている。

 部屋に何者かが侵入し、この男が助けに入ったのだとしたら、辻褄が合わない。

 部屋で犯人と対峙したのなら、胸を撃たれていないと……。

 いや。世良は、すぐに訂正した。部屋に侵入した犯人が身を隠していた場合、不意をつかれることもある。

「ほかに、だれかいるか?」

「いない。女の姿もない」

 すぐにトイレやバスルームを見回ったと思われる公安の男が、そう答えた。

 おかしい。

 もしや、と考えが浮かんだ。

「見張りは、拳銃を握っているか?」

「いや、握ってない」

「所持しているか、調べてくれ」

 軽い舌打ちのあと、公安の男の動く気配がした。

 一分ほど経って、

「拳銃がない。なくなってる」

 世良の推理は、こうだ。

 なかで倒れている男が、襲撃者なのだ。当然、狙っていたのは、この部屋にいた利根麻衣だ。

 見張りを殺して、部屋に侵入した。手袋をはめているのは、もちろん指紋を残さないためだ。手に凶器が握られていないから、素手で襲おうとしたのかもしれない。扼殺の場合、遺体に指紋が残ってしまう。ドアや壁についた指紋は簡単に拭き取れるが、人体ではそうはいかない。

「見張りの死因は?」

「よくはわかんらんが……出血はない。首の骨が折られているようだ」

 利根麻衣が襲われているところに、助けが入った。

 すでに死亡していたであろう見張りの所持していた拳銃を奪い、その何者かが襲撃者の背後から銃を放った。

 そして……。

 彼女を保護した……もしくは、さらっていった。

 世良は、倒れている男のスーツをまさぐった。床と男のあいだを指でさぐる。あるものを取り出した。むかしは自分も所持していたものだ。

 警察手帳。

 すると、この男は警察官。いや、手帳が本物だとはかぎらない。しかし、材質は本物のように感じる。

「この男に見覚えは?」

「……ない」

 返答に、微妙な間があいた。

 おそらく、知っている。知ってはいるが、経歴や名前まではわかっていないのではないか。世良はそう推測した。

 刑事部や生活安全部の人間が、ここに居合わせることはないだろう。すると、この男も公安部。が、利根麻衣の護衛についている部署ではない。おそらく普段、表に出ることのない部署だ。

 世良の脳裏に、坂本の顔が浮かんだ。彼のような一派にちがいない。

 この男は、利根麻衣を殺害するために、ここへ来た。

 それを何者かに阻止された。

 いま、利根麻衣はどこにいるのか?

 考えられることは──。

「《U》か?」

 知らず、世良はそうつぶやいていた。

「なんだって!?」

 公安が、その言葉を逃さなかった。

「どういうことだ? これをやったのは、ヤツなのか!?」

「……」

 世良は、返事をしなかった。いや、答えられなかった。

 ヤツも、彼女のことを狙っていたはずだ。むしろ彼女が死ぬことは、都合の良いことではないのか。

 もし世良の想像どおりだったとしたら、ヤツは、なぜ彼女を助けた?

 ヤツは、悪人しか殺さない。かといって、自ら手にかけるわけではないのだから、彼女の死を阻んだ動機にはならない。

 なぜだ?

 まさか正義のヒーローのように、弱きを助けた、ということなのか?

 そんな甘い考えをもつ殺し屋など存在しない。

 ……しないはずだ。


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