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遠い声  作者: てんの翔
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15

       15.17日午後2時


 都内にあるマンションの一室を、公安からあたえられた。

 こういうときのために、隠れ家として使用されているものだ。世良も現役時代、そのような場所があるという話だけは耳にしたことがあった。

 部屋には世良のほかに、峰岸と保護された女性──利根麻衣、そして公安の人間一名がいた。長山はいない。公安サイドが、刑事課署員をつれてくることに異議をとなえたのだ。この場所のことも、長山には知らされていないはずだ。

 部屋の間取りは、峰岸により入室時に教えられている。3LDKで、高級マンションというわけでもなく、外観も広さも庶民的だという。調度品のことまではわからないが、峰岸が言わないところをみると、別段かわったものはないのだろう。

 息づかいから、正面にいると思われる利根麻衣が、不安に耐えていることが伝わってくる。当初は、もう一人捜査員がいて、似顔絵を作成しようとしたのだが、彼女はムリだと主張した。

 知っている顔なのだが、細かいところまでは思い出せないと。

 世良にも、その理由がよくわかった。とりとめのない……悪く表現すれば、とても特徴のない顔なのだ。いや……というよりも、人の記憶に残らない顔──。

 世良は、思い浮かべた《U》の顔を脳裏からかき消した。

 どうせ、自分にはもう見えはしないのだ。

「本人を見たら、わかるんですよね?」

 公安の言葉に、彼女がうなずいた気配が届いた。実際にうなずいたかは、わからない。あえて確認しようとも思わなかった。

 それからしばらく、無言の時間が続いた。

「あ、あの……、世良さん?」

 それを嫌ったのか、彼女が声をあげた。

「どうしました?」

「まったく見えないんですか?」

「まったく見えません」

 答えたあと、世良は微かに笑った。

 彼女には、どう見えたのか。

「ぜんぜん、そんなふうには……」

 光栄なことなのかもしれないが、世良にとって、そういう反応は慣れている。笑顔をみせるということは、照れ隠しと同じなのだ。あまり、その話題で盛り上がりたくはなかった。

「ここまで来るときも、普通に歩いていたし……」

「麻衣さん、さきほどの話、いいかな?」

「はい?」

「となりの部屋の事件」

「ど、どうぞ……」

 世良は、彼女をさまたげて話を変えた。

 ここへの道中、車のなかで彼女が思い出したように語りだしたことがある。それが、アパートのとなりの住人が墓地で殺害された事件だった。殺害されたのは、土田太一。世良にも覚えのある事件であり、覚えのある名前だ。ここ連日、ニュースやワイドショーで耳にしていた。

 土田は、数年前におきた少女殺害事件の犯人だ。日本人なら、だれの記憶にも残るほど有名な事件。

 だが当時、名前は隠されていた。犯人Aという呼び方しかされていない。

 土田が殺されたことで、少女殺害の犯人だったことが明るみにされた。土田が犯行時、未成年だったならば、絶対に明かされることはなかったはずだ。が、土田は未成年ではなかった。むしろ、いままで名前が隠されていたこと自体が不可解なことなのだ。

 世良も、その憶測は知っている。

 なにか特別な力がはたらいて、名前が表に出ないのだと。

「土田太一のことは、知ってるね?」

「はい、となりに住んでた人。わたしの部屋の両どなりが、その人と鈴木さんです」

 つまり、土田太一と《U》の部屋に挟まれていることになる。

「そうじゃなくて、土田太一……」

 そこで世良は、彼女が肝心なことを知らない可能性にぶちあたった。

「麻衣さん、きみ、ニュースとかワイドショーとか、新聞とか見てないの?」

「はい……見てません」

「いつも見ないの?」

「いつもじゃありません……こわかったので……」

「怖い?」

「わたし、居たんです」

「どこに?」

「殺されたとき」

 最初、さきほどの堤殺害時の話かと考えた。しかし、それでは会話の筋がとおらない。

「まさか、土田太一の?」

 声はなかったが、麻衣がコクンとうなずいたような気がした。

「墓地にいたの?」

「そうです。夜道で土田さんを見かけて、なんとなく追いかけたんです」

 そして、殺害現場に──。

「瞬間を見た?」

「……はい」

「通報は、きみがしたんじゃないよね?」

 報道では、翌朝、墓の管理人が発見したことになっていた。

「とにかく、こわくって……部屋まで逃げました。わたしも、犯人に殺されちゃうんじゃないかって」

 なるほど、だから土田殺害の報道を眼にするのが恐ろしくなっていたのだ。

 彼女の住むアパートが、土田太一の住むアパートでもあった。今日の事件も、捜査を主導するのが捜査一課だったとしたら、彼女の告白を聞くまえに調べのついていたことだ。公安だからこそ、その事象が一致しなかった。

「その事件のことも、警察に話すべきだ」

 世良は、同席している公安部員に顔を向けた。位置はまちがっていないはずだが、無反応だった。

 それは、われわれの任務ではない──ということだ。

「せめて、捜査一課にとりついでください」

「……わかった。連絡だけはしておく」

 世良の攻めるような言葉に、公安が折れたようだ。

「犯人の顔は見た?」

「いいえ……顔は見えませんでした。声は聞きましたけど」

「どんな声だったの?」

 世良は、自分だったら、と思う。

 犯人の声を聞きさえずれば、それを忘れることはない。

「声……」

 恐怖を感じていたときに聞いたものなら、よくは覚えていないのかもしれない。

「なんて言ってたかは覚えてる?」

「……そこにあったのか」

 たどたどしく言葉をたどるように、麻衣はつぶやいた。

「……返してもらうぞ」

 そこになにかがあって、取り返しにきた、と解釈されるべきものだ。

「たしか、お墓は、被害者の母親のものだったんですよね」

 峰岸が言った。そう報道されていたのだろう。世良は耳にしていないから、新聞か週刊誌の記事なのかもしれない。この場合の『被害者』は、少女殺害の『加害者』である土田太一という意味になる。

「被害者は、母親の骨をどうにかしていたんじゃないか、って噂されてますね」

 ──そこにあったのか。

 それは、土田太一の母親の骨のことだろうか?

 いや、そうではないはずだ。

 骨は、墓にあるものだ。わざわざ探すまでもない。

 それに、返してもらうもなにも、母親のものなのだから、道理がとおっていない。

 考えられるとすれば……。

「なにかをそこに隠していた」

 世良は、記憶をめぐった。

 そういえば、土田太一が過去におこした少女殺害事件。心神喪失が認められ、彼は無罪となっている。その裁判で、みつかっていない少女の骨について、検察側から尋問があったことを思い出した。土田──犯人Aは、意味不明のことしか口にしなかったので、結局その在り処はわからずじまいだった。

 ……その骨か?

 何者かが、少女の骨を取り返し、土田に復讐した。

 少女の遺族だろうか……。いや、ちがう。同時に二つのことを達成するなど、素人の行為ではない。だが、遺族が関係していることは確かだろう。

 依頼したのだ。

 そして、その依頼をうけたのが……。

「犯人の声を思い出してくれ」

「は、はい……」

「《見えるのか》」

 世良は言った。

 麻衣の表情の変化は、無論わからない。が、世良の推測が当たっているとすれば、彼女も気づいたはずだ。

「あ、あ……」

 麻衣の声が、張りつめたまま出てこない。

「す、鈴木さん……」

《U》が、なぜ麻衣の住むアパートにいたのか……それは、ターゲットがそこにいたからにほかならない。

 ヤツは、土田太一を殺害するために、アパートに部屋を借りていた。

「どういうことだ、世良!?」

 公安が、鋭く問いを飛ばした。

「土田太一の殺害も、《U》の犯行だ。公安は、それを察知していたか?」

 公安部員は、なにも返さなかった。

 捜査一課は、どうだろうか?

 これまでに《U》が殺害したことになっている人数は、不明だ。どれがヤツの仕業なのかを断定できないし、また《U》の仕業とされている殺人のなかにも、そうでないものがふくまれているかもしれない。

 殺害方法は、いつもバラバラ。

 証拠も残さない。

《U》の殺しだと推測されている事件の共通項は、いまのところ一つしかない。

 大勢の人間がいるなかで、だれにも目撃されていない──。

 ただ二つの例外が、世良と麻衣ということになる。いや、ほかにいたとしても、その目撃者は殺されている。

 土田太一の殺害は、深夜の墓地だった。

 唯一の共通項の条件が適用されない。

 大勢の人間がいるなかで──この部分が、あてはまらないのだ。

 だから《U》の犯行だと結びつけられることがなかった。

「ヤツの犯行だとすれば、話はべつです。利根さん、土田太一の事件について、詳しく話を聞かせてください」

 公安部員の動作が慌ただしくなった。

 麻衣にそう告げると、携帯で方々へ連絡をとりはじめる。

「大丈夫?」

 世良は、麻衣にそんな言葉を投げかけた。

「い、いえ……」

 麻衣の口から、本音がこぼれた。

 世良は、あることに思い至った。

《U》は、麻衣が土田太一殺害時にも居合わせたことを知っているのだろうか?

 もし知っているとすれば、彼女を泳がせていることになる。

 危害を加えるつもりなら、いままでにいくらでもチャンスはあった。それをしなかったのは、悪人しか殺さないからか。

 それとも、いつでも手をくだせるから……。


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