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遠い声  作者: てんの翔
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       11.16日午後2時


 戸惑いをもった足音だった。

 だれかをさがしている。世良は、足音のほうに顔を向け、手をかかげた。足音が、こちらに近づいてくる。同時に、ゆったりした足音も。それは、ウエイトレスのものだろう。

「私のつれです」

 世良は言った。

「あ、コーヒーを」

 待ち合わせた人物が注文すると、ウエイトレスは去っていった。

 正面の席に、重みがかかった。彼が座ったのだ。音や振動でわかるものだ。

「福永さんですね?」

「そうです……あの、失礼ですが……眼が不自由なんですよね?」

 とても不思議そうに問われた。

「そうです」

「どうして、ぼくだとわかったんですか?」

「まあ、いろいろと気配で」

 世良は曖昧に答えた。詳しく話したところで、理解されるとも思えない。

 場所は、川崎の会社『グローバルレッド』の近く──つまりは、六本木ヒルズにほど近い喫茶店。場所が場所だけに、平日の昼下がりにしては賑わっている。

 世良の知っている六本木ヒルズは、まだできたばかりのころで、華やかであり、先鋭的であり、成功者や成功への野望に満ちた人間たちがひしめき合っているイメージだった。イメージとしてはいまも同じなのかもしれないが、視覚としてのヒルズは、もうすっかり東京に馴染んでいるのだろう。そのことが、時の流れと、光を失ったさびしさを感じさせた。

 長山の話によれば、福永は起業当時からの社員で、川崎からの信頼も厚かった人物だということだった。年齢は、今年で三七歳。

 人相まではわからないが、声や振る舞いからは、温厚な性格のように感じる。仕事中のはずだが、途中で抜けてくることにも快く了承してくれた。

 となりのテーブルには、峰岸が待機していた。ここでの会話を録音するように指示をして、一応こちらとは無関係をよそおわせている。

「社長の話なんですよね?」

「あの」

 福永の問いには答えず、世良は切り出した。

「私のことを知っていますか?」

 声は聞いたことがない。だから、言葉を交わしたことはないはずだ。しかし、自分のことを見たことがあるかもしれない。むこうが見ているのならば、自分も彼を見ているかもしれない。

「あ、いえ……初対面です」

 福永は言った。声音に不審なところはないし、もし会ったことがあるならば、対面したときになにかしらの反応があっただろう。

 川崎の部下ならば、潜入先の関係者である可能性もあった。長山の調査では、彼と左翼グループの接点はないということだった。まずは、そこから話を聞きたかった。

「川崎とは、どういうふうに知り合ったんですか?」

「……」

 沈黙があった。すぐに理由がわかった。

「じつは、川崎とは以前からの知り合いなんです」

『川崎』と、呼び捨てにしたことを疑問に感じたのだ。

「そうだったんですか……」

「会社を起業するまえから、川崎のことは知っていたんですか?」

「立ち上げる一年ほど前でしょうか……たしか」

「どういうきっかけだったんですか?」

「その当時に勤めていた会社の同僚から紹介されたんですよ。新しく会社をおこそうっていう人がいるから、会ってみないかって。そいつの大学時代の先輩だったみたいですよ、社長は」

「それで、川崎に誘われたんですか?」

「そうです。まえの会社には不満がありましたから、すぐにOKしました」

「川崎は、IT関係のことには詳しかったんでしょうか?」

「どういうことですか?」

 逆に聞き返された。

「あ、いや……川崎は、コンピューターとかパソコンとかは、あまり使わないやつだと思っていたもので」

「そんなことないですよ。むしろ、ぼくよりも詳しいぐらいですから」

 予想外の答えだった。

 世良の知る川崎は、時代遅れの闘士だった。そちらのほうが見せ掛けで、福永の言う川崎が本当の姿なのだろうか? だとしたら、騙されていたのは、こちらということになる。

 川崎という男のことがわからなくなった。

 もしかしたら、川崎を調べることが、なにかしらの謎を解く鍵になっているのかもしれない。

 その謎とは、誘拐事件なのか……。

《U》の正体なのか……。

 世良は、かぶりを振った。

 それらは、邪念だ。いまは、必要のない考えでしかない。

「どうしました?」

「なんでもありません……気にしないでください。あの、川崎のことを紹介した同僚という方も、引き抜かれたんですか?」

「いいえ。なぜだかわかりませんでしたけど、堤は転職しませんでした」

 その同僚は、堤という名前らしい。

「その方のことをもう少し教えてもらえますか?」

「はい、いいですよ」

 堤という男の携帯番号を聞いた。堤と福永が勤務していた会社は、現在では倒産してしまったそうだ。その後、堤がどこの会社に移ったかは知らないと、福永は語った。いまでは会うこともなく、たまに電話とメールで軽くやりとりをすることしかないという。

「川崎は、結婚していましたか?」

「いえ、独身でしたよ」

「では、恋人とかは?」

「うーん、社長、そういう色恋沙汰とかには興味がなかったというか……女遊びもしない人でしたから……」

 そこだけは、世良の知っている川崎のままだった。



 福永と別れると、さっそく堤の携帯にかけてみた。川崎のことで話がしたいのですが──と伝えると、身分を問われた。

 むかしの友人です、と半分は嘘、半分は本当のことを答えた。

 しばらくの間があいた。

 あきらかに、警戒心があるようだ。

 福永のように、クリーンな反応ではない。

 明日、青山にある喫茶店を指定された。現在は、そこの近くで仕事をしているらしい。

 世良は、峰岸に喫茶店の下見を頼んだ。

 声に聞き覚えはなかったが、予感のようなものがあった。

 堤は、一般人ではない。


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