氏綱
――非才である。
この男は常に己に言い聞かせてきた。
既に半ば神格化されている父、伊勢盛時 ―別名、北条早雲― は、一代にして相模一国の主となった男である。
――守らねば。
己の代で家を無くせぬ。今日の世でもそう考える者は多いが、彼ほどその気持ちが強い男も稀であろう。
北条氏綱。後北条氏2代目当主である。
攻撃は最大の防御なり、という言葉は、武田信虎のような男にこそ相応しい言葉であろう。
では、氏綱はどうか。
彼自身は民政に力を入れており、攻撃的、という評価には値しない。当然のとこながら、内政重視というだけであって、戦を放棄した訳では無い。この辺り、今川氏輝と似ている。
相応の領土欲もあり、戦も上手く、民も慰撫できる。戦国大名として十分合格であろう。だが、彼は己を非才としていた。
甲斐攻めを決断したのは、ただ相模一国を守るためである。
氏綱はまだ三十にも満たない僧と面会していた。若いながらも当主氏輝の弟の師であるという。
通り一遍のことを述べると、僧は穏やかな表情で都の話を面白おかしく伝え、氏綱達の表情を和ませた。
自身が場の中心にいることを確認したためか、僧は氏輝からの書状を恭しく差し出した。
「暫くは上杉が大人しい故」
目を通す氏綱の様子を伺いながら、僧は言う。
「山猿を追い払うのに良い潮でございます」
元より今川家と同盟を結んでいるのは、婚姻関係にあるからというだけではない。東と北から攻め込んでくる扇谷上杉家、そして武田家と戦うために必要だからである。
「そう申しても、猿は噛み付こうな」
武田と戦っている間に上杉が来ては元も子もない。そもそも上杉との戦の最中に背後から邪魔をするのが武田である。その逆も十分に有り得る。
「猿は無塩の魚を求めているようで」
と、氏綱の目を見て言う。
「我が殿は川下に網を張られるとのこと」
「ほう、それは」
武田の本隊が駿河に出てくる、ということ。今川が引きつけている間に攻めれば良い。
「はい。」
僧は穏やかな表情のまま、やはり穏やかに返事をすると頭を垂れた。
過日葛山家に養子に行った弟から書状が届いており、密書のことや上杉が騒がしくなるであろうことが書かれていたが、どうやらこのことか。
氏綱は僧が帰ると直ぐに「風魔を呼べ」と指示したが、いざ風魔来た報告を受けた時は「何故」と考えてしまった。どうやら考え事が深くなる性格らしい。
「甲斐を見て回れ。秋前には必要になろう」
すぐに思い出したものの、呼びつけておきながら忘れていたなどと表情には出せない。相模の太守として恥ずかしくない態度で氏綱は言う。
小さく低い声で「はっ」と言うと、風魔は去って行った。
ふと外に目をやると、黒い空の下に城壁の篝火が映えている。遠くには相模湾が見える筈だが、いつの間に刻が過ぎたのか夜が更けており、闇に塗り固められたようであった。
――武田を削がねば
と、思う。武田が背後から来る限り上杉とまともに戦えぬ。自身が非力であるのなら、敵を弱くすれば良い。
上杉は来るであろう。だが、その前に武田を叩く時間ができる。仮に武田が駿河に入らなくとも、富士山の東西から挟撃体制を取りながら戦を進めることができる。
上杉の動き次第で戻れば良い。後始末は今川に任せる。
――郡内は後から取れる。
駿河東部を抑える葛山氏広は弟である。仮に今川と戦になっても駿河東部は北条側となり、自然と郡内は今川の勢力の中で孤立する。少し叩けば熟した柿のように落ちてくるだろう。
非才だからこそ慎重に。
非才だからこそ確実に。
夜の帳の中にほくそ笑む北条氏綱。彼は間違い無く卓越した2代目であった。
本日5月19日は今川義元公の命日(桶狭間の戦い)ですね。
海道一の弓取りと謳われた義元公の最後に、思いを馳せて頂ければ幸いです。
また、前回「足止め」の修正を失念していたため、過日修正しました。
大きな修正ではありませんが、よろしければご覧下さい。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。