追放
「これは」
義元の許に甲斐から妙な書状が届いた。手紙、と言うより報告書に近い。
「義父上は負けたな」
差出人は晴信で、報告書には信虎の行ってきた内政と軍事について書かれている。非難するでも無く、ただ事実を連ねているが、領民が飢え、家臣の諌めも聞かずに戦を強行する様子等、実質的な弾劾文と言っても良い。
だが、信虎を責めてはいない。
――いつかはこうなると思っていたが
晴信からの手紙は、つまるところクーデターの通知と、父を追放するが、その後の面倒を見て欲しいという依頼である。
「御師よ」
雪斎を呼ぶ。書状を渡しながら「晴信に付く」と言うと、雪斎は訝しげに書状に目を遣る。
「これは」
上手い。信虎への不満は一切書かず、ただ信虎が国主として相応しくないことだけを示している。
晴信は流血を望んでおらず、義元が自分に協力してくれると見込んでのことあろう。
「都の女は」
夫も狐のようにしてしまうのかと笑う。三条夫人のことを言っているのであろう。雪斎や寿桂尼の人脈で甲斐に嫁いだ三条夫人が、閨で知恵を付けているのかと下衆の勘繰りのようなことを言う。
義元の呆れた目を受け止めながら、雪斎は飄々と続ける。
「狐に化かされた義弟君の方がよろしいでしょうな」
どうやら狐という表現が気に入ったようで、妙に拘る。
「義父上が到着する間際に届ける辺り、晴信も気苦労が多いと見える」
ため息交じりに義元は言う。
信虎が駿河に留められた場合、国主の正当性を盾にして甲斐に攻め込むこともできよう。3歳になる龍王丸(後の氏真)にも女系でありながら武田の血が流れている。大義名分は立つ。
だが、甲斐の密偵からも信虎の圧政についての報告が届いている。何よりあの慎重な義弟が動く意思を示している以上、甲斐の民心は信虎から離れていると分かる。
「御助けになられませぬか」
「いや、無駄だ」
民心だけではない。今川からすれば、そもそも甲斐という国に保有するメリットが無いのである。
「それに晴信がな」
可愛いのよ。と、言う。個人的感情だけで判断している訳では無いが、自身に私淑する義弟に悪い気はしない。
「虎よりも狗の方が御しやすかろう」
「御意に」
二人は静かに執務に戻った。
「駿府は暑い」
駿府に入った信虎が言う。旧暦の6月半ばの話である。駿府よりも盆地にある甲府の方が暑いはずであるが、気持ちの問題であろう。
「その分冬が」
暖こうございます、と、付き添いが言うが信虎は聞いていない。
――北条との戦は長引くであろうな
今回足を運んだのは娘に会うためであるが、無論、それだけではない。河東の今後についても対策を練るつもりであった。一時的な講和をしたとは言え、いつまた勃発するか分からないのである。
――婿殿は家中を纏めたようだが
今川家は戦ができる体制になったと言って良い。三河も押さえ、これから本格的な攻勢に出るであろう。
――我が家はどうか
戦優先の政策が領民に不人気であることは分かっている。後継者の晴信は、才覚があるものの現実が見えていない。
――馬鹿ではないが
婿のような強かさが無い。だが、晴信は義元を気に入っているようだし、やがて晴信の手本となるやもしれぬ。自身には師と呼べる存在はいなかったが、そんな関係も悪くは無いだろう。
――晴信が甲斐の現実を理解すれば
と、熱望する。親子で協力し合い、今川、上杉との紐帯を強化し、甲斐信濃を武田のものにできるのではないか。
今日でも企業や団体のトップが抱える病であるが、自身がその立場だからこそ理解・把握したものを、後継者に求めるきらいがある。甲斐の現実を知るためには、甲斐の国主という立場になる必要があるのだが。
――信繁や板垣、馬場、諸角らがおれば、晴信も間違えまい。
自身もそろそろ五十歳になる。明日をも知れぬ戦国の世。後継者が成人するまで生きられたことは幸せであろう。
「御館様、そろそろこちらに」
唐突に声を掛けられ振り返ると、そこには大井宗芸らが困った顔で、居場所なさ気にしていた。どうやら館に入った後、そのまま考え事を続けていたらしい。
「あぁ、着いておったな」
ほっとする宗芸達を余所目に、信虎は旅の疲れを落とすため、案内された部屋に入った。
義元との会談はおよそ戦国大名同士とは思えないもので、龍王丸の成長の様子や旬の魚の話題など、庶民的なものであった。
河東について話をしようとした信虎としては拍子抜けであったが、利発そうな龍王丸が「じじさま」と、たどたどしく来れば、つい口元が綻んでしまう。
信虎はその日常からは信じられない好々爺の相好で、つかの間の休息を楽しんでいた。
「義父上」
ふと義元が提案する。
「我が家と誼を結ぶ前より、足利将軍家や本願寺との交流があったと聞き及んでおります」
ついては細やかな連歌でも如何でしょうか、と。
信虎は京都の将軍や公家との縁を望んでおり、多くの努力をしてきた男である。甲斐の山奥にいながらも、自身が京の文化を取り込むことで、一目置かれる存在になれるよう努力してきた。
「婿殿のように都に行ったわけではないが」
と、謙遜しながらも、大井らと共に行うこととした。
では、と、信虎が発句を務める。
見る人の 心のそこに すむ月や
月が綺麗な夜である。
季節柄やや霞んでいるようにも見えるが、そこがまた美しい。
信虎自身、心の底は今宵の月のように澄んでいるのであろう。
ちりもくもらぬ 老いし身の程
信虎の歌を受け、義元付の飛鳥井雅教が返した。
歳を重ねても衰えないと、婉曲に信虎を褒めている。
世をうつし 思い捨てぬる 心もて
晴れし心に 戻る甲斐なし
続く大井宗芸と義元の歌が妙である。
思い捨てぬる、とは大井宗芸の本心であろうか。娘を信虎に人質に出し、自身は出家し世を捨てさせられた。時が流れたから恨みなどない、とも取れるが、この信虎追放劇に同行している辺り、孫である晴信から何らかの依頼があった可能性がある。
だとすれば、今回晴信に追放されるとしても、恨みは持たずに捨てなさい、と窘めているようにも取れる。
そして挙句に当たる義元の戻る甲斐なし。宗芸の句を受け、恨む心に戻る必要は無い、と取るのが自然であろうか。だが、これまでの流れを一切無視して読めば、「晴信の考えでは、甲斐に信虎の帰る場所は無いよ」とも取れる。
様々な思いを胸に、連歌はその後も静かに続いた。
数日滞在した後、信虎は満足げな表情で帰路に就く。
だが、ただひたすら甲斐の為に尽くし、甲斐を守るために戦い続けた彼は、この後愛した甲斐の人々に裏切られたことを知る。
数年後隠居を受け入れ無人斎道有を名乗るが、死の数年前まで甲斐の地を踏むことは許されず、慈しんだ長男と二度と会うことは無かった。
作中の詩は、数年前に放映されたドラマの中で出ていたものです。
知っていながら優しく接する義元公が好きで、創作であろうと思いつつも今回引用致しました。問題が生じるようであれば、この場面は速やかに消去します。
そして今回、物語のキーマンであった信虎が退場しました。
信虎の印象が悪いのは、偏に晴信の正当性を確保するため、あることないこと捏造されたからと考えておりました。そこで河東に絡む彼の立場と行動だけを辿ろうとしたのですが、考えれば考える程、調べれば調べる程、彼は甲斐が好きだったのだろうと。そのように思えてきました。
家族を失っても甲斐を纏めることを選び、今川家の調略に翻弄され、甲府近くまで蹂躙され、北条に右腕のような弟を殺され、それでも甲斐の地を守り抜き、最後には我が子に捨てられた信虎。有能であったからこその悲劇であり、何とも言えない無常さを感じる人でした。
物語を書き進めるにつれ、登場人物が勝手に動いてくれると言いますか、話を進めてくれるようなことがあります。特に信虎は自由に、豪快に動いてくれました。
閉ざされた国境で
「これで甲斐が」
と、喉が枯れたような声で、それでも国主としての威厳を保とうと、この時出せる声を絞り出して
「晴信の下、良くなろう」
と。言い、
「我が息子だ。甲斐源氏棟梁たる、この武田信虎の世継ぎだ。」
と。
「駿河の婿や佐久の義清、相模や上野、関東一円、いや、日の本に敵うものなどおるまい」
白髪交じりになりながらも艶々しい髭を震わせ、悲しそうにも嬉しそうにも見える笑顔で、信虎が言う。
・・・ような気がしています。
名将の最後と言うのは、必ずしもハッピーエンドではないです。
だからこそ心惹かれるのかもしれません。




