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河東の乱  作者: 麻呂
河東
34/52

岡崎

 神君に配慮したのか、記録によるとこの頃の松平家は弱小ながらも「独立した勢力」として扱われている。だが、実情としては尾張の鬼才織田信秀により、織田家の一部となっていたのではなかろうか。

 と言うのも義元の外交は抑止政策を中心としたものであり、現在のアメリカに近い方針であった。戦国時代である以上、そのレッドラインは遥かに低く設定され、合戦に持ち込むケースもあったが、信虎や氏綱と比べても分かるように、外交で解決することが多い。

 であればこそ、何故義元が岡崎奪還のため兵を送ったのか謎である。三河に独立勢力があるのなら、外交を用いて今川家の影響を強め、やがて併呑してしまう方が義元の戦略に沿っている。

 もう一つ。三河が松平という独立勢力であるのなら、何故広忠を確保した上で三河を攻めるのか。広忠を奉じて入り、後見人を付けるなりすれば良いだけのことである。


 三河にいる織田派を追い払うのではなく、松平家が織田家に取り込まれており、織田松平間は今川の調略では解決できない力関係にあったのか、松平家に対する織田の影響力が強過ぎ、今川の影響力を強める切っ掛けとして、軍事的選択をしなければならない状況にあったのか、ということである。

 いずれにせよ、河東が落ち着いた僅かなチャンスを座視するほど、義元、雪斎師弟は無能で無かった。



 雪斎は朝比奈泰能や天野兄弟ら有力諸将を駿府に集めた。

「これより我らは広忠殿を助け、岡崎を織田より取り戻す」

 戦には大義名分が必要である。ただ勝つだけではその土地を治めることができない。そこを攻める理由と、その後治める名目がなければならないのである。

 雪斎は三河を追われた不遇の少年を助ける、と言う。

「岡崎の先には安祥があり、清州の備後守(信秀)も控えておれば、良き戦となりましょうな」

 天文9年、安祥城は織田の手に落ちた。

 岡崎はどうであったか。繰り返すが、記録によれば松平家は独立勢力であった。

「各々油断なく御用意され、あぁ、兵糧もチト多く御用意下さると良いやもしれませぬ」

 雪斎は義元の後見人であるが、あくまでも僧である。重臣に戦の指示を出す姿は特異なもので、兵糧にまで言及する姿は奇異なものに見えよう。

 事実、一部家臣からは何とも言えぬ困惑した表情が見て取れる。

――政だけでなく、戦にも口を出すか

 先代氏輝の頃、福島らと共に武田と戦ったことは事実であるが、果たして義元の後見僧に戦の指揮ができるのか。

「申し」

 不機嫌そうな将が口を開いた。

「岡崎を攻めると申されるが、御坊は戦を知らぬと見える」

 岡崎は小さな城であり、このような大軍を作る必要があるのかと言う。

 更に織田は背後に斎藤を抱えており、援軍があっても少数となるのではないか、と。

――何も知らぬから必要以上の大軍で押すしかできぬのではないか

 内心ではそう思っているが、主君の後見人である以上そこまでは言えない。

 だが、これに答えたのは岡部元信であった。

「某が思いまするに」

 御坊様は織田との大戦を見据えておられる。岡崎はあくまで取っ掛かりであり、安祥の援軍のみならず、時には清州まで相手をされようと。

「いやいや」

 袈裟を揺らして雪斎が笑った。

「織田は美濃に手一杯でありましょう。されど備後守は尾張の虎と評される程の将。更に尾張商人のような男故、岡崎が高いと値踏めば美濃と手を組みこちらに来るやもしれませぬ」

 だから、臆病な自分としては大軍で行くのだと言う。多めの兵糧は自身の采配が失敗した際の保険だと。

「何より時を掛けられませぬ」

 河東が落ち着いたとは言え、一時的なものである。岡崎は短期決戦が求められる。

――五郎兵衛(元信の幼名)は使える

 当たり障りない対応をしているものの、雪斎は諸将を値踏みしていた。今後織田家との戦いが本格的になるにつれ、自身の右腕となれるような有能な将が欲しかったのである。

 清州を攻める等、現状では不可能である。だが、岡崎を攻めるということは織田に宣戦布告することであり、戦の仕掛け方としては、最初にこちらの本気度を示す必要があった。

「各々方、よしなに」

 雪斎は深々と頭を下げ、軍議を閉めた。



 今川家の進軍速度は早く、岡崎の支城を軽々と落とすと、翌日には岡崎を二重に囲む状況にあった。

「これはこれは」

 雪斎の采配は見事なもので、岡崎の各支城に過不足無い兵を回し、同時侵攻して支城毎の連携を絶つと共に、本軍は岡崎を囲んだ。どの城も援軍が見込めない状況となり、敵の士気が下がる様子を悠然と眺めていたのである。

「見事な采配で」

 随行していた武将が言う。

 彼は大軍での短期決戦を予想していたため、激しい消耗戦となることを覚悟していたが、これはまるで勝手が違う。

「拙僧の経は敵を払うことに向いているようで」

 雪斎は努めて明るく笑うと、周囲に聞こえるような大きい声で言った。

「御館様よりお預かりした兵は精強であればこそ、失う訳には参りませぬ」

――そうでなくては

 今後兵が付いて来ぬ。

「流石は御坊様」

 御仏のように御優しい、と言う。

――御仏が戦をするか

 思わず笑いそうになるが、さも考えているかのように下を向き、ふと顔を上げる。

「御仏の道なれば、ここは兵を用いず城を明け渡すよう話をしましょうかな」

 既定路線であるが、こう言えば良い印象で伝わるであろう。もとよりそのための僧を用意している。

「それは」

 血で血を洗う戦国の世にあって、何とも慈悲深いことであるよと思う。当主の師にこれだけ徳のある僧が居るとは、何とも有り難いことではないか。

 事実、義元は寺社仏閣を保護している。と言うよりもその兵力等を取り込んでいる。無論、慈悲からではない。

 民衆や地侍、果ては各地の小領主的な立場からすれば、自身が信仰する寺社仏閣が義元の庇護下にある、ということは、それだけで忠誠を誓う要素となる。

「だれかおるか、松平殿に広忠殿を受け入れ、城を明け渡すよう伝えよ」

 まるで待っていたかのように僧が姿を現し、雪斎と打ち合わせに入る。

 そして岡崎は提案を受け入れ、今川家に城を明け渡した。岡崎は広忠を待ち望んでいたとのメッセージ付きで。

 無論、織田を意識した茶番であった。

あけましておめでとうございます。

年末年始で大分遅れてしまいました。お待ち頂いた方々、申し訳ありません。


覚悟はしていたものの、河東一乱は混沌とし過ぎていて、各大名の背後関係や立場など、どこまで手を入れるか悩みつつ進めております。

気付けばお気に入りに入れて下さっている方や、評価を下さっている方もおり、却って自身の表現の弱さや内容の薄さが申し訳なく思いつつも、嬉しく感じ、励みになっております。ありがとうございます。


今年は今川師弟のドロッとした雰囲気と、武田北条の真面目な跡取り達の苦労をお届けできるよう頑張ります。

引き続きお付き合いの程、よろしくお願い致します。

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