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河東の乱  作者: 麻呂
河東
33/52

関東

 河東の乱は、北条家からすれば今川家からの独立戦争となり、今川家からすれば後の仮名目録追加に繋がる、統治、軍制改革の切っ掛けとなった戦いである。

 が、当事者たる今川義元、武田信虎、武田晴信、北条氏綱、北条氏康達は河東にのみ集中していた訳で無く、各々が三河、信濃、安房等を目指しており、河東が小康状態となることがあった。



 天文7年から9年にかけ、氏綱は関東においても忙しい。

 天文7年に勝利した国府台合戦もそうであるが、関東の勢力関係も混沌としており、古河公方と小弓公方の対立や、里見家との軋轢等、北条家としては立ち位置をどうすべきか、どのように関東に手を伸ばすか苦慮していたようである。

 結局氏綱は古河公方足利晴氏側に付き、その勝利に大きく貢献したことで、晴氏から関東管領に補任された。

 この関東管領も微妙な立場である。元々は関東「執事」と呼ばれていた通り、鎌倉公方の補佐役であるのに、任免権は京都の幕府が握っている。将軍の補佐を管領細川氏が務めたように、鎌倉公方の補佐を関東管領上杉氏が務めていたのであるが、任免権は幕府のままにすることで、関東におけるトップ鎌倉公方の暴走を防ごうとしたのであろう。

 この時も関東管領は山内上杉氏が代々務めており、更に任免権は幕府にある以上、晴氏の行為は正式なものではない。

 が、関東においての形式的な権力者は「公方」晴氏その人であるため、この補任により氏綱も形式的な「権力」を持つこととなった。

 更に翌天文8年、氏綱は実娘の芳春院を晴氏へ嫁がせることに成功する。これにより足利の「御一門」として、関東における自らの正当性を堅固な物にすることとなる。


 そして河東付近でも動きが見える。

 天文9年春、氏綱は桃源院に禁制を発している。現在の沼津市大平であり、既に富士川まで抑えている北条にとって今更な感もあるが、その支配が河東一円に及んだ、ということであろう。

 これを受けたのか、互いに消耗戦を繰り返していた武田、北条両家は、一時的な停戦合意をしたようである。

「何時までも相手にしておられぬ」

 どちらが言い出したか分からないが、信濃に進出したい武田と、関東に進出したい北条の利害は一致している。信虎は義元のために信濃を諦めるつもりは無いし、氏綱は信虎に構って関東を諦めたくは無い。

 講和後、両家の動きは早かった。

 天文9年4月、武田家は佐久へと兵を進め、北条家は安房へと兵を進めた。



 駿府では遠江の慰撫に注力する義元の姿があった。

「ほう、講和を」

 北条武田の終戦報告を聞いても、義元は左程意に介さない。彼にとって狙いは三河、尾張であり、富士川の向こうの小競り合いよりも遠江情勢が最も気になるのである。

 そんな彼の偏った努力が実を結び、既にこの頃には三河を伺うだけの状況が整っていた。

「書状が届いております」

 負け犬の井伊辺りが三河攻めの兵を出し渋っているのかと目を遣ると、そこには大膳大夫晴信と書かれていた。

「まめな男よ」

 甲斐にしては珍しく書物が好きとのことで、松姫からも噂は聞いていた。応仁の乱から逃れてきた公家達が多く住んでいたこともあり、今川家の文化レベルは非常に高い。義元自身僧籍にいたこともあり、書物に明るく教養もあり、晴信は義兄に私淑していた。

「どこも母は強きもののようだ」

 晴信や松姫の母、大井婦人はその影響を子供達に多分に与えている。義元も自らの母を思い出すと、ニヤリ笑ってしまう。

「我に似てお優しい方である故な」

 一人ごちながら笑ってしまう。優しい者にあのように老獪な外交ができるものかと。

「ところで」

 義元が顔を上げ、近習に目を向ける。三河の広忠は息災か、と。

「はっ。御申しつけ通り、学問に励んでおります」

「そうか」

 満足そうに頷くと、義元は再び書状に目を遣った。三河の少年を大切に思っていると見えるが、無論そうではない。広忠は三河を手に入れる為の大義名分である。

 だが、人は義元を情が深いと見る。

 そしてその情人の脳裏には、一つの手が浮かんでいた。

 広忠を追い詰めた信定は既に無い。松平家中は広忠派(親今川)と信定派(親織田)に分かれており、どちらも神輿が無いままに争っている。

「広忠に伝えよ。遠江が片付く故、そちを三河に帰してやれるとな」

 武田は北へ、北条は東へ。良い時期になったものだと義元は笑った。

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