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河東の乱  作者: 麻呂
三国
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書状

 駿河国東部は河東と呼ばれ、重要国人である葛山氏は当主を氏広と言い、伊勢盛時(北条早雲)の三男で葛山氏に養子入りした人物である。駿府に屋敷を構えて今川家に出仕しているが、半ば独立した勢力を持っており、駿府において連歌会を催す等、都にもその名を知られていた。

 そもそも河東一帯は伊勢盛時が今川家臣として興国寺城を拠点にした後、伊豆討入りを果たし、相模平定をしたことによりその領有権が曖昧となったが、今川家と北条家が姻戚関係にあったこと、そしてこの葛山氏の存在も原因であると言える。

 古来より国境に接する一族は外交関係に敏感であり、葛山氏も例に漏れず武田北条との連絡があったようであるが、彼ほど扱いが難しい立場の者も少ないであろう。

 今川家からすれば家臣であるが、同盟国北条氏当主氏綱の弟であり、扱いを間違えれば北条氏との関係が悪化しかねず、北条氏からすれば今川家の家臣に対し、関係を深めれば今川家の警戒心を高めてしまうことになる。上杉氏と攻防を繰り返す北条家にとって、今川家との関係悪化は避けねばならない。また、武田家としては河東を治める葛山氏の存在は無視できず、自然と葛山城を中心に三者三様の外交関係が出来上がることとなる。


 宗峰はこの葛山城から北に10キロほど離れた、御厨の中山という所にいた。

「見事なものよ」

 音に聞く富士とは正にこれよと宗峰は思う。夕焼けに染まる左右に広がった美しい稜線と、春ならではの雪を戴く赤富士。歌心が無くとも歌を詠みたくなる姿であった。

一通り眺めた後、宗峰は再び足を進めた。ところが数歩も歩かぬうちに二人の男とすれ違い、男の呼び止める声に振り返った途端、宗峰は斬られた。

「なに・・・」

 目に映る赤富士よりも赤い血を流しながら、事情が呑み込めぬままその生涯を終えた。



 葛山氏広はため息を吐くと、改めて書状を読み直した。

「三河か」

 坊主に化けた間者を斬り、密書を手に入れたとの知らせが入ったのは一刻ほど前のこと。富士の雪解けの頃、密書を持った間者が来るであろう、という話を栴岳承芳 ―後の今川義元― から聞いたのは、まだ夏の頃であった。

「都にてさる御方から聞きましたことには」

 当主今川氏輝の弟という立場だけでなく、京の五山で学問を修めた栴岳承芳は、その師である太原崇孚雪斎と共に足繁く京へと通っており、その人脈から多くの情報を集めることができた。その彼が氏広に囁いたのがこの密書の件である。

 三河国の国主は武勇で知られる松平清康であり、徳川家康の祖父に当たる人物である。戦国時代の宿命で、やはり松平家も内紛を抱えており、松平宗家と分家の間には深い溝があった。分家の当主は松平信定で、清康との仲はおよそ一族とは言えない状況にある。

「とは申せ」

 密書は扇谷上杉家から松平信定に宛てたものであり、信定からの書状に対する返信であった。今後仲良くしたいという程度の回答であり、それほど重要なものでは無いと思われた。

 しかし、氏広がため息を吐いてしまったのは栴岳承芳の情報収集能力に対してである。

「頼もしい弟君がいらっしゃるようで」

 そう独りごつと、氏広は書状を近くの火鉢に入れた。3つのの小さな黒い輪が広がり、書状は灰になった。

「あぁ、兄にも伝えねばな」

 億劫そうに腰を上げると、氏広は小田原に向けた書状を書き始めた。

 三河と武蔵が手を結ぶとなれば、それは北条家に対する今川家からの援軍を牽制するものであろう。松平家において分家筋がどうこうできるとは思えないが、何か裏があるかもしれないし、遠からず上杉家が攻めてくる前触れかもしれない。

「駿府のお館にはよかろう」

 あの弟がいるのなら、他の間者にも手をまわしているだろうし、その内容が見られて差し支え無いことも承知している。小賢しくも感じるが、利用できるものは利用すれば良い。氏広は一度筆を置くと、先ほどの灰に目をやりながら火鉢に手をかざし、赤く光る炭を見つめていた。

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