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河東の乱  作者: 麻呂
花蔵
16/52

誤算

「大方様が良真様に付かれただと」

 朝比奈泰能あさひなやすよしは耳を疑った。報告者に二度確認したが、報告内容は変わらない。一昨日寿桂尼が福島方の城に入ったということである。

――何故良真様に

 分からない。が、報告者は更にと続ける。

「昨夜、福島殿、良真様が兵を挙げ、共に府中の御館を攻めたものの、城中固く、そのまま久能城に戻られた由」

 泰能は氏親の制定した今川仮名目録の中に重臣として名を挙げられており、また、雪斎と共に使者として他国に赴く等、国の内外で知られる武将である。

 そんな泰能だからこそ、氏輝、彦五郎の死後は誤解を招かぬよう一挙手一投足にまで気を配り、順当な家督相続に波風を立てないよう心掛けてきた。泰能が守る掛川城は遠江における今川家の要であり、彼の動き一つで遠江が大混乱に陥る。

「既に堀越殿、井伊殿らが良真様に同心し、兵を挙げておられまする」

 まさか、とは思わない。泰能の下にも福島方の話は聞こえていた。だが、彼は家中の多くが義元支持になり、福島は事を起こせぬと踏んでいた。が、寿桂尼が福島に付いたとなれば話は別。

「殿、如何致しましょう」

 家臣が言う。だが、泰能の立場はある程度決まっている、と言って良いだろう。泰能の妻は寿桂尼の姪であり、今川家とは姻戚に当たる。寿桂尼は彼の叔母である以上、寿桂尼に付くことが求められる。

「大方様が良真様に付かれたのであれば、当家は良真様にお力添えを致す。だが、大方様の御心が分からぬ故、その方は急ぎ府中に行き、様子を探って参れ」

――下手に動けぬ

 今川家は家督相続争いが多い家である。と言っては言い過ぎかもしれないが、義元の父、氏親が家督相続をする際も争いが起こっている。氏親の父、義忠が遠江で流れ矢に当たり死亡し、まだ元服前の氏親は後見人が定まらず、三浦や朝比奈ら重臣達は義忠の従兄弟に当たる小鹿範満を立て、そこに幕府の思惑や堀越公方の思惑が複雑に絡み、幾度も合戦が起こっている。

 この時に活躍したのが、義忠の妻である北川殿の兄であり、氏親の叔父、伊勢盛時である。

――勝ち目を見ねば

 誤算があった。義元は寿桂尼の支援を受けられる前提であればこその存在であり、寿桂尼が良真に付いたのならその正統性が阻害される。

――大戦になるな

 泰能は各地に使いを放った。



 良真、福島挙兵の報は他国にも届いていた。いや、意図的に流された部分もあったであろう。

「ホウ、正成が」

 躑躅ヶ崎館では信虎が珍しく明るい声を出した。先の戦以降、重苦しい空気が流れていた館に似合わぬ、明るい声であった。

――この殿は

 家臣は思う。負け戦で落ち込む以上に、次に来るであろう勝利を見ている。仇敵の名を聞き、嬉しそうにする信虎を理解できない。

「潮が来たか、罠か」

 周囲に聞くでもなく声を出す。正成のこと、信虎をおびき出すための芝居をしてもおかしくない。それほど信虎は警戒している。

――が、罠ではあるまい

 リスクがでか過ぎる。多少の勝ち目は見えているであろうが、正成は乾坤一擲の賭けに出たのであろう。

 その証拠に、今川館を夜陰に紛れて急襲したとのこと。暗殺のようなやり方でも勝たねばならぬということは、正成に勝ち目は少なく、博打の要素が大きいということである。

「国境に兵を集めておけ。役に立とう」

 信虎は端的に指示を出すと、庭に出て松の老木を眺めた。幼い頃、この松の下で信友らと遊んだ日のことを思い起こしている。

 普段ならばこれほど感傷的になることは無いが、今日は信友のことを思い返さずにはいられなかった。

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