機関車職人 共通①
幼い頃父に連れられて、蒸気機関車を観に行った。
石炭の燃える音、汽笛、上がる煙。
精密に造られたボディ。
一瞬でその虜になった。
『私SL職人になる!』
カンカン、早朝から金槌の音がけたたましく響く。
職人は煤で軍手を汚しながら、機関車の整備をする。
「リゼル、今日も頑張ってんな~」
「もちろん、早く父さんみたいな職人になりたいからね」
父は蒸気機関車職人。
いつか私も、機関車を作りたい。
「だがなあ、なにも機関車の職人になる必要もねえべ」
―――――また始まった。
お決まりの“女の子なんだからアレはダメ”だ。
「もう父さんいい加減にして、私は立派な職人になるの!」
私はいつだって機関車好きの変わり者あつかい。
友達なんていらない、私の夢をジャマするから。
皆好きなものを隠したり、嫌いだって嘘をついたり。
言いたいこと、やりたいこと、しようとしない。
私はたとえ一人だって、夢を叶えて職人になるんだから。
今日の手伝いを終えて、食材を買いに出掛ける。
市場は賑わって、大勢の人がたのしげに歩く姿であふれていた。
「リンゴはいらんかね」
「2つください」
買ったリンゴを皮ごとまるかじりする。
シャリシャリと噛み砕き、甘味とほどよい酸味を味わう。
これぞ果物といったところか。
ガシャン、聞き慣れたとは言い難い機械音。
路地の奥に、何かいるのだろうか。
危険であっても好奇心には勝てず。
何がいるのか確かめに行く。
路地の裏を歩くたびゴミを踏む。
暗くて足元がよくみえない。
ようやく、行き止まりの場所についた。
人の気配はないが、よく目をこらすとうっすら人のシルエットはある。
手探りで、その人を起こそうとした。
ガシャリ、自力で立ち上がったようだ。
変な音とともに、暗がりに二つの光が浮んだ。
「な……なんなの?」
いま見えるのは発光体だけ。
恐怖から、動悸がする。
とにかくこの場を放れよう。
急いで路地から抜けると、後ろから機械音がした。
一体どんな人が―――――
「ハジメマシテ、ミストレス(女主人)」
現れたのは普通の人だった。
作り物のような整った顔、日に照る肌、光に反射する金髪。
「いきなり女主人ってどういう……」
「ワタシハ、オートマタ(機械人形)アナタニツカエマス」
オートマタ、いま流行りの貴族が連れ歩く機械で出来た人形だ。
「もしかして、貴族に捨てられたの?」
彼はよく理解できないようだ。
機械人形は使える貴族に忠実であるように出来ている。
きっと必要な単語だけ覚えているのだろう。
「あのね、私はあなたのご主人様じゃないの。
ほら、オートマタ職人の所につれていってあげるからついてきて」
歩くたびガシャリガシャンと鳴る。
大きな音が一過性の機関車とは違って、持続的な細かい騒音だ。
「どうにかならないのそれ……」
どこか壊れているのか、デフォルトでこうなのか。
「モウシワケアリマセン」
機械だから、オートマタは事務的に話す。
「あなた名前は?」
「アリマセン」
「そっか……」
機械人形職人の家に着いた。
場所は知っていたが、初めて入る。
人形だらけかと思ったが、意外と何もない。
「すみませーん」
「はいはい、いらっしゃいませ~」
店の奥から出てきたのは若い男。
長い髪を無造作に後ろで縛り、向かって左側の目にモノクルを着けている。
「拾い物です」
私はオートマタを指さした。
「機械人形か~良く出来ているね~」
機械人形職人は興味深そうに、観察を始めた。
「じゃ、私はこれで」
「おや、もう帰るの~?」
ここは何も観るものがないのだから帰るしかない。
「君もしかして、機関車整備のリゼルちゃん?」
「そうです」
なんでわかったんだろ。
「ああやっぱり、手に黒炭がついているからそうだと思ったよ~」
「はあ」
変人だけどすごい観察力、店を持つだけはある。
「僕は外にはほとんど出歩かないけど、君って結構有名だよ~」
「……それはともかく、私帰らないと」
昼食の用意とか、掃除とか機関車の点検とかがある。
「待ってよ~君は久々に来たお客さんなんだ
もう少しだけ観ていってほしいな~」
「そんなこと言われても」
店内はガラリとして、人形も何もない。
「盗難防止で、普段は奥に置いてあるんだ。取ってくるよ~」
ガチャガチャとけたたましい音がする。
しかたなく職人を待つ。
「改めて、僕は機械人形職人の‘サイ’」
オートマタと変わらない精巧な作りの人形たちが店内にズラリと並んだ。
「すごい……」
まるで生きた人間だ。
「そうかな~僕なんて、まだまだだよ~」
職人は照れだした。
「それじゃあ、こんどこそ私は帰ります」
「また来てね~」
「マッテクダサイ、ミストレス」
ガシャンガシャンとオートマタが歩く。
「あのね、さっきも言ったでしょ私はあなたの主人じゃないって。
直してもらって、新しいご主人様でも見つけなさい」
「ナオッタラ、アナタガシュジンデスカ?」
オートマタの宿命か、頭には主人のことしかないようだ。
「はあ……じゃあね」
私はオートマタが追ってこないことを確認し、帰路へついた。
明け方、まだ人々寝静まっている時間。
ガシャンガシャンとした、機械の音で目が覚めてしまった。
窓からこっそりと、外の様子を眺める。
尋常じゃない数の集団が徘徊していた。
恐らく彼等は機械人形だ。
一体なにが起きているのだろう。
ガシャ、扉を壊す音がした。
もしや機械人形は、人を襲おうとしているのでは、そう思った私は父の部屋へ行く。
「父さん起きて!」
ドアを叩いてから、ノブを回すとドアは開いていた。
「いないの?」
室内はガラリとして、窓が一つ開いていた。
――――機械音。
そこには複数の機械人形がいた。
「ガガガ」
機械人形たちは、オートマタのようには喋らない。
「こないでよ……」
私はこのまま殺されてしまうの?
「リゼルサマ!」
「……オートマタ?」
颯爽と現れた彼が、機械人形を蹴散らした。
私を横にかかえ、窓から外へ出る。
一体なにがどうなっているのだろう。
機械人形が街に現れ、父を隠し、私を襲うだなんて。
「ところで修理は?」
「オワリマシタ」
そういえば、彼の機械音が緩和されている。
サイの腕が良かったのだろうか。
オートマタは私を抱えたまま、屋根の上を飛びながら移動する。
下は暴走した機械人形で溢れていた。
血のあとがないということは、死人は出ていないかもしれない。
機械人形は人間をどうしたのだろう。
――――私はこれからどうなるのか、不安でたまらない。
「リゼルサマダイジョウブデス ワタシハアナタヲマモリマス」
オートマタは人に仕える機械。
だから人間のように、心配して私を見ているわけじゃない。
でも、誰もいないよりは幾分いい。
それに、不安が少し和らいだ。
――――いつまでもこのまま怯えているわけにはいかない。
父さんはたぶん機械人形につれていかれた。
「……父さんを助けないと!!」
連れていかれた人達がどこにいるかもわからない。
まずは他の町へ行こう。
「……あ、そうだ」
サイさんはどうしているだろう。
やはり彼も連れていかれたのだろうか。
「オートマタ」
「ハイ」
「サイさんの店はわかる?」
「ハイ」
いまは夜で、街頭の灯りでは道が暗くて見えない。
それに下手に道を歩いて、機械人形に捕まったらせっかく助かったのが無駄になる。
オートマタに運んでもらうことにする。
店の前に着く。幸い、機械人形はこのあたりにはいない。
もう人を連れ去り終えたか、まだ来ていないのかはわからない。
「……失礼します」
店内に入る。鍵は空いていた。
誰もいないらしい。連れていかれてしまったのだろうか。
だが、鍵の壊しかたが機械人形の仕業にしては甘い。
ということは初めから空いていたのだろう。
従業員は彼だけだから、ついうっかり閉め忘れたと考えるのが妥当か。
商品を店に並べないくらい用心深い彼が鍵を開けたままにする筈がないと思うけれど。
店の奥まで進むと、なにかに足をとられた。
「きゃああああ」
階段をころげ落ちてしまう。
「リゼルサマ……」
オートマタが追いかけてきた。
「いたた……」
幸い怪我は軽いが、こんなところに地下通路があるなんて。
しかも、長くて、おそらく火を着けたばかりの蝋燭が灯っている。
私はその蝋燭を台座ごと、とった。
「ここを通って抜けようかオートマタ」
―――なにやらオートマタが手を差し出している。
「道くらい歩けるから」
そんな丁重な扱いをされると調子が狂う。
「ソウデスカ」
オートマタは落ち込んでいるのだろうか?
今の言い方は、自分でつめたかったと思ったが……
まあ機械だし、悲しいとか人間みたいには思わないだろう。街灯に照されている看板のところへ行く。隣の街への境界を示すものだった。
「進むしかないよね」
このまま、この街で留まっていてもしかたがない。
この街にはまだ人がいる。宿代はないので野宿するしかない。
枕にしてくれと言いたげにこちらを見ている。まあいいか、オートマタは機械人形だし。
「オヤスミナサイ」
「うん。」
――――
「よかった。機械人形はいないみたい……」
ハッとする。置いてきた機関車のメンテナンスはどうしよう。
普段なら私がいなくてもやる人がいるが、今回は誰も、私しか整備できない情況だ。
◆戻ってメンテナンスをしようか?
〔戻る〕
→〔戻らない〕
■
―――嘘のように平和だ。機械人形はおろか、追い剥ぎや浮浪者もさほどいない。
なぜあの街だけ、機械人形が徘徊していたのだろう。とにかくこの町にサイさんがいるかもしれないし。
私はオートマタの前を歩く。いつ機械人形が襲ってくるかわからないからだ。
いまは昼間なのでまだいいが、無事に夜をこせるかどうかわからない。けど、進むしかないんだ。
―――私は走り出す。ドスリ!!
「うわっ!?」
目の前にいた人とぶつかってしまった。
「リゼルちゃん?」
「サイさん!?」
「いやぁ~再開できてよかった。買い出しから戻ったらひとっこ一人いないんだもん」
どうやら彼は隣町にいて、機械人形に拐われずにすんだようだ。
「あの、サイさんを探してお店の鍵があいていたので勝手に入ってごめんなさい」
「いいよいいよ。君が無事で……というかあの町で何があったんだい?」
「軍隊アリのような無数の機械人形の集団が住民を拐ってました。私は危ないところをオートマタに救われて……」
「つまり機械人形のシステムが一斉に暴走したということかな?」
「私もよくわからないんですけど」
「そうか……ひとまずここも安全とは言えない。夜になる前に遠くへ逃げたほうがいいよ」
「でも父さんの行方が知れないんです。できることなら今すぐ探したい……」
「残念だけど難しいなんてもんじゃない。この件、恐らく一国の王も絡んでいる」
なぜ王様が私達を機械人形に襲わせているのだろう。
「なにをたくらんでいるかはわからないが、軍隊レベルの機械人形を動かせるのはマージン国王だけだからね」
「……もしかしたら父さんは」
私は現場に住民の死体や血がないことから、皆は生け捕りで城にとらわれていると思った。
「それにしてもオートマタ一人でよく無事だったね」
「お店の地下通路があって」
あの地下通路のお陰でなんとか逃げ出せた。
「へぇ……そんなものあったんだ」
サイさんは地下通路があることを知らなかったのか。
まあ普通はあるなんて思わないけど。
「とにかく夜があけるのを待ったほうがいいだろうね」
サイさんの言葉に頷き、私達は機械人形をやりすごすことにした。
この街に来ないという絶対の保証はない。
マージン王の国は昔フィエールという戦の多い国だった。
その歴史は古く、世界の始まりとされるシドレクトの次の時代からある。
グリテアという緑豊かな国を滅ぼしたのが、火と戦車の国とされるフィエールだった。
大王国ジュプスの鎮圧により表面での戦はなくなる。武器はあれど食物のないマージン国も領地は小さい。
どの国も逆らえないのは同じだが、小国を取り込み領地を拡大させる気なんじゃないだろうか?
「どうかした?」
◆サイさんに私の考えを話そうかな?
〔やめておく〕
〔話す〕