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06 類は類を呼び、乙女は淑女を目指す

「では私はここで一旦失礼致します、また帰りにはお送り致しますのでご連絡下さい」とジークフリートとクラウディアは別れ、彼は貴族としての挨拶に回った後は警護の任へと、そしてクラウディアは先程の席で待つイザベラの元へと少し急ぎ足で向かったのだった。


――予想以上に王妃様との話が長かったから、ちょっと待たしてしまったかしら。


 と申し訳なく思っていたのだが、出迎えたイザベラの顔は笑顔に溢れていた。実はイザベラは王妃に挨拶をするクラウディアの事が心配で、そっと後ろの方から先程の様子を伺っていたのである。そして頃合かと急ぎ席に戻って待機していたのである。


「凄い! 凄いわ! やったぁ、これで、クレアちゃんも貴族でお揃いだわ、もうっ、お父様ったら教えて下されば良かったのに! びっくりしちゃったもの。あれかしら、もしかしたら反対したの? あっ、そんな事よりもお祝いしなきゃ、おめでとう、でいいのかしら?」


 王妃との謁見を終えて戻ったクラウディアにイザベラは祝いの言葉を述べようと待っていたのだが、それより興奮が上回ってしまっていた為に、クラウディアの手を取って目を輝かせながらブンブンと振り回し、お祝いを述べるのがついつい後回しになっていた。興奮しているからか、少々いつもよりも明るくポンポンと言葉も飛び出していた。

 大変微笑ましい光景なのだけれど「そんな事」と一言で片付けられてしまった人物は彼女の父ではあるが、同時に宰相であった。周囲の夫人達は急いで口元に扇を当てて顔を隠した、微妙に体が震えたり、若干前屈みになった令嬢もいたがギリギリセーフといったところだろう、彼女達はこの台詞を聞いた瞬間に宰相の落ち込む姿を想像した為に思わず吹きだしそうになったのだ、見事に声を上げるのは堪えてみせたが顔の表情や体の動きまでは抑え込めなかったのだろう。流石に時の宰相をネタに失笑してしまうのは外聞が良くないから必死だった、というのはおまけの話。


「うん、ありがとう。ほんと驚いちゃった、凄く異例だと思うもの。でもベルちゃんのお父さんもきっとプレゼントとして驚かそうと思っただけなんじゃないかしら、王妃様がね『ベルちゃんと一緒にいるなら必要ですよ』って仰ってたから、考えて下さっていたみたいよ?」


 ちょっと照れくさいのもあるし、クラウディア自身も五歳の身で叙爵という異例の事態に驚いてはいた。


 ――でも、こうしてイザベラと喜びを分かち合うなら悪くないわね。


 と、クラウディアも内心も素直な喜びを表した。そして何よりもこの処置はクラウディアの開発商品を名目にしてはいたが、王妃達の心遣いは本物で、クラウディアとイザベルが学友として過ごすのに不自由が無いようにとのいう理由が本命なのだ。

 それが判るからこそクラウディアは王妃達に感謝をした。イザベルも目標とする令嬢である王妃の事は知っていたので――「王妃様って素敵よね!」と二人は声を揃えていた。思わず同じ台詞が口に上ってお互いに目を合わせ微笑んだ。

 奇しくも理想とする女性象が同じだったのは偶然かどうか……


「うん、理想の方々だわ、ベルちゃんもあんな風になるのかしら」

「そうね、王妃様達ならどの方も素晴らしいから……でもね、そうなるのなら私クレアちゃんも一緒がいいな!」


 イザベルが一緒に王妃様を目指しましょうと云った事を理解はしたのだが、そうなる未来を考えると少し首を傾げてしまうクラウディアであった。まず価値観として貴族の教育を受けてない事と、前世の日本の固定観念が一夫多妻という結婚形式を自然と拒絶していたのだ、その辺りはまだこの世界で貴族として生活もしていないのだから、普通の反応になるのだろう。


 そもそもクラウディアとしての人生の目的は初心から変わる事無く生き抜く事なのだ。これからもその方面で手を抜くことは無いだろう。

 しかしである、クラウディアも、爵位も貰ってしまい立派な令嬢として振舞うと同時に、素敵なパートナーを見つけるのも可能なのだとやっとこの時に気が付いた。気が付いたからと云っても五歳でどうこう出来る話では無いので直ぐに右から左へと流して放り投げてしまったが……

 この時にもしも彼女が恋愛対象を選ぼうなどと考えていれば、既にゲームと現実の齟齬を大きく感じていたクラウディアは、まず最初にその候補から五人の王子達を外しただろう。一つには親友となったイザベラと争うなんて考えられないからだ、寧ろヒロインが出てきたら全力でイザベラを応援しただろう。更にヒロインとの対決の可能性が残る残りの4人なども候補には挙がらない。態々そんな疲れる相手を選ぶ筈がないのだった。飽くまで夢を見ない選択をするのは間違いない。


「でも私は……うん、王妃様になるっていう選択肢はないわ、どうせならベルちゃんは王妃様になって一人で寵愛を完全に掴むぐらいでないと勿体ないもの。それに私は親友でしょ、何があっても私はベルちゃんを応援するわよ!」


 先程も述べたが、王にとっての結婚とは一夫多妻であり後宮を持つ事ができるし、当たり前とされている。歴代では一人の妻を愛した国王など数える程しかいない。そうした事を理解はしていても心から納得できる訳でもない、前世の日本人としての価値観がその辺りの問題なのだろう。所変われば常識などいとも簡単に変わるのは経験上理解していたのだが、どうしても愛は独占したいなという固定観念がでてしまったのだ。


「うーん、でもクレアちゃんと一緒なら私は構わないんだけどなあ」


 この考え方の相違は生じて当然なのだろう。クラウディアは前世の影響で先程のように考えるが、イザベラは貴族令嬢として教育を受けているし、そうした事が常識の世界で暮らしてきたのだ。特に国王が複数の妻を持つのは当然で、幼児の死亡率が高ければ血が絶えてしまうのだから逆に複数の妻を持たないのはこの世界の王としては異例と見做されるぐらいだ。


 ――そうか、異世界だからそれも当然だったし……うん、生前というか前世でも買い付けに回った時には何度も第二夫人にならないかって誘われたわよね、そう考えれば、そんなに変な事って訳でもないかもね。実際そんな未来の事を考えても鬼が笑うどころの話ではないけどね。


「でもその前に立派な令嬢として有名にならないとね。王妃様って――確か、ヴェックマン公爵家の出身でいらっしゃった筈だし」

「うん、フューゲル家を興した曽祖父様の兄弟の家系ね」


 此処で少々この国の王族や貴族の体制を説明しておこうと思う。

 王族でも王位を継がなかった王子達は自分で家を興すか国外の王家へと婿に出るか、もしくは国内の有力貴族の令嬢と結婚して貴族になるかである。この国の貴族は完全な世襲ではない為に例え公爵家と言えど建前上永遠に公爵家ではいられない。なので功績が無い貴族はその地位を維持する為にも王家から婿や嫁を貰う事も珍しくない。フューゲル公爵家は曽祖父が外国の王族と結婚して新しく興した比較的新しい公爵家だ。一方で第一王妃のヴェックマン公爵家は古くからあった元公爵家だった侯爵家に曽祖父の兄弟の一人が婿入りして公爵家に返り咲いた家である。

 この国の貴族とは宮廷(政治)貴族が大きな力を持ち、帯剣《軍事》貴族さらに官衣《行政・役人》貴族と続く。土地を領する貴族は防衛任務を受けた者や開拓時代からの名残で残っている者だけで任命制となり非常に少ない。王国の殆どは国王の支配地であり、各地に代官として宮廷貴族や官衣貴族を送り込むのだ。

 長男が家を継ぎ宮廷貴族として出仕し、次男や三男などは帯剣貴族か官位貴族として一代貴族となって仕えるのが一般的である。無論功績を上げれば爵位も上がる可能性はあるし、そのまた逆も然りである。


 さて話を戻そう、何故このヴェックマン公爵家出身である事が重要になるのか――それは他の王妃達を纏め上げているのが国内貴族出身の彼女であるからだ。この国で公爵家となればイザベラの家もそうなのだが、かなりの権力を有しているという事ではあるが、政略結婚などで嫁いできた王妃達の背景は国である。中にはヴァイス王国とて無視できない大国の姫とている。

 だが第一王妃の座を射止めただけでなく、彼女は現在進行形で、見事に他の王妃達の仲を取り持っているのだ。これは実家であるヴェックマン公爵家の力によるものではないのだ。第一王妃になったイリーネ自身が当時の貴族社会で最高の令嬢として名を轟かせ、国内外を問わず数多の誘いを受ける程に有名だったのは未だに人々の話題になるのだが、それ以上に話題に上るのは王妃達の仲の良さなのだ。

 しかし女の戦いがそんな事で終わる筈が無いとクラウディアは考えたのだが、そうなると、あの優しい王妃が他の王妃を抑え付けている可能性すらあると言う事になり、実に印象とはかけ離れたものになってしまう。彼女なりに冷静に分析をすれば、まず第一王妃の容姿で抜きん出ているのが上げられる、二人の王子と一人の王女を生んでも尚輝かしい美貌と溢れる気品。寵愛を受けるには必要な資質だが……なにか違う、必要以上に政治に関わらない姿勢も評価されていて、実家の公爵家が宰相や国の重要なポストを占めていないのは有名であるが、それも他の王妃が国を背景にしているのだから関係はないと判断した。そして実際に接してみるとあの無邪気な態度が見えたりと正に理想の王妃としか言えなかった。

 彼女が素直に第一王妃のカリスマだと考えなかったのは余計な知識があった為だが、取り敢えずは“素晴らしい王妃様”と納得する事で考えるのを諦めた。大事なのはイザベラと素敵な令嬢を目指す事なのだからと。


「第一王妃様で、気品もあって、美しくて、教養もある……ベルちゃんの目指すべき姿はあの方よね」

「頑張るわ、公爵家の娘ですもの! でもでも、絶対クレアちゃんも一緒によ?」

「うーん――そうね。ええ、わかったわ。一緒に素敵な令嬢を目指しましょう」


 これから公爵家で一緒に住むのを、当初は学友と言えど仕えるような立場になるかもと想像していたのだが、イザベラも周囲も親友としての立ち位置を望んでいるし、こうして用意してくれているのだからそれも面白いかもと考えた。クラウディアはこの時少しだけ頑張ってみようと更に前向きになった、別に素敵な令嬢を目指すからといって、王妃になる必要はない。それに、自身を磨けば何れ素敵な出会いもあるかも知れないとちょっぴり期待し、イザベラの親友として傍にいる為にはそうなる必要があると判断したのだ。


「約束ね」


 イザベラはそういって誓いをした薬指を差し出した。親友と一緒に最高の令嬢と言われるようになりたい、ただそれだけを願っての二人だけの約束。彼女にとっては王妃になるとかならないのが重要ではなかったのだ。ずっとクラウディアと一緒にいたい、本人も気が付かないその感情が願いとなって約束という言葉になっただけだった。だからこそ妖精のようなその美しい碧眼は真剣な眼差しとなってより輝きを増していた。


「うん、約束よ」


 ずっと二人でいられるように、そう願っているのだという気持ちを読み取った訳ではないが、何か不思議な感覚を感じながら、クラウディアは同じように指を差し出した。そして互いに絡めて誓ったのであった。

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