05 古今東西綺麗な薔薇には棘がある
「そうだ、ベルちゃんのお家の件とかを伝えてくれた騎士の方を紹介するわ!」
「うん!」
突然話を振られたジークフリートだがその微笑を消さなかった所は流石だった、だが内心ではまた幼女とお近づきになるとはどの様な運命の悪戯が自分に襲い掛かっているのだと思わずには居られなかった。しかも相手はこの国の神童に公爵家の令嬢と立て続けだったのである。
そんな彼の悩みなど知る由も無いクラウディアからすれば、若手ナンバーワンの実力者であり、紅茶の趣味もよく女性の扱いのいい男性を知るのはいい事よね程度の思いつきだったのだ。余程の事件でも無い限り、彼女の知識ではイザベラは第一王子の婚約者になる筈である。そうなるのを見越して考えたクラウディアはイザベラが一流の令嬢になる為にも、いい男とはどういうものか知っておいて損は無いだろうと計算を働かせたのだ。その努力を自分に回せと盛大に突っ込みをいれたいような気の回しようであった。
「紹介しますわね、此方までエスコートして下さったジークフリート様。ジークフリート様、こちらが私の親友のイザベラ嬢ですわ」
「お目に掛かれて光栄ですイザベラ嬢、ライムバッハー上級伯爵家子息、近衛騎士団所属ジークフリートと申します、二人目の妖精に出会えた幸運に感謝しなくてはなりませんね」
「始めまして、ジークフリート様。フューゲル公爵家のイザベラでございます、クラウディア嬢の親友ですわ」
ジークフリートも先日と変わらず、一回り以上離れた令嬢に対して見事な騎士の挨拶をし、イザベラもカーテシーで名乗り、お互いに見事な礼儀に則った挨拶を交わした。何故か少しだけイザベラの態度は硬かったのだけれども、クラウディアは見逃していた。
「さて、お嬢様方、本当ならご自由にお話下さい、と言いたい所ですが、今ならばタイミング良く待たずに済みそうですから、先にイリーネ妃殿下へのご挨拶に伺いませんか?」
彼は二人に告げながら視線を王妃の方へとスッと向けていた、確かに先程まで居た人々が捌けていて挨拶に伺っても待たされる事はなさそうである。礼儀として本来なら到着と共に伺うのがこの国の礼儀としては筋でもあり、そうした事を巧く伝えたといえる。
「そうですね、先にご挨拶に伺いましょう」
「ごめんねクレアちゃん、私が、嬉しくて飛びついちゃったからだわ」
外見は子供ではあるが、その辺りの作法は出来る限り守るべきだと心得ていたので、クラウディアは勿論すぐにその意見に賛成した。一方でイザベラは教えられた礼儀作法に則ってない事に気が付いて恥ずかしそうにうつむいてしまう。だがそうした仕草もまた可愛らしく、もう一つの理由からも周囲の微笑みをかっていたのである。そうした周囲の反応も踏まえた上でクラウディアは気にしないでとイザベラの手を取って慰めた。
「ううん、さっきまでお話されてたみたいだし問題ないと思うわ。でもベルちゃんはもう挨拶は済ませたの?」
もしも済ませていないならば一緒に行けば良いのではと誘ったのだが、イザベラは挨拶を到着早々に済ませており――実際には会場に一番乗りした程であった――その後ずっと入り口付近のテーブルでクラウディアの到着を待ちわびていたのだ。クラウディアがそんな事情を知っていたら、もう一度この瞬間に彼女に抱きついていただろう。
「うん、最初に済ませちゃったの」
勿論この最初というのが、茶会が始まって王妃に一番最初に挨拶をしたという事も含んでいるのだが、クラウディアは気が付かない。周りの夫人方が少し微笑んだだけである。
「じゃあ此処で待っててね、すぐに済ませてくるわ」
夫人達はイザベラとクラウディアの為に先程までイザベラの座っていた席を空けてくれていたのだ、嘗て自分たちも同じように友人の来るのを待っていた懐かしい記憶と共に優しい眼差しを二人に向けていた。
「イリーネ王妃殿下――ジークフリート、只今、クラウディア・シーレ嬢をご案内して参りました」
「ジークフリート、ご苦労でした――」
ジークフリートはクラウディアを伴ってイリーネ王妃の席まで進むと頭を垂れながら右手を胸の前に掲げ左膝を地面につけてその上に左手を乗せるこの国の最敬礼の姿勢をとって、到着の報告をすませた。この光景をみた周囲からは溜息が漏れていた。騎士服や軍服といった部類の服装が如何にこうした儀礼を考えられて作られているか判ろうというものだ。これらの儀礼用の服というのは最高に男性を磨き上げるのだ。余程の肥満体でもない限り二倍は男性の魅力を引き立ててに魅せる。ここまで言えば彼女の脳内で何が起きているか、その道の方には想像するに容易い筈だと思う。
――宮廷最高、騎士最高! 宮廷ラブロマンスの世界キタワー! ハッ、いけない、これは現実、現実だけど、現実なのにこれって……あぁ、カメラやビデオカメラといった記憶媒体が開発出来なかったのが残念過ぎるわ、王妃様も素敵だわぁ。大丈夫、うん大丈夫よ、正気でいられるわ、でもこのスチルはハートストレージに永久保存よ!
脳内でクラウディアは一時的に猛っていたが、直ぐに正気に戻り、一歩前に進み挨拶を述べた。
「お目通りが叶いまして恐悦でございます、イリーネ王妃殿下、クラウディア・シーレお招きを頂いて参上致しました」
クラウディアも略式ではなくスカートの裾をしまう形で深く膝を折った形でのカーテシーを行い、何故か眼前まで来ていたイリーネ王妃の手を取って挨拶を行った。しかしである、次の王妃の対応にクラウディアは心底驚愕した。
「ようこそ、クラウディア、宰相からも例の活躍は耳にしましたが――なるほど、五歳と思えぬ受け答えですね。それに、シーレ商会の化粧品は私も使っておりますよ、もう手放せないわよね! ……ンッンッ、それらの功績を称えて貴女には私達一同より名誉伯爵の爵位を授けます、今後も楽しみにしておりますね」
先の事件の活躍を宰相から伝え聞いていた事も、王妃を含めて王室の関係者全てがシーレ商会の化粧品を使っている事も確かに驚くべき事だったのではあるが、その次の一言で全てが吹き飛んだ。名誉とは付くが名誉爵位は伯爵が最高位である。つまり齢5歳にしてクラウディアは叙爵されたのだ。しかも一同と言ったからには全王妃の承認、恐らくは国王にも根回しは済んでいると言うことだ。それは背後で同じようににこやかな笑顔を浮かべている女性達と、立派な髭を蓄えた人物の態度で判ると言うものだった。
詰まる所如何なる事かと云うと、今回の緊急の茶会の招待はこの一言の為だった訳である。
「クラウディアは此れで貴族ですから、公爵家に住まうにも都合が良いでしょう、彼女の親友ともなれば爵位の一つも持っていた方が何かと便利ですよ。それにこの場にいる夫人に令嬢、全員がクラウディアの叙爵に賛成ですもの、反対なんてさせないわよ、ウフフ」
その台詞で数名の男性が顔を下げたり逸らしたりして、先程まで微笑みを湛えていた立派な髭の人物の顔が一瞬引きつった。恐らく誰かが常識的に意見したり、反対をしたのだろうが、彼らは女性の美への執念を甘く見すぎで痛い目を見たようである。
「わ、我も賛成しておるから問題はないぞ!」
「判っておりますわよアナタ、ウフフ」
髭の男性が一生懸命にアピールをし、王妃がアナタと返したと云うことはやはり国王陛下で間違いなかったのねとクラウディアはチラッと視線を移した。其処には顔を引きつらせながらも暖かい視線を送る器用な真似をしている少々威厳を失ったダンディーな王様が手を振っている姿があった。こういうのも哀愁が漂っていると云えば良いのだろうか……
――この世界でも女性は逞しいのね、第一王妃様って優しい印象が強かったけど、意外とマリー・テレーズのようなタイプではなくもっと強かなのかもしれない、あーでもあの時代の王妃ってみんな強いわよね何気に、と言うことはこの方も……
前世の記憶と付き合わせるとやはり王妃というのはどの人物も一癖はありそうである。事実複数の妻は許しても公妾は認めておらず、政治的な配慮の必要な相手以外は完全阻止しているし、王妃同士の取りまとめをこなしているのだから強かで無い筈がない。国王に権力があると云えども――滅多に発動しないが彼女達の閨の完全拒否という剣を突きつけられては――意向を決して無視できないのだ。
まさに綺麗な薔薇を体現する彼女達はその美を磨く為にもクラウディアへの叙爵を望んだのだ。
全くもってその気が無かったのだが、この時にクラウディアには異世界のポンパドゥール夫人への道を開いていたようである。仮に気が付いていても、そんな面倒な事よりもカメラとビデオカメラを開発するから結構ですと熨斗をつけてお返ししてしまいそうであるが。
「こちらは王妃様達へのお土産です、是非お使いになって頂ければと……」
「これは何かしら、何か不思議な……この香りは薔薇かしら?」
「はい、そちらは薔薇のエキスを混ぜた飴ですの、他にも今度商品化する予定の物です、口で転がして頂いて薔薇の香りを体内に取り入れる事で体から薔薇の香りをさせる事と美容効果があると云われています」
「「まぁ」」
説明を終えた瞬間に、王妃達や周囲の夫人から驚きの声が上がる。
紹介したのは使える薔薇の選定から増産までかなりの時間が掛かったが見事に再現して見せた自慢の品である。クラウディアは更に、数種類の化粧品や紅茶などの試供品を献上品として運び込んでいた。僅か2日で揃えるのは大変だったし、茶会の参加者に配るとなれば、かなりの量になってしまう。それだけすれば費用も馬鹿にならないのだが、彼女は招待を受けたその瞬間に素早く立案してしまっていた。アンドレアスも承認したのはその意味を彼も素早く理解したからである。つまりこれはシーレ商会の宣伝計画だったのだ。
この国の一番の権力を持つ王妃達の茶会であり、そこでの宣伝効果は掛けた費用の何十倍、いや何百倍の利益を齎してくれる。既に物欲しそうな目つきの夫人や、珍しい物なのかしら? といった興味を持った令嬢達が多数いることがその証拠だろう。そしてその宣伝効果は国内に留まらない。彼女達の中には周辺国や大国の大使夫人などもいるのだ。
例えるとすれば、パリで世界中のセレブリティー限定のファッションショーを催している会場に伺って自社製品の試供品をアピールしているに等しい行為だ。しかも話題の商会の提供する他には無い物だけを先行してという名目で渡せば、使った夫人達が自慢しない筈が無い。人は自然と自慢できそうな物や話題があれば話したくなるもので、それが貴族となれば尚更の事、自分が他よりも先に使うというだけで優越感を得られるアイテムは令嬢にとって十分魅力的だった。
現代社会でも未だに口コミで商品が広がる事に宣伝効果が見込めるからこそ、企業は態々試供品を作り、一般向けにサンプリングを行ったり、試供品専用の店舗などに商品を置き宣伝して貰おうと試みるのだ、そしてそうした試供品は女性向けが圧倒的に多いのは男性よりもそうした費用対効果が大きいと見られるからである。今回の献上品という試供品が今後のシーレ商会の躍進に繋がる事は間違いなかった。
「これは、叙爵にきたクラウディアから頂いた物の方が私たちにとっては素晴らしいものだったわね、フフフ、叙爵もそうですが……そうね、なにか他に望む物は無いかしら、例えば実際の領地なんかでも進言しておくわよ?」
五歳児に領地を勧めてどうするか思われるだろうが、この国における貴族や王族とはそういうものである、それに王妃からすれば、色々と庇護を与えるにしろ、まだ婚約など考える歳でもなく、屋敷は既に王都にある、となれば残るは領地ぐらいなものかといった漠然とした考だった。流石に後ろの国王の顔がさらに引き攣って見えたのは――この国には領地持ちの貴族が少ないからであるがそれはまた別の機会に説明しよう――ご愛嬌のようなものだと思っておこう。
そして彼女が大それた願いである土地を欲しがる訳も無かったのだが、彼女はそれ以上に強かにある物を願い出てみた。
「叙爵して頂いただけでも過分の光栄でございますが、もし可能で御座いましたら王妃様達にお使い頂く商品に|V・o・K・H《ヴァイゼル王族御用達品》ラベル使用の許可と証明を頂ければ幸いで御座います、勿論それなりの基準を満たさぬ物には頂くつもりは御座いません」
「それはいいわね、私達の愛用品として世界へ販売するのですね?」
「はい、今も各国へ販売経路を拡大しておりますが、私共の商品を通じて世界に王室の威光を知らせ素晴らしさを強調することが出来ればと――」
この国というより世界には皇室御用達やロイヤルワラントといった物がまだ無かったのでクラウディアはその先駆けとして名称を設立し、国内外に販売する商品に箔をつけた訳で、ブランド戦略の基本とも云える高級感を王族御用達の称号を入れる事で得ようというのであった。そして同じ方法をとってくるであろう商会を牽制する意味でも基準を設けて欲しいとちゃっかり進言したのである。こうして王妃との謁見を無事に終えたクラウディアはイザベルの待つテーブルへと戻ったのだった。
後日こうして認可された商品のラベルにV・o・K・Hの文字とヴァイゼル王室の紋章が入れられる事になる。彼女の父アンドレアスがその事よりも叙爵に驚き、母エマが驚きの余り失神したのは余談である。
ポンパドゥール夫人 女性で西洋版 藤原道長みたいな「私の時代がきた」という名言を残したルイ15世の公妾さんです。
宮内庁御用達は廃止されているので皇室御用達としました。