表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

04 目で目は見えないから己を知るのは難しい

「驚きました……今日は先日と違い随分と愛らしいですね、貴女の可愛らしさをみれば北国の光輝人(アルーヴ)でさえ隣に立つのを躊躇うに違いないでしょう。私は役得と喜びたいのですが、大変な役目を任されてしまいました、貴女をエスコートすれば確実に同僚から羨まれてしまいますね」


 爽やかな笑顔で思ったままにジークフリートはクラウディアのドレス姿を称賛した。

 彼女は先日の水色のドレスではなく、デイジーのような淡いイエローのシルクの生地に、白い花びらが所々に刺繍されたフワッとしたドレスを着ている。幅のある白いリボンをベルト代わり腰に巻いてシルエットと共に色目にもアクセントをつけ可愛さと洗練した趣味の良さを強調しているようだ。更に白と黄色の生地を用いてフリルなどで作った造花の薔薇が右の肩口に縫い付けられていて、ワンポイントとして目を引いていた。

 髪型もアップではなく左耳の横にだけに三つ編みがあるだけで普通に下ろしただけのストレートだったのも彼女の印象を大きく変えている。確かに可愛らしいと表現するに間違いではないだろう、百人いたら九十九人は可愛らしいと言うに違いない。しかしだ、ジークフリートの台詞は一つ間違えなくても普通の人が口にすれば歯の浮くようなセリフであった。下手をすればドン引きされるであろうが、この青年が口にするとなんの違和感もない、所謂これがイケメンだからこそ許される所作と云うものなのであろう。


 ――これがもしスチルに収められたら絶対キラッって光ってるわ……


 思わずクラウディアも感心していたほどである――残念なことに本当の感心だけで、関心には繋がらなかったが――

 取り敢えず、もう一度言っておこう、決してこの近衛のみが許される白地に青の意匠が施された立派な騎士の衣服に身を包んだ青年、ジークフリート・スマラクト・ライムバッハーは幼い少女が好みなのではないと。

 茶会への送り迎えとて、彼が立候補したのではないのだ。

 この役目は第一王妃から直々の指名で頼まれたのである。最初の使者の折には出来るだけ少女を怯えさせない優しい顔つきの騎士を使者にした方が良いと考えられた結果の選考からであった。そして今回はジークフリートがクラウディアを称賛した報告を直答した際の様子からも、彼が彼女に対して悪い感情を持っていないならば、既に顔を知った相手を迎えに行かせた方が良いだろうという判断が下された結果だった。

 それにしても、国の若手ナンバーワンとも謳われる近衛騎士このようなセリフを言われたら普通の令嬢は――例えそれが五歳であっても、それに彼女は中身が四十路近いのにだ――もっと嬉しさを表しそうな物であろうに、クラウディアの感想は酷いものだった。


――イケメン恐るべしよね!


と少しズレた感想を抱いたのみで、クラウディアは全くもって浮かれずに、平然としていたのだった。故に彼女のセリフは落ち着き払っていた。


「有難う御座います、ですが褒めすぎですよ。それに私を褒めるのでしたら、ジークフリート様こそ先日よりも素敵な騎士服ですわ」


 自分の事なんてどうでもいいと云う態度は本当に如何なものかと思うが、彼女の言うとおり、確かにジークフリートの姿は素敵と評されるに相応しい。しかし他者から見れば、彼女も同様だった。十四も歳の差があるがその彼が手を引いて魔導馬車への乗り込みを手伝う光景は見る者に感動を与えていたのである。ジークフリートがクラウディアの手をとっている、ただ其れだけの事なのだが、その光景はもはや一つの芸術の域へと至っていた。

 見送りの家人、特に侍女達は溜息を吐いたほどであったが、其処に下世話な思いは一切なかった。十四歳の年の差婚は貴族社会では有り得なくはないが、そうした例というのは力のある貴族と力の無い出世欲のある貴族間で稀に起こる政略結婚ぐらいで、この二人にはそうした関係を思い浮かべることすら不敬に思えたのだ。


 そうしたやり取りを終えた後に準備が整い、運転手が出発を告げ走り出した。魔導馬車の中はまるで小さな応接室のような作りで、改めて閉鎖空間でイケメンと二人きりになってしまうと、クラウディアも何を話せばいいのか戸惑った。元々その方面の女子力が低い彼女は前世を含めてこうした状況に慣れていない。仕事の話をしている時は饒舌なのに、男性と何を話したらいいのか判らないのである。インターネットの世界ではネット弁慶程ではないにしろ趣味の話を話題に男性の友人と何時間でも盛り上がれるのにこの様だった。

 そもそも自分が五歳である事を忘れているのもあるのだが……それよりも何も別に恋人でもないから緊張する必要もないし、先日の紅茶の話でも構わないのにと考えた方もいるだろう、だがそうした事が思い浮かばないからこそ彼女は残念止まりだったのである。


 さて、彼女が緊張に固まっている間に少しだけ“本来の設定”だった流れを紹介しておこう。

 前にも述べた通り、イザベラはあの襲撃事件で誘拐寸前の所を助け出されるのだが、家人の一人の裏切りと、目の前で惨殺された襲撃犯の末路を目にした事で一時屋敷の自室に閉じこもってしまう。5歳の少女にはそれ程に衝撃的な事件だったのだろう、日本で同様の事があれば間違いなくその後のケアが重要とされただろうが、ここは異世界でそんな習慣がなかった。それから彼女は人間不信に陥ってしまい、自分の地位を脅かす存在、特に敵対的な貴族に対して攻撃的に振舞う事で自我を保つようになっていくのだ。これが本来のイザベラの歩む“筈だった”流れである。

 そしてクラウディアも大きく流れを逸脱していた。そもそもが普通の少女でしかない彼女は行儀見習いの一つとしてヒロインの伯爵家へと奉公にでるのだ。この時点で全く違ってしまっていたのに、更にイザベラと親友になった事で華麗に――幸か不幸かは不明だが――サブキャラ的な立ち位置を得てしまっている。完全にヒロイン側でなくなっている事も大きな変化だが、本来はふっくらというよりポッチャリキャラだった筈が仕事大好き状態の生活を続ける彼女がぽっちゃりなどする筈も無かったのだ。

 こうして悪役令嬢化から違う人生を歩んだイザベラと、神童で外見までキャラチェンジしてしまったクラウディアが、何事も無く人生を謳歌するなど、誰も思わないのは当然ではないだろうか? 自然に――既にこの魔導馬車に乗っていることからもお解りだろう――これから必ず様々な騒ぎに巻き込まれると宣言できるし。それは街角に座る占い師の怪しく曖昧な戯言ではなく当然の予測、彼女達の真実を知らない者でさえ当然のように想像出来てしまう事だった。


 さて、それではもう一度車内の二人の観察に戻ってみよう。

 相変わらず会話も無く静かに魔導馬車は王城へと入っていっていた。車内には小さな車輪の音が響くのみである。そしてその様子を見て――彼女は対人的な意味で緊張していただけだったのだが――この時のジークフリートは見事に勘違いして次のように受け止めていた。


 ――第一王妃であらせられるイリーネ妃殿下主催の茶会ともなれば、いかに神童と言えども緊張ぐらいはするのか、そう考えると微笑ましいものだ。


 この様に歳の離れた兄の心構えのように保護欲を発動させて見事な勘違いをしていた為に、魔導馬車が車止めに到着して降車を手伝う為に手を取ったときには、落ち着きを取り戻したクラウディアと遣り取りをする事になって見事に混乱する嵌めになる。


――うん? おや馬車から降りると堂々とした態度に……むむ? 緊張していたのではない?


 車内ではジークフリートも五歳の令嬢に話しかけるべき話題とはなんだと考え、無難な物が見つからなかったので、緊張を解せずに申し訳ないなと考えていたのだが、下手な話題を振ってもより緊張させるだけだと思ってやり過ごしていたのだ。それ程までにクラウディアの様子は硬かったのである。故にこそ王妃の招待を受けて緊張しているのだと勘違いをしていたのだけれど、こうして手を取っても一切震えも無く堂々としているクラウディアを魔導馬車から降ろしたジークフリートの方が今度は混乱して固まってしまった。


「有難う御座います、ジークフリート様、ですが何時までも手を握られておりますと、その歩けませんし、私がお城の令嬢たちから睨まれてしまいますわ」

「あっ、これは失礼を、ついつい見とれておりました」

「お上手ですが褒め頂いても私には何も出せませんわ……では引き続き案内を宜しくお願いいたします」


「何か考えておいででしたわね」と問いかけるのはマナー違反だろうと彼女は気を回して微笑むだけに留めていた。この事に普段ならば違和感を抱いたであろうジークフリートは当然混乱中でそれどころでは無かった――本当に無駄な程に洗練されているのは前世の職業病に近い。一応は外見的な歳の差があるとは言えど、今後の事を考えれば、男女の駆け引きとして気が付かせないレベルなのは本当に勿体無い、そう、男女の駆け引きならばこそ、少しはそうしたものは見せるものなのだ。そんな駆け引きのできる性格ではないからこそ完璧すぎるのは良くないのだが、まだ五歳でこれである、将来は恐らく一瞬も隙を見せないようになるだろう。

 そうなれば望みはこの気遣いに気が付く男性というハイスペックな人材を探さなければ成らなくなる――となれば、最低限でジークフリートレベルの男性を見つけて来いということになり、本当に余計なお世話であるが真に難しい話だろう、今生も先行きに暗雲しか垂れ込めていないクラウディアに幸あらんことを願わずにはいられない……



 車止めから歩いた二人はジークフリートが案内する形で王宮の中へと入っていく。まずは小さな舞踏会なら開けそうな王宮の玄関ホールを抜けて、更に美術館さながらの廊下で絵画や壷などの芸術品を楽しみながら進むと、ジークフリートとクラウディアは裏口の扉へとたどり着いた。そして従者達がその扉を開くと、其処は春の訪れを祝うかのように花が咲き誇り、フューゲル公爵の庭園以上の華やかさがあった。

 微かに花の香りがする微風が二人を出迎えてくれたのだが、もう一人彼女の到着を今か今かと待ちわびていた人物が風と共に颯爽とクラウディアに飛び込んできた。後ろへ即座に回り込んで二人を抱き抱えたジークフリートがいなければ、流石にクラウディアといえどイザベラの勢いが凄すぎて倒れこんでいただろう。


「あ、有難う御座いますジークフリート様。もう、イ――ベルちゃんたら危ないわ」

「だって嬉しかったんですもの、ずーっとクレアちゃんに会いたかったのよ! 聞いたの一緒に住めるんでしょ、私たちこれで親友から義理の姉妹も同然だわ」


 さて、二人の呼び名が変わっているのだが、これは友達を超えて親友になったのだからと先日にイザベラが提案したことだ。襲撃事件の後の様々な出来事の処理を経て――多くは語らないのでお察し頂ければと思う――彼女達はイザベラの部屋で親友の誓いの儀式を行った。儀式と言っても黒魔術やなにかのような物々しいものではなく、『私たちはお互いに誓います、彼女が私の親友であると』この宣誓を唱えながら互いに素手で右手同士の掌を合わせて、その後に左手の薬指でお互いの唇を押さえて軽く甘噛みするだけの簡単な物だ。一種のお呪いみたいなものだが、その後でお互いに愛称で呼び合ったほうが良いとイザベラが提案し、クラウディアは少女なのだからと、可愛らしく“ちゃん”をつけましょうと提案した。

 この儀式は本当の意味でイザベラを変えたのだが、クラウディアは其処まで深く考えなかった、しかし、イザベラの表情が真剣だった事だけは印象的で彼女も真摯に付き合った。何故イザベラがそこまで真剣だったのかというと難しい話ではない、公爵家の令嬢として知り合いの子供はいるには居たのだが、心を許せる友達と言える相手が居なかったのだ。つまり、公式にはクラウディア、イザベラと呼び合うものの、プライベートな会話では互いにクレアちゃん、ベルちゃんと呼び合う親友を欲したのだ。そしてその相手にクラウディアは選ばれたのだが、実はクラウディアも何気に同年代の友達と言う意味では似たような状況だったので惹かれあったのかも知れない。

 因みに、イザベラのゲームでの愛称はベラであり、ベルというのは可愛らしいからと悪役令嬢の彼女が自身でその呼び名を却下していたものである事を述べておこう。そして本来の流れでは外見も事件後の経緯で徐々にきつく吊り上ってゆく筈だったのだが、今現在で目つきなどの変化も一切ない為に、見た目も相当変化するであろう事が予想される。


 今日のイザベラは先日の桃色よりも薄い桜色の後染めドレスで色の変化が綺麗な物だった――どうやら彼女の好きな色はこの系統色のようだ――裾に行くほどに濃い色に仕上がり、胸元やフリルやギャザーの部分も染色の差を出るように計算された見事なものである。そして愛らしいその顔と金色の髪がよく似合っていて、ドレスの為に作られたと思われる髪飾りのコサージュは薔薇と牡丹を組み合わせたような華やかな形状で、中心にアクアマリンの宝石などが飾られていて彼女の金髪と彼女の美しい碧眼を引き立てていた。


 ――うん、ベルちゃんは本当に天使よね! やっぱりスチルで知ってる彼女とは大違いよね。可愛いは正義よ! もしも悪役令嬢になっても可愛ければ許されるわきっと。


 全くもって自分の成し遂げた事に気が付かず、クラウディアは彼女の可愛らしさを一人堪能するのみであった。可愛いは正義なので他はどうでもいいとすら言い切りそうだ。それと同時に、こんなに可愛いのだから幼児狙いや不埒な輩から守らないとと一人息巻いていたりする。


 そんな彼女の心情はさておいて、二人は事件以来の再会である。あれから別に大して日は空いていなかったが、こうして再会したのだからと会話は自然と弾む。クラウディアも意識するような男性でなければ話術は巧みだし、五歳児にしてはイザベラも令嬢としての教育を受けていて頭の回転も速く、お互いに楽しい。


「でも、驚いちゃったわ、私がまさか王妃様のお茶会に呼ばれるだなんて」


 クラウディアはある程度は察しているものの、実際王妃様からの茶会の招待がこんなにも突然着たのには驚いていた。どうせ断る事のできるお誘いのような軽々しい招待ではないのだし考えても仕方が無いと、この瞬間まで疑問を持っていなかった。どちらかと言えば、貴族の使う化粧品やお菓子に紅茶など、市場調査になるかもという子供らしからぬ目的と、試供品の献上によって人脈も……などという将来に向けての逞しさと仕事中心の考えでやってきたのだ。

 そんな彼女だっただけに、イザベラがしゅんと落ち込んで話した事もそんなに気にはならなかった。


「ごめんなさい、多分それは私のせいだと思うわ、私がクレアちゃんの活躍を話しちゃったから、お父様から王妃様にお話がいったのだと思うのよ」

「やだ、ベルちゃん気にしなくていいのよ、だってどちらにしても説明はしたのだし、犯人達からだってきっとその話は伝わるのだもの、遅いか早いかの違いよ、それにこうしてそのお陰で会えたのだし、悪いことではないわ」

「やっぱりクレアちゃん大好き!」

 ――ムギュウ

「私もベルちゃん大好きだよ」


 そんな風に少女達が友情を育みあっていたのだが、その場で唯一人だけ男性であり騎士でり、そして大人であるジークフリートは仄々と笑顔を浮かべるだけで静かに佇んでいた。彼は単純にこの会話に割って入るだけの話題を持ち合わせていなかっただけなのだが、見事に気配を絶って会話の邪魔にならないように控えている姿勢はクラウディアには好評で流石は若手騎士の有望株と評価を伸ばしていた。

 予想以上に仕上がった話数が少なく――実際文字数が増えてはいますが――まだ4話ということで、この話に続けて、昼、夕方に分けて投稿させて頂きます。

 書いて消してが多いので、ゆるりとお付き合い下さいませ……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ