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02 塞翁が馬とはいうけれど竹馬の友ができちゃった

「なんだ小娘ごとっ――」

 ――カッ

「『ヴィヴァ』」

「ぅぎゃああ――ナッ、アツッ」

「ぐあああ――ヒイ火がアァ」


 イザベラの前に立ち、男たちからイザベラを隠したクラウディアの放った魔法は基本中の基本の光で周囲を明るくするだけの物、態々手袋を使った魔術印で初級の火の魔法を唱えながら、彼女は無詠唱で魔法を発動させていたのだ。

 しかもかなりの魔力を込めて発現させたのは一瞬の閃光を生み出すイメージ。カメラのフラッシュの100倍のイメージで相手の目を潰していく方法は以前から何度も試していたからこそ、即座に発動が出来たのだ、もしも暴漢などに掴まえられたら拙いと判断してシミュレーションを繰り返していた通りに淡々と工程をこなすように彼女は攻撃を繰り出しただけなのだが、たった五歳にしてこのような事を考えていたのは前世での死因が原因だったのは言うまでもない。

 次々と手袋を使って魔術印を結び魔術を発動させていくのは一気に畳み掛ける事で制圧する為だった。殺してしまうのが最も安全だとは判っていても捕縛する方向で対処を進めていった。その後の背後関係その他を捜査する事を考えても、自分の精神的な負担を考えても捕縛が最も適しているからだ。即座に発動できそうな魔術だけだと心もとないが、既に目を潰してある為に二人を落とし穴に嵌めて埋め空気を操って気絶させるのは然程手間ではなかった。


「ふぅ、これでいいわ、イザベラ大丈夫?」

「ふぐっ、うぇっぐ、だ、大丈夫、クラウディアちゃんはなんとも無かったの?」


 緊張から開放されて泣きじゃくるイザベラを抱きしめて落ち着かせていると、屋敷の方から騒ぎに慌てた大人たちが走ってくるのが見えた。


「ええ、大丈夫よ、友達ですもの、私の事はクラウディアって呼んでよ、ね?」

「う、うん、クラウディア、大好き!」

 ――ま、まあ五歳の女の子のいう大好きだもの、問題はないわよ、ちょっとドキっとしちゃったけど、大丈夫よ、私はノーマルだったもの……でもこの可愛い妖精に大好きって迫られたら落ちそうだわぁ。


 そして同時に思い出したのであった、抱きつく妖精のようなイザベラの設定というか悪役令嬢になるきっかけだった事について。


 ――そういえばこの事件を切欠に人間不信に陥ったイザベラは屋敷に篭りだして悪役令嬢へと進む筈だったわよね……あ! 私ってばやっちゃったかも……でもでも、こんな天使を悪役令嬢にするのは勿体無いものね、どうせゲームは所詮ゲームよ! それにあのイザベラって実は貴族的に考えてたら毒殺を謀ることもやり過ぎではあるけど、そうした社会では普通といえば普通だし、ちょっかいだしたのって……主人公なのよねぇ。現実とゲームは違うから気にしてなかったけど、そりゃ婚約者を奪われて、しかも相手が王族ともなれば毒殺ぐらいするわよね、私なんて勘違いで刺されたぐらいだもん。


こうして彼女はゲームの世界だと知って尚あくまでゲーム時代の想い出は想い出として封印する事にしたのである。といっても役に立つ知識は使う気はまんまんだったところは逞し過ぎて少々、いや引くかもしれないが、何度も言うけれど彼女は勘違いで殺された悲しい過去を持つが故に生に対して真剣なのである。


 ゲームとしてならFPの事を彼女は愛していると明言していた、攻略できるキャラに対しての愛情はそれはそれは深かったが、飽くまでもそれはゲームだったからであり、冷静に現状を振り返ってみれば攻略対象でも、ライバルキャラでもない転生は普通に考えて有難かった、なにせ、殺される可能性がないのだから。この時既に本来は主人公キャラの後ろで時折「お嬢様しっかりなさいませ」とだけの人生からは大きく踏み外していたのだが、その踏み外した先から更に跳躍して悪役令嬢予定のイザベラの親友になっている事を見事に思考していなかったクラウディアであった。ある意味で自らの選択した人生の岐路で悉く根性と努力のいる道を選択し続ける彼女は、モブキャラでいた時よりも確実に様々な出来事に巻き込まれるサブキャラ的な立ち位置へと見事にジョブチェンジを果たしていたのだが、この時はただ現実だものと自らの選択を肯定し続けていた為に気がつかなかった、恐らく気がつくのはもっと大事に巻き込まれてからだろう。



 ◆◇◆          ◆◇◆          ◆◇◆



 ――クラウディアとイザベラが親友となってから一週間後。


 王都にあるクラウディアの住まう屋敷に一人の使者が訪れる。屋敷の前に停車した最新の大型魔導具である魔導馬車(ゴーレムコーチ)の正面に掲げられた紋章には獅子と竜それに青く輝く宝石と魔術の杖の意匠がされており、この魔導馬車がフューゲル公爵家所有である事を示していた。つまりは訪れた使者がこの国の宰相を務める人物であるということだった。豪商であるクラウディアの実家シーレ商会と言えどもそう頻繁に公爵家クラスの家からの使いは訪れない。そもそも商会に用事があるのであれば、昼間は父アンドレアスのいるシーレ商会本店を訪ねる筈なので異例と言える。

 しかしそこは王国一の豪商であるシーレ家、突然の使者にも慌てずに家令が対応をしたのだが、そこにクラウディアが呼び出される事になったので彼女も驚いた。それなりに五歳にして神童と謳われるだけあって様々なお誘いなどは受ける身ではあるが、先週に公爵家の茶会に訪れたばかりであっただけに彼女は首を傾げながらも応接室へと赴き、部屋に入ると見事な所作でカーテシーをして使者に対応した。普通の使者ならばそこまでする必要もなかったのであるが、だれがどう見てもその使者が一介家人ではない事は明らかだったのである。母も娘の対応をみて安堵している事からクラウディアは警戒をしつつも見事に笑顔で名前をつげて母の横へと移動した。


「これは素敵な挨拶を有難うございます、お嬢様」


 この男性もクラウディアの入室に合わせて立ち上がっており、これもまた見事な所作で膝をついて、クラウディアの片手を取ると騎士の礼をもって挨拶をしたのである。

「こんな素敵な妖精とお近づきになれるなど今日は素敵な役目を頂いてしまいました」


 ――あと十年早く生まれてきたかった!


 彼女が心のなかでそう叫ぶ程にこの男性は全てにおいて洗練されていた。それもその筈で、彼は近衛騎士団の若手で最も優秀な貴族出身者で王族の覚えもよいと評判のジークフリートその人だったのである。


「これは失礼を、私ジークフリート・スマラクト・ライムバッハーと申します、本日は二つの用件をクラウディア嬢へお伝えに参りました」


 ――ハッ? ジークフリートってあの噂のジークフリート様? ど、どうしよう、さ、サインが欲しい! けど頼めない……く、悔しい。真の貴公子と褒め称えられるこの方が目の前にいるというのに……


 ちなみにサインを強請るような習慣はこの国には無いとお伝えしておこう、敢えて似たような行為があるとすれば、男女の間に互いの持ち物、ハンカチーフやストール、手袋等を交換しあう事で愛や友情などを誓う風習はあるのだが彼女はそちら方面に疎かった。真に残念な限りである。


「まず一つ目は急ではあるのですが明後日の王宮で開かれる王妃様主催の茶会へのご招待、すいませんがこちらはご招待といいながら拒否していただくと私が困りますのでお受けいただけると助かります、そしてもう一つは学友としてフューゲル公爵家で共に過ごしていただきたいというものでして、イザベラお嬢様からもこの様にお手紙をお預かりしております」


 流石四十路一歩手前の精神を持ち、且つ様々な経験を積んだ五歳児は驚愕したものの、外見は冷静に首を傾げるだけに留める事に成功していた。彼女は制御に成功した自分自身を今までで――先日の襲撃者撃退時よりも――一番褒めたかった。内心では疑問符の嵐が舞っていたのはどうしようも無かったが……


 ――ちょっと待ちなさいよ、王宮、王妃様、なにそれ、それなんのイベントよ? 貴方が困る前に私が困るわよ! えっとあと手紙ですって……ウッ、これは断れないじゃないの……


 その手紙にはこう書かれている「はいけい、しんあいなるクラウディアへ――ってお父様にじまんしたの、そしたら「イザベラはその子と一緒にお勉強したいのかい」って聞いてくれたの、わたし、もちろんよってこたえたの、だからクラウディアといっしょにすごせることをたのしみにまってます」この手紙を無視できようか、いやそんな事は無理きまっているとクラウディアは早々に抵抗を諦めた。


「父も反対はしないと思います、ですわよねお母様」

「ええ、でも、王宮なんて大丈夫なのかしら……それに一緒に住むって事になれば大変よ?」


 どうせ断れないのだからと母であるエマに告げたが、流石に五歳の娘を手放すに等しい行為だけに悩んでいるようだった。


「大丈夫ですよお母様、ですよねジークフリート様?」

「ええ、ご安心くださいシーレ夫人、一緒に住むといっても使用人としてではないですし、当然こちらに戻るのも融通が出来る話ですよ」


「ほら、そうとなれば早速お父様にお使いをお出しして下さいませお母様、侍女には衣装の準備を頼んでね、ヴォルフ。ジークフリート様はお時間がございますか?」


 てきぱきとした対応にジークフリートは目を大きくするのを抑えるので精一杯だった。この後に控えているのは返事を王城へと持ち帰る事のみ、そこに宰相も王妃もいるのだから、後は自主的な訓練を残すぐらいで別段これといって問題は無かった。


「はい、後はご返事を頂く事だけですから――」

「そうなのですか、では是非我が家のお茶をお飲みになっていって下さいませ、アルマ、お茶菓子と紅茶の用意をお願いしますね、私の好きな組み合わせでいいわ、」


 さらに速度を増す彼女は妖精が不思議な魔法を使って一人の貴婦人を幼子に変えてしまったのではないかとジークフリートは錯覚した程である。さすが騎士団の有望株中々に鋭い、ある意味大正解だった。

 一連の家人の動きをみるだけでたった五歳の女子が何かあればこの様に振舞って普段から指示を出している事が伺いしれた事で、先日起こった公爵家の事件での活躍も単なる噂ではなかったとストン収まりよく理解が出来た。


 ――なるほど、これは噂に違わぬ神童だ……


 ジークフリートはある種の感動すら覚えながらその後の紅茶を味わい、そして驚く。なんだこのお菓子はと。茶の味もすっきりとしつつも深い香りが心地よく、普段自分が口にするものと明らかに何かが違うし、洗練されたこの菓子の味はなんだと驚いた。


「如何でしょうか、その茶葉は私が指示して今度売り出すのですけれど、ジークフリート様のお口に合いますでしょうか?」


 彼女は伊達に貿易会社の現地調達部の統括をしていたのではない。殆どは社会人になってからではあったが、自分の好きな物を海外で買い付け、現地の人間と交渉し、系列会社にその人ありとまで言われたキャリアウーマンだったのだ。彼女の買い付けた茶葉をメインにする専門店は後進でありながら高い評価を受け、同時にその菓子に合うお菓子や軽食なども提案する程であった。

 ここまで出来るのに結婚できなかったのはただ男を見る目が無かった事にも原因はあるが、彼女の時代は恋より仕事という世代だったのだ……詰まらない相手と結婚するぐらいなら独身を貫く、そういう世代だったのだから実際結婚に関してはかなりドライな考えを持っていた。

 そして気がつけば何故か不倫相手と間違えられて命を落としているのだから笑えない結末だったと彼女は未だに自嘲するが、第二の人生でも着実に自重することなく努力と根性、そして才覚を発揮していこうとしていた、全く懲りていないとしか言いようが無い。ただ、少しだけこの人生では幸せを考えたいと思っている事だけは確かだったので進歩はしているのかもしれない。


「いや、これは素晴らしい物に巡りあわせて頂けた、今日という日に感謝を捧げなければなりません」

「そんなに気に入っていただけて嬉しいです、宜しければこちらがその茶葉なのですがお持ち帰りになりになって下さいませ」

「この缶に入っているのですか?」

「ええ、一応は魔導具の瓶に入れて保管し袋に入れて販売するのですが、初回はできるだけその缶にいれてお売りする方針ですの、今急いでそちらの缶にも保存の魔術を付与できるように手配はしているのですが、コスト的な問題もありますから、貴族のお屋敷専用になりそうです、茶葉は保存が大事なのです、日の光や空気、それに水気などは天敵ですわ。」


 実際にはそれ以外にも彼女は茶葉を摘む時期を三つに分けて品種毎に分別をしたり、物によってはブレンドしたりアールグレイのようにフレーバーティーにしたりと改良に勤めたのである。この為に父のアンドレアスが嬉しい悲鳴を上げて過労寸前になるのだがそれはまた別の話。


「なるほど、それでこの密封ができる缶という事ですか……」


 そうだったのかと、とても五歳相手とは思えない話し方でジークフリートは対応していた。既に彼の中でクラウディアは一人の令嬢となっていた。これだけの教養があり、将来が楽しみで仕方がない小さな妖精は、自分よりも優れたところもあり、自然とそうした態度を取っていた。そうした思いやりの篭った態度は自然と相手にも伝わるもので、クラウディアも久しぶりに大人として話せる友人を得た気持ちで幸せだった。

 一つ述べておくとすればジークフリートは十九歳の優秀な青年であり、決して小児性愛者(ペドフィリア)でも幼女偏愛主義者(ロリータ)でも無いという事だろうか、ただ彼が帰宅した後に自己嫌悪に陥ったかどうかは真相は本人しかしらないとしておこう。

 そんな優雅な時間を素敵な騎士と過ごしていたのだが、商会へ送った使いから返事ではなく当の父が慌てて帰ってきた事で終わりを告げられてしまうのだった。

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