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01 三つ子の魂は死んでもそうそう変わらない。

 華やかな庭園、春の到来を祝う事を目的としたフューゲル公爵夫人の催す茶会。ヴァイス王国の妙齢な女性にとっては憧れの場であるのだが、少女というにもまだ幼いかもしれない彼女には退屈で仕方がなかった。実際に大人の中に入って談笑でもすれば別なのだろうが、五歳の少女がそんな真似が出来る筈も無く、ただ一人ちょこんと椅子に座り、上品に紅茶を頂きながらクッキーを時折頬張るだけ、そんな彼女に一人の少女が声を掛けたのが物語りの始まりだった。


「ねえ、あなた、ザフマス様のお弟子様なんでしょ、一緒に遊びましょう、ここに居てもつまらないでしょ?」


 華やかな桃色と白色のフリルが重なり合った衣装の似合う少女は主催者であるフューゲル公爵夫人を小さくしたような容姿であり、クルクルと巻かれた金色の髪は日の光を受けて煌き、透き通るような肌は生まれたての肌のままで、白く肌理細やかで陶磁器を思わせる、まるで御伽噺の絵本で見るような妖精のお姫様のようだった。そして誘われた少女もそれに負けず劣らずの容姿をしていて可憐な少女に見えたが、少女より幾分かシンプルな水色のドレスを着ている、そして髪は同じ金髪だが結い上げて少し大人びた印象を見るものに与えていた。所作も洗練されていて、先ほどの少女よりも落ち着きがあった。それもその筈で、彼女は貴族ではないのだが王家の御用商人を勤める豪商の一人娘でこの国一番の神童と名高い少女だった。


「うん、そうしましょう、退屈してたの」


 御伽噺の妖精のような少女に声を掛けられた事に一瞬驚きを見せた少女だったが、退屈していた所だったのだろう、二つ返事で席を立つと手に手をとって駆け出していた。その光景は柔らかい春の日差しの中に現れた御伽噺のように見える。そんな貴重時間を齎した少女達がの互いの手を繋いで駆けていくのを夫人達は微笑ましく見守っていた。


 誘われるがままに二人は屋敷の横を過ぎて裏側に回ったのだが、その微笑ましい光景とは裏腹に、一人の少女は冷静に振舞いつつも心が躍っていた。


 ――キャー、なにこの可愛らしい妖精みたいな子、すごいわ、思わず萌え死ぬかと思ったじゃない。流石ね、こんな子が普通に居たら天使だと思っちゃうもの、貴族って凄いのねえ。まぁ退屈な茶会でお茶を飲みすぎるよりはこの子と友達になった方が将来に展望が開けそうだもんね。


 などと、心中で意味不明な事や、やたら計算高い事を考えながら歩いていたのだが、それを知るものは誰も居なかった。唯一両親が変な事をしでかさないかという心配だけはしていたようだが……


 さて、可憐に見えた神童と云われる少女なのだけれども、もうお解りの事だと思うが、可憐なその見た目と違い中身が残念だった、その一言がもっとも彼女を表す言葉だろう。だからと言って残念と云うのは変人だとか性格が最悪だと云うのではない――変人は否定し難い所があるかもしれないが――ただ公爵令嬢に負けず劣らずの物凄く可愛らしい外見なのにも関わらず極端な程に夢を見ない少女だったのだ。外見は幼い五歳の少女なのに、中身は三十歳を過ぎたキャリアウーマンのように現実を見据えた行動と言動を繰り返す彼女。その原因はたった一つしかない、実際に彼女は四十路に届こうかという心と記憶を持っているのだから致し方ない事だった。

 転生者でありながらも彼女は今日という日が訪れるまで気が付いていなかった。生まれた瞬間から二度目の人生であるとは知っていて理解もし、生きる努力に全力で取り組んでいても、そこが自分がプレイした事のある『Five Prince―私を手折る王子様―』という乙女ゲームの原作世界であるなど露程にも思わなかった。


 ここで少し彼女の前世を振り返ってみたい、趣味が悪いと云わないで頂きたい、この事実を知るか否かで彼女に対する印象はガラリと変わるので仕方がないのである。彼女が濡れ衣で不倫相手と勘違いされた上に突然鬼女と化した会社の同僚(三十四歳)の奥さん(三十歳)から刺されて死亡するよりも前の話である。

 前世の勤め先である貿易会社の誰も知らなかった彼女の密かな楽しみ、五人の王子様を巡っての愛をテーマにした恋愛シミュレーションゲーム、全てのルートは勿論攻略し、ファンディスクから特典封入のバージョン違いまで、普段友人の一人も訪れないマンションの一室にはその手のグッズが鑑賞出来る様に飾られ、その内容はポスターに枕カバー、フィギュアに至るまで多岐に及んだ。

 しかしFP話で盛り上がることが出来る知り合いは会社にはいなかった、いや、事務方の女子社員の数人が盛り上がっているのは知っていたが、彼女は現地調達部の管理職という立場に加えて10歳近い年齢差から声を掛けられず、聞き耳を立てては心の中で共感を抱くのみであった。「あれやっぱり最高よね、カールが私は好みぃ」『そうそう駄目な男を立て直すのよねぇ』「甘いわ、あの病弱なミヒェルを支えるのが愛よ」『あーちょっと萌えちゃうわよね、健気に頑張る姿って最高よね』「何いってるの騎士になりたいレオン様を王にするのに、あの挫折から支えるのがいいんじゃない」『ツンデレも入っていいけど、ちょっと子供、でもそこが母性愛を擽るのよね』「クーデレに決まってるでしょ」「いやいや、真のツンデレの第二王子」『争いじゃあないの、個別ルートのみだからこそ、彼らに愛されるのよ!』つまり全員好みだっただけなのだが……判って貰えるだろうか、彼女は本当は彼女達と話したかった、だが、高級ブランドスーツを着こなし、仕事の出来るキャリアウーマンと憧れられている為にそのイメージを壊してまで暴露するのが申し訳なく、そして恐ろしかったのだ。だから彼女がその自分の趣味を話題に語り合うのはネットでの知り合いのみだった。

 さて、それでは何故、それ程までにこの作品を愛していた彼女が――前世の終焉を迎えるより前の3年間は帰宅後の鑑賞時間、それだけが彼女の楽しみだったのだ――そこまで嵌っていたにも関わらず何故その世界にいる事に気がつけなかったか、それは国名があまりに普通すぎてプレイ時代に気にも留めなかった事と、これまで二度目の生を生き抜くことに目標に全力を注いできた事、そしてその途中である五歳と言う年齢も考えに入れる必要はあるだろう。そして仕事は出来るのに関わらず――私生活が男性経験を含めて全くもって壊滅的だった――何処か抜けている自分らしい間抜けさだったと、この後に彼女が思った事を想像するのは容易い事だと思うがどうだろうか。



 二人の妖精のような少女達が屋敷の裏手にある庭園の奥に着てから数分後――

 今この瞬間、クラウディアは頭を抱えたかった、自分の間抜けさと無謀な行動についてでは無かったし、せめて……悪役でも構わないのに、どうして自分は婚姻可能な貴族に生まれなかったのか、などという問題でもない――いや実際にはそれも頭を過ぎったのだが――それよりも今はどうやって妖精のような令嬢を不審者から守り抜くかが問題だった。


 ――数分前。


「クソ、こんなのがいるだなんて聞いてねえぞ」


 そんな風に背の高い男が呟くのが聞こえる。昼間にも関わらず黒い装束に覆面、更にはこの公爵家の中で聞くには不適当な言葉遣い。明らかな不審者の登場であった。


「だが高々こんなガキ一人さっさと片付けろ、なんだったら一緒に攫って売り飛ばせよ」


 小柄な男はそれに苛立ちを隠さず命令する様に背の高い奴に言い放つ。どうやら連携は一切取れていないらしい。勿論背の高い男はムッとした目つきに変わる。


「ならお前がやれよ」


 二人組みの襲撃者が現れたのは公爵令嬢を狙っての事だった――二度目の人生を歩み始め自分の立てた目標に邁進していた彼女だったが、五年振りにカチリと頭のピースが填まった瞬間だった。

 この茶会に訪れてからの違和感、『フューゲル公爵家』『イザベル』『ヴァイス王国』『令嬢』『クラウディア』というキーワード達が頭の中で整理されたのだった。

「ッ!」


 ――アッ! アァーっ! 何でよ、私……背景キャラだなんて!


 なんとか自制心を最大限に発揮した彼女だが心のなかではあらん限りの大声を上げて叫んでいた。まさか自分があのFPの世界に居ただなんて……その上で役所が、所謂モブ一歩手前のセリフ数も少なく、サブキャラにもならない“あの”クラウディアだったなんて……

 彼女のセリフと言えば『お嬢様しっかりなさいませ』と主人公を時折励ますだけのキャラ。いや、正直に言って完全なモブに過ぎないではないか……そう、クラウディアの立ち位置は主人公の親友という名のモブキャラだった。その現実を受け入れるだけで彼女の精神値はガリガリと削れてしまい、襲撃されているのでなければ跪くところだった。それほどにショックだったがクラウディアは膝をつけない状況だったのだ。


 ――トコトンついてないのね、わたしって!


 そう悪態をついたのも彼女の過去を知っていれば物凄く納得がいく……どころか少々哀れになる。


 ――なんて事、何処かで聞いた家の茶会だと思ったら、まさか悪役令嬢のイザベルの実家だとは、クッ、五年の月日で私の愛も薄れていたのかしら。でもこの話は知ってるわ、敵対する公爵家の犯行なのよね、でも確か……誘拐される寸前で助けが入るのって、部屋に閉じこもっていたからの筈だわ、スチルはイザベルの部屋であって、こんな庭の隅で襲われるなんてシーンじゃなかったわよ!?


 その記憶と現実との齟齬の原因がまさか自分にあると思わないクラウディア、彼女は兎に角この場を何とかする為に自分が敵を倒す事を決意した。たった五歳の少女ではあるが、伊達に残念系と言う訳ではなかった。

 彼女が二度目の人生をスタートするに当たって大事にしてきた事、それは戦闘力、日本に生まれなかったのだから、自分の身は自分で守る術を手に入れる事だった。幸いな事に実家は裕福な商家であり、彼女の希望は大抵の事なら叶えられた、それが娘の才能を伸ばす物になるならばという親心によって。

 両親も妙に大人びた考えを持つ娘にどう接するか迷っていたのである、だがクラウディアは魔法の書物を見つけるや否や実践して見せた天才だった、ならばと両親は次から次へと必要な物があれば金貨を使おうが取り寄せ、時には高名な宮廷魔導師を招いたりして娘の成長を喜んでいた。そんな生活を2年も続ければ、ちょっとした天才児が生まれていてもなんら不思議は無かった。

 蝶よ花よと可愛がられて育つ事も出来たと云うにも関わらず、彼女の選んだ道は努力と根性の道だったのである、「このワーカーホリックが」と前世のネットの仲間が見たら叫んでいただろう。だがそれが今後の彼女の一生を左右するほどの決断だったとは本人は勿論彼女を見守る神が居たとしても想像出来なかっただろう。

 今彼女の前には怯えた兎のように固まったイザベルがいる。このイザベルの性格もそれまでクラウディアとなった彼女がFP世界だと気付かせなかった原因の一つでもあった。何しろフワフワとした性格で折角の同い年なのだからと退屈そうにしていたクラウディアをこの庭園へ連れてきてくれたのは彼女だったのだ。

 そして何の力もないのに関わらず、彼女はクラウディアを守ろうと前に立ち固まったのだ、確かに同じ宮廷魔導師を師に持ち授業は受けていて、その縁でこうして茶会にも招かれたのではあるが、中身が四十歳近いワーカーホリック気質な彼女と年齢そのままの五歳児のイザベルでは――才能はどうか判らないが――実力は遥かにクラウディアが上、なのにも関わらずこのような行動を取るのは、貴族の矜持なのだろうかとクラウディアは考えた。しかしその考えはたった一言で打ち砕かれてしまう。


「クラウディアちゃん逃げて、この人たちは屋敷(うち)の人じゃないわ、絶対、絶対に友達を傷つけさせたりしないんだから!」


 精一杯の声、震えながらも友達だとクラウディアの事を逃がそうとする健気さに心臓にナイフが突き刺さったようだった。両手を広げて不審者から背後のクラウディアを守ろうとするイザベルだったが彼女の気力はそこまでだった。そして場面は先ほどの対峙へと進む。



「駄目よ、イザベル、友達ならば尚の事私は逃げられないわ、ねえ、そうでしょう」


 イザベルの気持ちを知ってしまったからだけではないが、今度は自分の番よと言わんばかりに魔力を溢れさせながらクラウディアは足を一歩前へと踏み出した。

 無謀にも見える行為だった、たった五歳の少女が互いを守る為に前に出たのである、それが普通の五歳児だったならばという一文が必要ではあったが。即決即断、クラウディアは前に出てイザベルの目の前に立つと同時に怯えもせずに手袋の魔術印を結び、イザベルも知る最も単純な呪文を唱えた。

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