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泡沫アグリゲート-Ideal desire dreams-  作者: 紀悠
Ⅰ頁目*神領リコノスク
6/7

私の眼には見えていた

「……、ぅ」

 湿気の多い、重たい空気。暗い部屋の隅には簡素なベッド。……じっとりとした嫌な臭い。寝覚めの悪い起床に早苗は眉をしかめ、そして自分の置かれている状況を思い出し始めた。

 分厚いカーテンは所々ほつれ、かすかな光がほんの少し漏れるだけで部屋の照明がわりにはならない。軋む床と生活感の無い空間。空き家か何かだろうか?体を起こそうと身をよじると手を後ろで縛られているのが分かり、瞬時に冷や汗が垂れる。

(……連れ去られた、)

 誘拐、という単語は早苗の過去の傷を抉る。自然と心臓は早鐘を打ち、全神経に危険信号を発信する。落ち着け、おちつけ、と強く目をつぶれば、消えた視覚を補うように聴覚が発達する。

 ……足音。

 あの時と似ている。ほぼ一緒だ。忘れるわけがない。思い出すまいと記憶の奥へ追いやったものが階段をゆっくり登り近づいてくる。

(でも、あの時とは、もう……違う……)

 ただ震えて怯えているだけなんて、嫌だ。

 ……あの時、あたしはあの場から、どうやって逃げたんだっけ?




 ぎしり。

 大きな人の影が早苗の横たわるベッドの前に現れる。薄暗い部屋である程度目を馴らした早苗はその人の顔をきつく睨み付ける。男だ。自分より遥かに年上かと思われる。

「おはよう、よく眠れたかい」

 低く少しがさついた声が鼓膜を震わせ、背筋に悪寒が走る。無理に優しく取り繕うとする声音が酷く気持ち悪かった。

「…………」

「おや、まだ寝起きかな。いいよいいよ、無理に起きなくてもね」

 早苗には直感で、こいつが8年前に自分をさらった犯人だと分かった。声まではさすがに覚えていないがそう確信する。きっとこいつは今までずっと警察の目を掻い潜りどこかで身を潜めていた。そしてまたこうして犯罪を働こうとしているのだ!

「……帰して」

「お?」

「あなたなんかの言いなりにはならない。早くここから出して」

「そんなぁ、ここまで連れてきておいてすぐ外へ出すわけ無いじゃないか。お楽しみはもっとこれからだよぉ」

「……気持ち悪い」

「ふふ、ほめ言葉だね」

 歯軋りをし、吐き気を押さえながら早苗は辺りを見回し考える。脱出方法、こいつを倒す方法。助けを呼ぶ方法。

「無駄だよ。この場所は余程のことがあっても人が目をつけるような所じゃない」

 重たく地面を引きずる扉を閉め、ベッドに近づく男。早苗は必死でもがき腕の解放を試みる、がやはりそこまで甘く縄がほどける訳もない。

「可愛いなぁ、ずいぶんと大人になって……綺麗になったね」

 息を荒げ上に覆い被さろうとする男に、早苗は半ば勢いで蹴りを入れる。たまたま当たりどころが悪かったか、男は鈍い声を上げ腹を押さえた。

「……っ近づかないで!離れて!さっさとあたしの前から消えてよ!!」

「……っぐぅ」

 それを境に男の目から穏やかさが消え、途端に表情が険しくなる。無理やり早苗の上に乗り首を掴むと取り出した小さなナイフをちらつかせた。

「せっかく優しくしてあげようかと思ったけど……くそ……でもまあそういうプレイもぼくは嫌いじゃないよ……!」

「っ、嫌っ……!」

 死にたくない。こんな所で、こんなやつに殺されたくない!

 必死に涙をこらえているのに、体は言うことをきかない。あの時の恐怖が、思考を支配する。

 ノイズの走る記憶の中にはつい最近のものもあって、ぐるぐる混ざっては消え、それはまるで走馬灯のようで。

(、きょうは、何をしようとして、た、?)


『早苗』


 あぁそうだ、今日は美涼と遊ぶんだった。約束してた。和菓子屋に行こうって。美涼の家へ、美涼を迎えに行こうとしてた。


『――早苗!』


 太陽のような笑みが、記憶の中で花開く。もうだいぶ見慣れた眩しい笑顔だ。でもこれは何か違和感がある。

(あ、そうか……)




「……ぅ、」

「っなんだ、急に大人しく……」

「……ちがう、みすずは……あたしのこと、名前でよばない……っ」

『……』

「美涼は、あたしのことを、『さなえ』って、名前で呼んだことないっ、」

「な、何言って……」

「そう、正解。某は君のこと、名前で呼ばなーい」




 ……?

「ッぃやああああああああああああああああ!?!??!?!??」

「うおあああああああああああああ!?!?!?!?」

「うわーーーーーーーー!!!!!???」

 真隣から聞こえた声に驚き大声を上げた早苗と、それに驚き叫ぶ男と、便乗して声を張り上げる美涼。男は思わずバランスを崩しベッドから転げ落ちた。

「すごい!大声選手権がやってたらぶっちぎり優勝だね、アル!」

 ぱちぱちと呑気に手を打つ美涼は相変わらず満面の笑みを浮かべ、極めていつものように早苗の目の前に現れた。今は早苗の目線より上に、ほんの少し浮いている。

「なん、な、なっ、え!?なんで、なんで!?」

「あーよかったよかった!アルが死んじゃう前にもう一度会えて本当よかったよ!……いや勝手に死なすのはどうかと思うな。うん、まあそれはそれとして。結構当てずっぽうでここまで来たけど意外といけるもんだ!」

「ど、して、え……!?」

 ぎゅ、と強く抱き締められ困惑する早苗に、「ほんとうによかった」と美涼は心からの言葉を吐き出す。穏やかで、優しげなその声に早苗の瞳が潤んだ。

「っおおい、何だよ!?急に大声出すな!びっくりするだろ、ふ、ふざけるな!」

 尻をさすり金切り声を上げる男の方を向き、美涼はやってしまったという風に舌を出す。

「あ、そかそか。あの人には某のこと見えてないんだっけか、ちょっと待ってね~……ムムッ!!」

「っひ、ひぃぃぃ!?」

 ぽん、と美涼が飛び跳ねた直後――早苗にはその違いが分からなかったが、男は目を見開き情けない声を上げた。

「み、見えてるの?あいつにも……」

「うん!多分!なんかこう、ぽーんって爆発するイメージで力を溜めたら、なんでか他の人にもちょっとだけ見えるようになるみたい!!」

 マッスルパワーだ!!とはしゃぐ美涼の横でこの場の危機感を忘れそうになった早苗は、男が起き上がったのを見て小さな悲鳴を漏らした。

「くそっ……くそくそくそ……っ怪我しちまったじゃないか……くそ……!いたい……この野郎……ころす、殺してやるぅうぅう!!」

 焦点の定まらない目で二人を睨む男は危なげにナイフを振りまわす。状況を察した美涼は「逃げよう!」と早苗を起こそうとし、そこで初めて後ろ手に縛られた縄に気づいた。

「美涼先に行って!来る!あいつが!!」

「やだよ!先にほどくから待って!」

「だってみすっ、後ろ!!」

 美涼が振り向いた先には勢い任せに掲げられた切っ先が迫り――咄嗟に早苗を庇った美涼の頬に鮮やかな赤が引かれる。

「ぃ、つ!」

 はらり、空に舞う三つ編みと血の水玉が輝き、それに一瞬だけ目を奪われた早苗は無意識に飛び出し男めがけ渾身の体当たりを繰り出した。

「うぅ、うっ!」

 壁に追いやられた男は頭を打ったかその場に沈む。我に返った早苗は息を荒げ、そしていつの間にか両手が自由になっていたことに気づいた。

「すごいすごい、やるじゃん!」

 呆気にとられる早苗に、美涼は今度こそ、と手を握った。

「ぁ、う、や、」

「そんな顔しないでよ!怖いのは某も一緒だから……でも大丈夫、アルが笑ってくれれば、某も大丈夫になるから!」




「だから、大丈夫。絶対に、絶対に、わたしがあなたを守ってあげる」




 ――眩しいなぁ。

 君はそうやってあの時も、その笑顔と一緒にあたしの手を引いていったんだ。






***********






 ぽろり。

(ああ、おもいだした、おもいだした)

 8年前のあの日。少女誘拐事件の渦中にいた、被害者だった少女──早苗。

 見知らぬ男に連れられ、空き家での軟禁。幼い子供には何時間にも感じるくらいの恐怖と不安。ただ泣きじゃくるしかなかった早苗の前に何の前触れもなく現れたそれは、輝く金髪を持った同い年くらいの少女。

 早苗はその時、彼女が本当に光って見えた、と心の底で思った。妖精か、天使か何かかとも思った。そしてその少女は「逃げよう」と名も知らぬ早苗に手を差し出したのだ。

 怖いという感情に囚われ動かない足を見て、少女は困ったように眉を下げる。片方だけの三つ編みを指先で弄り何かを考えた後、すぐにまた笑顔に戻った。

「怖いのはわたしも一緒だよ。でも、でも大丈夫!わたしと一緒にがんばろう!」

「でも、でも……」

「大丈夫。絶対に、わたしがあなたを守ってあげる。やくそくだから」

 眩しくて眩しくて、力強い笑顔。太陽のような暖かさを持ったその少女に手を引かれ、なんとか空き家を出た早苗はその後無事に保護された。しかし心に取り付いた靄は確実に彼女を蝕み、早苗は事件についてのあらゆる記憶をその少女共々奥底へ堅く封じ込めてしまったのだった。






 ぽろり、ぽろり。

 懐かしい記憶の粒が溢れて、それは止まらなかった。今、またこうして握ってくれた美涼の手の温かさを今度こそ忘れないように、しっかり胸に刻んだ。

 外に出るといつやって来たのか救急車とパトカーが数台道路を占拠していた。二人が玄関を飛び出したのと入れ替わりで武装した警官が中へ飛び込んでいく。群がるように大人に囲まれ、握っていた手が離れてしまうのを早苗は朧気に感じた。

 張り詰めていたなにかがぷつんと切れて、そこからの記憶はとてもふわふわしていた。警官に状況説明を促され、あとからやってきた母親には痛いくらいに抱き締められた。懐かしい、と思い出せはしないくらい久々の抱擁で、でもいつまでも離れようとしない母の腕がずっと震えていたのが悲しいくらいに伝わった。

 中で一悶着あったであろう、あの男は気絶したまま運び出されそのままパトカーに乗せられ……それを遠くから見ていたある人物を見つけた早苗は様子を伺って一度その場から逃げ出した。




「無事で良かったわ」

 美涼の母はいつもと変わらぬ優しい笑みで早苗の手を握る。暖かな感触が美涼と同じで、ああ、親子だなぁとその時初めて思った。

「……あなたが、呼んでくれたんですね。警察……」

「ええ。美涼がいつになく真面目な顔をしてたから。何か大変なことが起こるかも、って思ったの」

 そういえば過去にもそんなことがあったわ。そう言って彼女は遠く空の彼方を見つめる。それはきっとあの事件の日のことだろうか。

 あの時も、美涼は何か起こるだろうと直感で予測しあの家にいたのだろうか?

 …………

「美涼は、どこにいますか?」

 手が離れ、はぐれてしまってから彼女の姿を見ていない。美涼の母は一瞬だけ目を泳がせ「ちょっと今はいないみたい」と苦笑する。

「お礼を、言いたかったんです。色々、たくさん」

「あとでちゃんと伝えておくわ」




 礼を言い、名前を呼ばれ戻る早苗を見送り、美涼の母は悲しげに目をつぶった。

「これで良かったのかしら?」

 ――隣で一部始終を見守っていた美涼は、しばらく何も言わず早苗だけを見つめていて。やがて一つ頷いた美涼はいつものように笑顔だった。

「いいんだよ。アルにはもう、某は必要ないんだよ。多分ね」

「でも、忘れてなかったわ」

「今はね!そのうちきっと忘れるさ」

 最初からなんもなかったみたいにね。

 

 思わず自身を抱き締める母の温もりが言わんとしていることをなんとなく感じた美涼は、「大丈夫、」と自分に言い聞かせるように呟いた。






***********






 犯人逮捕のニュースが流れたのはそれからまたしばらくしてから。

 夏休み終わりかけでまさかやり忘れた作文課題があるとは思わず、初めて母さんと共同作業で課題を終わらせた。

「今度の連休。どこか行こうかと思って」

 目を丸くする、をリアルに体験したのはこれがまだ数回目だ。申し訳なさそうにうつむく母さんは、原稿用紙を見つめながら向かいの席で苦笑する。今更なにをそんな、と私に責められたかのように。

「……珍しいね」

「そうね。でも、もっとみんなとの時間、作らなきゃと思って。お父さんにも聞いてみるわ」

「……忙しそうだけどね」

「お休みくらい取らせてくれる仕事場だとは思うわよ」

 まだ少し、慣れない。一度手放した家族の在り方を、感覚を。元に戻すには時間がかかるかもしれない。

 それでもどこか、心の中に溜まっていた靄がちょっとずつ消えていくような気がして、私はいいよと端的に返すと照れを隠すようにペンを走らせた。




 あれから、ほんの些細な小さなこと……本当に些細なことではあったが、確かに変化はあった。私は(恐らく)初めて、あの二人の誘いを断らなかったのである。

「……うん。いいよ。帰りに……あたしの、おすすめのお店があるの」

 これには向こうが逆に驚いてしまって、ポカンと開けた口から何か出てきそうだ、などと訳の分からないことを想像してしまったくらいだ。

「チヨ、聞いたか、あの早苗ちんが、ついに!」

「ついにってなんやねん!いやまあそやけど!え、いいん?うちら、連れてってくれるん?」

 ほんとにいいよと念押しすればやっと二人も一息ついて、「やっぱり良い子じゃん」と茶織……ナサが頷いた。

「やったね!じゃあさっそく行こう!プリクラとんない?記念記念!」

「うっさいわ!初っぱなから早苗ちゃんにハードル高いこと要求すな!」

 変わらない二人の漫才が、今までと違って見えるのは気のせいかなぁ。思わずくすりと吹き出した私を見て「あ」とチヨがにかりと笑う。

「早苗ちゃん、笑ってる方が倍かわええで。きらっきらしとるよ」

 ……どうしてそういうことを惜しげもなく言える?誉められることに対しての耐性を持っていない私は火照る頬をおさえ「……うるさい」と顔を隠す他なかった。






***********






 夏が終わり、また新学期が始まる。

 ホームルームを終え部室へ寄った早苗は一人黙々と片付けに勤しんだ。

 ――あれから早苗はキャンバスを一つ増やし、空いた時間を費やし新作に励んでいた。ほとんど描き終わりに近いその絵の仕上げをしていると、珍しく多河先輩にも絶賛された。

「とても素敵ね。前みたいな、端から端まで完成された完璧さは少~し無くなったけど、より人間らしい雑さが見られる。早苗ちゃんのその内面の『感情』をもっと見たいと思わせてくれる良い作品ね。完成が楽しみだわ」

 キャンバスの中央には金髪の少女が一人。頬杖をついて窓の外を眺める横顔はどんな言葉で表現すればいいか難しいが、それでいて緩やかな空気に包まれているような暖かい眼をしている。

 あの多河先輩に褒められたというだけでも充分すぎる褒美だが、それ以上に自分がこの絵を描いていられるという達成感が何より嬉しかった。純粋に楽しいと思いながら絵を描いたのはとても久しい。残念ながらこの少女のモデルになった被写体とは、これを描いている途中に直接話すことは無かったのだけど。

(……この子、は)

 ………………。




 夕日を浴びてキャンバスが明るく染まる。黄色の絵の具が輝くように光を増す。換気の為にと開けっ放しにした窓からはまだ少し蒸し暑い風が入り込んでくる。

 時々手を止めキャンバスを見ると、今までずっと描いていた横顔が変わらずそこにある。絵が勝手に動くわけないもんね、と一人適当に納得し片付けを続けていると、唐突に外から強い風が吹き抜け思わずスカートの端を押さえた。




「おやすごい。なんて綺麗な絵なんだろう。まるでどこかで見たことあるようだなぁ」




 ぴたり。動きを封じられたかのように身体が硬直する。早苗は持っていた筆を握りしめたまま、思わず声をあげてしまいそうになるのを抑える。

 この声には聞き覚えがある……なんて、そんなレベルの話ではないのだ。

「はあ、なるほどね。ふーん……とても似ている、この子。いや気のせいかな?だってわたし、なんも聞いてないし。モデルになった覚えもない。でもすごく似てる。さすがは美少女、親譲り!」

 そっと後ろを振り向けば、オレンジ色に照らされたキャンバスの少女と、その少女に見劣りしない輝く金髪を持った少女が早苗の絵をまじまじと眺めていた。いつか見たことあるその光景と決定的に違うのは、その少女がキャンバスの少女と同じ三つ編みを持っていないことだ。揃えられた短髪が風に吹かれて揺れている。

「…………」

「あ、これまだ完成してないのか。あ、どうしよう。怒られないかな。さっきちょっと触っちゃった。乾いてたけど。大丈夫かな」

「……あたしの絵、触らないでね。曲がりなりにも作品だから」

 独り言のように呟く少女がこの言葉を誰に向けて発しているのか。自分の読み通りでなくても、早苗はそう返答する。す、と手を止めた少女はその場で何もせず立ち尽くし、それを見た早苗は片付けを再開しながら続けた。

「……夏前に、コンクールに出したあれ。やっぱりダメだった。優秀賞だった。最優秀賞は多河先輩だったよ。人に散々言うくせに、あの人の方がよっぽど常人離れした天才だよ」

「……天才って、人に言われるのは嫌いなくせに」

「そう思ってたけど、別にそんな深く考えることないかな、って思ってさ」

「……どういうこと?」

 しゃがんだまま向きを変えた早苗はまたその少女を見る。少女は──美涼は、少し眉をひそめ不可思議だという風な顔をしていた。あまり見慣れない表情だったので少し面白いなと思ってしまう。

「あたし、純粋に褒められるっていうのに慣れてなかった。なんか気恥ずかしくて。親からもあまりなかったし。だから、天才とか常人以上とか言われても変に捉えちゃって素直に喜べなかった。でもただ皆、褒めてくれてただけなのかなって」

「……ふーん」

「もちろん、中には皮肉でそういうことを言う人もいると思う。結構妬まれたりとかもあったし。でもまあ……そんな風に暗く考えても仕方ないって思えるようになった。どうせなら前向きに、明るく生きたいもんね。きっとあなただったら、そう思うでしょ?」

 だってそういう風に思わせてくれたの、あなたのせいだもん。

 早苗はそう言って美涼に微笑みかける。美涼は顔を伏せ、いつになく重い声音で言葉を吐き出した。

「なんで今まで黙ってたの。本当に忘れられちゃったと思った、また前みたいに、一人になっちゃうと思ってた、なんで、なんでよぉ……」

「え、だってあの後どこにもいなかったから!しばらく連絡もないし、あたしこそ本当に消えちゃったかと思ってた。けど、絶対どこかにいるんだろうって信じて、だからあたしはあなたを忘れないようにあれを描いてたの!」

「あ、やっぱりあれ某がモデルなんだ!?わ、わお……!?まさかの読みが当たってた……!さすが美少女……違う!話を逸らすな!ずっとそばにいたよう!でもなんか前と違って変わっちゃった感じがして話しかけ辛くて……見えなく……なっ……ぢゃ……うえええん!!」

 顔を赤らめ泣き出した美涼を早苗はそっと抱きしめる。ありがとう、また会えてよかった。優しく、それでも確かに強く、早苗は感謝の気持ちをしっかり告げる。美涼はしばらく子供のように泣きじゃくり、それでいて一度も早苗から離れなかった。

「これ、ちゃんと美涼に見せられてよかった。良い被写体。とても楽しかった。人間を描くのも、悪いものじゃないね」






***********






「そういえば、前言ってた約束覚えてる?」

「え、なんだっけ……?某なんか言ってた?」

「和菓子屋。連れてってくれるって言ってたじゃない。帰りに寄ろうよ」

「……イイね!行こう!お腹空いてきたよ!」

「相変わらず切り替えの早い……」

 ため息をつき呆れる早苗に、「あっ」と声を上げた美涼が問いかける。

「ねえねえアル」

「何ですか、美涼殿」

「覚えてるか分からないけどー……アル、子供の時に某のことなんて呼んでたか知ってる?」

 それはあの8年前の?と聞くと、そうだよ!と美涼は笑顔を見せる。

「『太陽の子』だよ。アル、あれから某と別れて周りの人に色々話を聞かれた時、たいようのこって、某のことをずーっとそう呼んでたんだ!」

「──なるほど、」

 この顔を見てると、確かにそれが正解だ。心の底からそう思えたのだ。











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