天使の羽休め
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柳 雄也はただの高校生ではない。
思春期真っ盛り、脳内は常にエロいことしか考えていない男子高校生ではないのだ。
彼は『死神』と呼ばれる孤高の剣士だった――――――
「今日こそは観念して貰うぞ!!『死神』!!」
赤いレンジャースーツを身に纏った男がコートの男、『死神』に叫ぶ。
『死神』と呼ばれる男と赤いレンジャースーツの男は向かい合う形で対峙していた。否、赤いレンジャースーツの男は一人ではなかった。
黒、黄、緑、青の色の同じタイプのレンジャースーツを着ている男女四人が赤を中心として並んでいた。
「……俺と戦うつもりか?」
「そうだ!!今までは逃がしてしまったが今度こそ逃がさん!」
赤の勢いある声に同調するように黒、青、黄、緑も続ける。
「今回で幕引きだ」
「今までの罪全部償わせてやるわ!!」
「ふふふ、長かったわねぇ」
「オイラ、負けねーッすよ!!!」
その言葉に死神は一言で開戦の合図をする。
「……貴様らに『死』を見せてやろう」
「お疲れ様です、雄也様」
「……ああ」
部下の挨拶に軽く返事をして、いつものように父に報告へ赴く。
レンジャーとの戦闘はあっさりと終了した。正直、ここまでてこずらないと罠か何かだと疑いたくなってしまったが、そんなことも無かった。
(あれはリーダーに問題あるよなぁ)
赤はやたらと真っ直ぐ突っ込みたがるので、他のメンバーもフォローに走ると結局直線的な攻撃になって、簡単に対処できてしまうのだ。
彼らが弱いのは力というか頭なのだろう。
技名叫んでしまう辺りが。
痛々しいと雄也は敵の行動でものたうち回りたくなってしまうのだ。
そんな思考がブーメランになってしまうとは雄也は理解していない。
否、理解できないフリをしているだけなのだろう。
扉を開けるとそこには凄まじい威圧感を放つ男性が居た。
雄也の父であり、『ヘイルダム』のボスの柳 劉生だ。
「帰ったか、ご苦労だったな」
「……大したことはしていない」
「十分な働きだ。我が息子ながらいい働きをしている」
「……ところで今後はどうするつもりだ?」
「貴様は暫く働き詰めな上に世間で目立ち過ぎた。休め」
「……了解した」
――――――柳家
「あら、おかえりなさい」
穏やかな声で出迎える母、その姿はまさに普通の主婦、でも幹部。
「……ただいま、寝るから」
いつも思う。せめて頭おかしいのが父だけならいいのにと。
部屋に入り、コートを脱ぐ。
そして、ベッドの隅に体操座りをする。最近の日課だ。
「……はぁ」
深い溜息、それはまるで世界に対する絶望を吐き出すかの如くの深さだった。
世界が狂ってから、半年ほど経過していた。
最初の内はベッドでのたうち回っていた彼も今ではすっかり疲れ切ってしまったのか、こうして世界の終わりのような溜息を吐き出すだけである。
思い出せば突っ込みに無駄にテンション高く対応していたことさえも辛い。
ネットではつらたんと言うらしい。つらたん。
最近のマイブームである。
「……はぁ」
溜息ばかりである。
「学校行きたくねぇなぁ」
ポツリと呟いた。
「麻耶、朝だぞー」
ある朝、起きてこない妹と弟を優しく起こす。
「うーん、兄さん後五分……」
平和であるはずのこんな会話に雄也は最近涙を流してしまう。
「暁、朝だぞー」
「兄貴、後五分……」
ちょっと涙が出た。
相変わらず弟はともかく妹は天使だ。これで組織の為の訓練とかしていなければ最高なのに。
「あら、あの子達は?」
「あとちょっとだってさ」
コートを着てないときは素で居られる。そんな幸せ。
普通の会話とコートを着ている時の自動意味深モードでの会話の比率が一対一程なのでありがたすぎて怖い。
「あらあら、仕方の無い子達ね」
これが幹部とか嫌だな、と思うのは何度目だろうか。トーストを齧りながらニュースの方に目を向けると昨日のことが報道されていた。
「『死神』とセンレンジャーの戦いですが、やはり圧倒的強さを持つ『死神』にセンレンジャーは敵いませんでした。しかし、命も奪わず、味方を回収するだけの『死神』は本当に打倒すべきなのかという議論も為されており――――――」
そこで電源を切った。
「あら、どうして切っちゃったの?あなたのことじゃない」
だからだよ、という言葉を呑みこんで曖昧に笑って席を立つ。
「あいつら起こしてくる」
リビングから再び聞こえてくるTVの声に雄也は朝から二度目の涙を零した。
「兄さん、TVで兄さんが報道されてます。やっぱり兄さんはかっこいいです」
「ばーか、兄貴はかっこいいに決まってんだろ」
二人の賞賛に三度目の涙。
失敗だった、この子達を引っ張り出したのは。分かっていたはずなのに、つい目先の苦しみから逃れる為に更なる苦しみを生み出してしまった。
想像して欲しい。
中二病全盛期の兄貴を見て羨望の眼差しを向ける弟、妹のことを。そしてそれが全国規模のTVを見て言われていることを。
要するに、地獄である。
純粋な好意で賞賛する妹や弟を無碍には扱えず、尚且つ全国に向けて自分の意味深な台詞が報道される。
気分はいっそ殺せ、だ。
あぁ、これが運動とか勉強だったらどんなに誇らしいのだろう。
世界中探してもこんな苦しみ方しているのは自分位だと割りと本気で思う雄也であった。
そして地獄というのは一つではないように学校でも雄也はつらたんだった。
「おい、雄也。『死神』の野郎の目的はなんだと思う?」
「さ、さぁな」(何もねーよ)
クラスメイトの伊藤 健吾が朝っぱらから雄也に強烈なボディブローをかましてきた。
健吾は、というよりもクラスの面子とかそういったものは昔からの知り合いのままなので、この手の話題にノリノリな友人というのも結構なダメージである。
ここで再び想像して欲しい。
クラスメイトが今まで普通だったのにある日を境に悪の組織とか死神とかそいつらの目的とか真面目に考えて語ってきちゃうことを。
そして、誰もそのことに対して疑問を抱かないのだ。
要するに、地獄である。
「奴は『ヘイルダム』最強の剣士だ。だが、奴は誰も殺さない。それどころかこの前なんかゴディバラブリーを助けたりもしていた。あの時に言ったことも気になるしな」
真顔でゴディバラブリーはキツイ。
だが、このクラスメイトは真剣なのだ。気がつけば集まってる他の男子も神妙に頷いている。
「奴の目的は何だ?あいつはあの組織に完全に肩入れしているわけじゃないのか?そんなことを考えたら眠れなくてな」
「そ、そうか」(マジか、こいつ……何かごめん)
「あぁ、俺もなんだ」
そうやって、一人が言うと他の男子達も俺も俺もと同調し始めた。
そうして始まった話は気付けば大論争となり、教師がやって来たので一旦終了となった。
(ほんとなんかすんません)
死神は何も考えてないとは恐らく誰一人として考えていないのだろう。
「ところで雄也、お前はどんな女が好みだ?」
「どうした、そんな気味の悪い質問の仕方いつ覚えたんだ?」
昼休み、仲のいい男子で昼食を食べていると田部 博之がそんなことを言い始めた。
「あぁ、すまんな。質問が悪かった」
「どっちかと言えば口調だな」
どんな女が好みだ、とはなんともモテない男子高校生が言うにはイケメン度が高過ぎる表現である。
「そうじゃなくて、ほら、センレンジャーのブルーちゃんとか」
「顔がわかんねぇよ」
「雰囲気で察せよ!!」
「無茶言うんじゃねぇよ」
しかし、そんな言葉に健吾は真顔で返す。
「ゴディバラブリー」
「そ、そうか……」(なんでいちいち真顔なんだよ……)
「ゴディバラブリー」
「聞こえてるよ!!」
ともあれ、そういった話は男子高校生は非常によく盛り上がるものだ。
「つーか博之はブルーちゃんかよ、僕はイエローさんかな。あの人ぜってー母性に塗れてるって」
「母性に塗れるって意味わかんねーよ。俺は『ヘイルダム』のアメリア様かな」
「アメリア様とかおめーMかよ。あの人絶対ヒールで男の象徴踏みにじるタイプだぜ」
「お前はお前で言い方えげつねぇな、そんな俺はこの前センレンジャーにやられてた『ヘイルダム』の下っ端の子」
「マニアックすぎんだろ、わかんねーよ」
「あ、そういえば最近出てきたあの侍っぽい女の子もよくね?」
「俺的には博之に賛成。やっぱブルーちゃん最高」
「……貧乳じゃん」
「今、貧乳つったか幸則!ぶっ飛ばしてやる!!博之手伝え!!!」
「任せろ、同志!!」
ワイワイガヤガヤと賑やかな男子を女子達は冷めた目で見ていた。
今回は少し悪の組織とかあんまり活かせませんでした
正直、ラストはもう少し膨らませたかったけど受験生なので