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「ねぇレグナ、見て欲しいものがあるんだ!」
「なんでしょうか、エル王女?」
「……相変わらず私のこと『王女』って呼ぶのね。
昔は呼び捨てだったのに……」
「……
それで、ぼくに見て欲しいものとはなんでしょうか?」
「ん、もう。すぐそうやって……まぁいいわ。
ほら、これ。詠晶石よ。」
「はい、多少使用されていますが、かなり高純度の良質な詠晶石だと思います。」
詠晶石。
見習、あるいは玉子とは言え機工技師の端くれ。
それがなんであるか、どんな力を秘めているかをぼくは知っていた。
それがなんであるか、どんな力を秘めているかだけを、ぼくは知っていた……
「ふふーん、まぁね。私が頼んだんだもん、粗悪品なんかじゃ許さないわ。
ね、どうするかわかる、レグナ?」
「……もしかして、魔術を執り行う、でしょうか?」
「ぴんぽーん、さっすがレグナ!
えへへ、練習して、ようやくちゃんと使えるようになったんだ。見ててくれる?」
「かしこまりました。見せていただきます。」
―――あの頃のぼくは、まだ何も知らなかった。
あるいは、子供らしくないほど何でも知っていたから、大事なことを何一つ知らなかっ
たのか……
機工技術を極めると、育ての親でもある師匠に置いて行かれたぼくは、何もわからずに
甘えるように城で暮らしていた。
それが―――
「ふっ、ふえぇぇぇ、ふえぇぇぇぇんっ!」
「えっ、エル王女、あ、えっと……」
「王女様、どうなさいましたか!」
「あ、王女が、魔術で―――」
「っ、あ、レグナが、レグナがあのっ、ふえっ、ふえぇぇぇぇ……」
詠晶石から発する衝撃、石に跳ね返る晶力。
まだ無知だったぼくは、エルは、そんなこともちゃんとわかっていなくて。
跳ね返る力に狙いを誤ったエルの魔術はエル自身の腕を傷つけ、それがぼくのせいとい
うことになり―――
ぼくは、たった一人で、ゼロから生きていくことになった。
魔術の失敗が恥ずかしかったのかもしれない。
あるいは魔術を扱ったことを知られたくなかったのかもしれない。
単純にぼくを困らせたかったのかもしれないし、もしくはただの気まぐれかもしれない。
理由はどうあれ、ぼくが魔術を用いてエルを傷つけたこととなり、城を追い出された。
王の激怒に一時は国外追放の話も出たほどだから、それに比べれば遙かにマシだったの
だが。
それでも、まだ若いぼくには何もないことに変わりはなく、マシであると言うことにも
気づくことはなかった。
あの時城を追い出されたことは、結果として間違いなくプラスだったとぼくは思う。
その後ぼくは運良く師の友と言う人に拾われ、師匠が残して行った工房を与えられた。
いつかこういう日が来ることを、師匠は見越していたのだろう。
それから2年、ぼくは一人必死で勉強した。
師匠の残した書物とノートを元に、時に師匠の友人夫妻に助けられながら、必死で勉強
を続けた。
そうして城を追い出されたちょうど二年後に、ぼくは自分の工房を開いた。
正直、苦しい日々だった。
ただただ、来る日も勉強だけをしていた、そんな記憶しかなかった。
けれどそれまで城で遊んでいたことや、師匠の元でそれなりに甘やかされていたことを
思えと、納得できないなら納得できるまでやれと、師匠の友人に叱咤激励された。
何よりも、ノートにたった一言ぼく宛てに書かれた全てを見越したかのような師匠の言
葉が、ぼくを、今もなお刺激し続けている。
『お前一人で、何ができるのかね?』
城にいた頃は、何も疑問を持たずただ楽しいだけの日々だった。
師匠も王宮機工技師として忙しく、それゆえぼくが勉強に縛られる時間はほとんどなか
った。
城にいながらだらだらと過ごし、王女の暇な時間は唯一の話相手になる。
―――甘え続けたぼくには、ちょうどいい裁きだと思った。
あるいは、そう思えるぐらいには成長したということか。ともあれぼくは、一人で工房
を開いてなんとか今生きている。
一応師匠の置いていった色々な物を売るだけでも、ぼく一人の一生分くらいは余裕で事
は足りる。そんな師匠に甘いなと苦笑と感謝を捧げつつ、ぼくは借りた分は全て返し、な
んとかそれなりに『独力で』生きているつもりだ。
もちろん工房にあった道具は借りているし、もはや現代の技術では作ることも叶わぬよ
うな超常品も遠慮なく使用している。
それでも詠晶石や機具の蓄えは増えたし、例え師匠の設計図を元にしようともぼくが自
分で作ったものしか販売はしていない。
それなりには独力で生きている、ぼくはそう自負することができるようになっていた。
ぼく一人で何ができるのか。
今のぼくは、総合的に見てまだ当時の師匠よりは腕が劣っているのだろう。
外部晶力システムの扱いのみを見れば当時の師匠を越えた自信があるが、半分程度の項
目では未だ当時の師匠に及ばないはずだ。
何よりも、ぼくが比べているのは七年近く前に姿を消した過去の師匠だ。あの人が極め
に行くと言ったのだから、もしかしたら外部晶力システムでさえ余裕でぼくを抜き去って
いるのかもしれない。
師匠はぼくにとって、恩人で親で、永遠の目標でライバルで、何よりも大きな壁だ。
今のぼくで、ようやくその壁の足元までたどり着いた―――そんな気がする。
あるいは壁が巨大過ぎて、未だ遙か遠くなのかもしれないが。
だからこそぼくは、足掻き続ける。師匠を目指して。
たとえ及ばずとも、いつか再び会えた時に。
胸を張って、ぼくはあなたの弟子であると言うために―――