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「私は―――エル様ではありません。」
レグナに抱きついたまま、エルに見られたまま、ファリナははっきりとそう言った。
「けれど、雪姫そのものでもありません。」
「……ならファリナ、君は一体……」
「私は―――」
一度、黒い瞳を伏せるファリナ。
瞳も髪もすっかり変わってしまったが、けれどファリナの姿に違和感はなかった。
いや、むしろ今までずっと違和感があり続けただけで、今の姿の方がより自然に感じら
れた。
「私はエル様の願いと、雪姫の人間としての部分をベースに作られた―――幻です。」
「―――!」
何が元とか、誰であるかではなく。
ファリナが言ったたった一言『幻』
その一言が、打ち壊すほど強くレグナを襲った。
「レグナ様のことが知りたいという気持ち、何よりレグナ様の側にいたい、あなたを助け
手伝いたいというエル様の気持ちが、私、雪姫の子孫のための力と結びついて。
そうして、ファリナという存在がこの世に生まれました。」
「そんな……」
レグナは呆然と呟くと―――
次の瞬間、強くファリナを抱きしめた。強く、強く、悲しいほど強く―――
「そんな、ウソだ、ウソだって言ってくれ!
いつもの調子で言ってくれ、なんだっていいから側にいてくれ!」
「レグナ……」
「レグナ様……」
レグナの叫びに、エルとファリナが小さくその名を呼んだ。
「でも、私は―――」
「いやだっ!
いやだ、そんなのいやだ認めないっ!
こんなのってあるかよ、全てが終わったらお別れなんてあるかよぉっ!」
レグナの慟哭が、輝く雪の降る部屋に響いた。
「ぼくは、ぼくはただファリナがいてくれればいいんだ!
ファリナが、ファリナが好きなんだよ、側にいたいんだ、ずっと一緒にいたいんだよ!」
「……」
少しだけその背を彷徨った後―――
結局ファリナの手もレグナの背中に回され、その身体を強く、強く、悲しいほど強く抱
きしめた。
「どうしようもなく……悲しいな、私。
あなたを愛するエル様が、あなたのためを願って。
エル様を愛する雪姫が、エル様のためにと願って。
―――そうして生まれたのが私のはずだったのに―――」
ファリナは強く抱きしめて頬をすり寄せると、静かに涙を流した。
あるいはそれは、ファリナが生まれて初めて流す涙なのか。
「エル様と雪姫、双方から願いと意志をもらい、中途半端に作られた私。
結局―――全員の心に悲しみと辛さを残すだけ、なのかな―――」
「黙れ、何も言うな!
いいから何も言うな、頼む言わないでくれっ……」
絞り出すような声を上げるレグナ。流れ続ける涙が、押し当てられた二人の頬を濡らした。
「雪が―――」
小さく、エルが呟いた。
輝く雪がその勢いを弱め―――止んだ。
「もうすぐお別れだよ、レグナ……」
「いやだっ!」
レグナは強く叫ぶと、ファリナを抱きしめて首を振った。
「いやだ、絶対に離さない!
ぼくはファリナとともにいたいんだ、他には何もいらないんだっ!」
「……」
レグナを見つめ、何も言えないエル。
そして、自分の想いが作り出したという、レグナの愛する少女を見つめる。
「―――レグナ。
お願いだから、私にも生まれてきた意味をちょうだい……」
「……え?」
「このままじゃ私、みんなを不幸にするために存在したことになっちゃうよ。
エル様の愛するレグナを悲しませ、雪姫が願ったエル様の幸福をかき消し。
誰一人喜ばせることもできずに、私はただ消えることになっちゃう……そんなのやだよ。」
「ファリナ……」
それは、なんともファリナらしい言葉だった。
優しくて、面倒見が良くて、いつも人のことを考えていて。
「ふぁりなぁ……」
なんだかんだ言っても、いつだって側にいてくれて。
そうして―――誰よりもレグナを愛してくれた少女。
「お願い、レグナ。
お願い、私に微笑ませて―――!」
涙を流しながら、ファリナがそう叫んだ。
回された腕は強く強くレグナを抱きしめ、体中でレグナを感じて。
「―――あり、がとう、ファリナ……
お前がいて、くれて……今まで、幸せ、だったよぉ……っ」
「れぐなぁ……」
「愛して、るんだ……
想い出を、幸せを、愛を、あり、がっ、と、ぉ……」
絞り出すような嗚咽。声と異なり止まらぬ涙。
レグナは顔を引き寄せると、ファリナと強く激しく唇を重ねた。
熱く―――けれど短い、初めての、たった一度切りの。
愛する者同士の、けれど恋人ではない二人の、キス。
「―――抱かれたかったな、レグナに。」
「今この場でもいいよ、ぼくは。」
「うぅん、ダメっ、初めては、レグナの、ベッドで、なきゃやだよぉ。」
「……そっ、か。
案外、ロマンチック、なんだな、ファリナも……っ」
「案外じゃ、ないよっ、ぅ……うふ、ふっ。」
「ふふ……っ、っつ、っふ……」
「……」
涙に霞む二人の視界、何も見えぬ中手探りで強く互いを抱きしめあう。
「レグナ。」
「なに?」
「愛してるよ。あなたの幸せだけ願ってるの、ずっと。」
時が止まって欲しかった。けれどそれは叶わぬ願いだった。
「だから―――」