表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪ノ姫  作者: 岸野 遙
第十三章 『鎧姫 相舞う』
35/40

3

(やっぱ、着込むの、きっつい……)


荒い息を、荒い咳をしながらなんとか呼吸を整えて、ベレンの方を睨むレグナ。牽制する

かのように間合いを取りつつ術を放つエルの側へ、ゆっくりと歩いて行く。


「大丈夫?」

「本来この鎧は、人間が入り込まないで遠隔操作で動かすものなんだ。

 正直きつい。でもまだ大丈夫。」


正直に、端的に。状況のみを告げるレグナに、エルは小さく頷いた。


「剣を奪われてるけど―――勝てるよね?」

「奪われた?

 ちょっと貸してやっただけだよ。」

「……あっそ。」


呆れたように言い、わずかレグナの身体に手をそえるエル。

 腹からセイレーンを生やしたままのベレンが立ち上がり、二人の方を睨む。


「……」


言葉はない。ただ、威圧感と敵意だけを込めて、睨む。


「ようやく静かになったわね。醜いのは相変わらずだけど。」

「そうだね。」


気のない同意を返し、レグナは武器なしで構えた。


「エル、でかいの一発頼める?」

「どうするの?」

「天井を蓋して欲しいんだ。」


レグナの言葉に上を見上げ―――


「OK。これっきりだからね?」

「はいはい、あとはぼくがやりますよ。」


レグナの返事に頷き―――鎧の背中に一瞬だけ額をつけて微笑むと。


「堅牢なる守護者よ、気高き壁となれ! ブレイズバイン!」


エルの声に従い、上方に氷が生まれ絡み合い巨大な壁を作っていく。

 天井に穿たれた大穴を覆った壁は、けれどなおも成長することをやめず。ただひたすら

晶力を吸い上げ成長し続けた。


「これで終わりだ。

―――終わらせてやる。」


ずるずると座り込んで意識を失うエルの姿を、横目で見ながら。

 小さくそれだけを言い、レグナはそっと、両手で武器を構えた。


「がぎっ、がぎぃっ!」


すぐにベレンが苦しみ出し、天の『蓋』に目をやり。

 そんなベレンに向けて、レグナが駆け出す。


 絡み合う、レグナとベレンの視線。

 魔術師だった魔物と、機工技師の全身鎧が肉薄し。


 振り下ろされた魔物の腕に従い、灼熱の劫火が鎧を、その中の人間を包み焼き尽くす。

 その熱気を物ともせず、いや、受け入れるように。


「大いなる慈悲もて、汝に眠りをもたらさん! ラグナブレス!」


瞬時に鎧前面の装甲が開き、両手で銃を構えたレグナが劫火の中でそう叫び―――




 全てを塗りつぶす轟音。


 全てを塗りつぶす光彩。




 そして―――静寂。




 レグナの前方、ベレンの後方には、詠晶石の山と同じくらい巨大な穴が出来上がってい

た。木々と、遠くには山、星空があった。

 光に塗りつぶされた視界が多少でも物を映すようになった頃、レグナは掛けていたゴー

グルを外し、再び鎧を身に纏いきしむ身体で慎重にベレンへと近づいて行った。



 そう、穴の手前には、いまだに一つの影があった。


 かつて宮廷魔術士と呼ばれたもの。

 王を騙し、守護神を討ち、そして―――

 魔物となって、生き続けるもの!


「ごがぁぁっ!」


焦げ黒く染まったベレンが、それでも激しい声を上げ―――ゆるゆると腕を持ち上げた。


 もはや、行動に方向性も意志もないのかもしれない。それでもベレンは、生きて、動い

ていた。


「か、ぁぁがあぁぁ」


掠れるような哀れな鳴き声を上げ。

 ぽっと空中に火の玉が生まれ、そのまま地面に落ちて消えた。


「……哀れな。」


ぽつりと呟くと、レグナは一歩歩みを進めた。


 文字通りの限界まで晶力を込めた雷撃銃の反動と爆発により両手はぼろぼろで、もはや

まともに力を込めることはできなかった。

 身体中がベレンの劫火に晒され、息をするのも苦しかった。

 あの一撃で消し飛んだか、セイレーンもなかった。


 それでも、この哀れなものにせめて慈悲ある終わりを与えるくらいはできると思った。


「ごあ、ぁぁぁっ!」


悲鳴を上げ、身じろぎし、小さな火の玉が一個生まれて―――レグナの装甲の表面に弾ん

で地に落ち、消えた。


「来るな、近寄るな―――

 あるいは今もまだ、オレが王だとか言ってるのか。」


小さく呟くレグナ。

 純粋に哀れだと、思った。



 もはや抵抗らしい抵抗も見せず、眼前に立つレグナを見上げるベレン。

 レグナは静かに、その腕を振り上げて―――


 突如レグナの身体を激しい衝撃が襲った!


「ごあ、ぐああああっ!」


いつの間にか長く伸びていた魔物の尾だけが、まるで別の生物であるかのようにものすご

い力でレグナを締め上げる!


「くっ、ぁあああっ!」


悲鳴を上げるレグナ。苦しげな悲鳴を上げながらも力のこもらぬ手でその尾を引き剥がそ

うとし―――

 さらに増えた三本の尾に、両腕ごと全身を締め上げられる!


「くっ、くそっ……」


締め上げたまま狂ったようにレグナの身体を地面に叩きつけるベレン。

 いや、ベレン本体は変わらず哀れな声で鳴くだけですでにこの尾は別生物と考えた方が

いいのかもしれなかった。


「くっ、そ、まだ、おわら、ない―――!」


何度も打ち付けられ歪む意識を必死でつなぎ止めて、レグナは流れる視界にベレンを映し

た。



「焔参式、火竜螺焔舞!」


戦場に響く―――声。獄火が槍に従い飛来しベレンの胴に突き刺さり、肉の一部を吹き飛

ばした。それでも、尾だけはけして動くことをやめずレグナの身体を地面に打ち付ける。


 もしかしたらこの尾は、ベレンの王への執念そのものなのかもしれない。そんなどうで

もいいことを思いながら―――



「大いなる裁き持て、万物に白き審判を! シャイニング!」


レグナが叫ぶ。

 その叫びに従い詠晶石が呼応し、生み出された晶力が幾筋もの光条となってベレンを貫

き―――




 ずんっ、と。


 大地を揺るがすような衝撃を一つ残して。


 天より振った、レグナの鎧よりも長大な一本の槍が、ベレンを脳天から尾まで刺し貫き。


 そうして、ゼルデアの王にならんと全てを欺き、たった一人で戦った男は。

 たった一人で戦った、男だったモノは。


「……」


 断末魔の悲鳴すら残さず全ての動きを止め。


 ようやく辺りに、静寂と平穏が帰ってきた―――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ