表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪ノ姫  作者: 岸野 遙
第十二章 『真実 裏切る』
32/40

2

「あ、あぎやああああっ!」


最後の言葉の意味をとっさに理解できなかった者達は、わざわざ見せつけるような予備動

作をもって放たれた獄火をかわすことができなかった。

 一瞬で、炭の人形が数体出来上がる。


「けひっ、けひーっ!

 おっもしれぇ、いいじゃねぇかよ!」


両手両足で信じられない高さを跳ねたベレンは、詠晶石の山の中程にへばりついた。


 降り注ぐ月光、煌めく詠晶石。

 その中程に抱えられた、もの言わぬ美しき躯と―――へばりつく醜悪なる魔物。


「ひーふーみー……あとたったの十人ぽっちか。

 まーえーわ。まずは王位継承の儀式をしねぇとな。」


ベレンの視線が王を捕らえる。

 咄嗟に王を支えていた騎士が主君の身体を突き飛ばし、伸ばされた腕だけを残して人型

の炭と化した。


「―――汝らの眠りに、雪姫の、祝福があらんことを。」


王は簡略化された印を結ぶと、声高に叫んだ。

 そうして自分の足だけで真っ直ぐに立つと、真っ向からベレンを睨み付けた。


「ベレンよ。

―――見事だ。だが、見事なるからこそ、貴様に王位を譲るわけにはいかん。」


王の手の中に、ガラスのような剣が浮かんだ。


「ほへー、こっわーい!」


ベレンのすぐ側、雪姫に突き立つ刃が全て音もなく消えた。

 誰一人、それに気づくことはなかった。あるいは気づいても、今更何も変わらなかった。


「来い!」

「……こわいからヤー。」

「……」


奇妙な静寂が場を支配した。

 詠晶石の中程に貼りついたベレンは、おちょくるかのようにその表面をぺたぺたと歩き、

鼻をほじり指で弾く真似をした。


「おじちゃんこわいからきらーい。

―――ひゃーっはっはっはぐあっ!」


笑うベレンの胴を、問答無用で虚空からサバルの放った刃が貫いた。


「ぐけっ、このやろ!」


続く刃を腕一本で撃ち落とすと、ベレンは刃を掴んで投げ返そうと―――


「刃よ、我が敵を捕らえよ!」


いきなり包み込むように広がった刃がベレンの身体を飲むように襲う。同時に反対からも

詠晶石から牢が伸び、瞬時にベレンを捕らえ蝋で固めるかのようにその身体を固定してい

った。


「刃よ、我が敵を斬り裂け!」


虚空に生まれた刃が、一直線にベレンに―――


「っらあめぇんだよ!」


ベレンを包む獄火。生み出された刃が、まるで限界を迎えた詠晶石のように内から砕け飛

んだ。


「っら、死ねやーっ!」


ベレンが吐き出した炎が、無数に分かれサバルに迫る。

 虚空の刃がいくつも炎を撃ち落す、しかし上回る手数に打ち漏らしが王へと迫り―――


「……」


それらの炎は、鳴き続ける鋼の一振りでまとめてかき消され。

 がしゃり、と。重厚な音を立て、その鎧が腰に左手をあてた。


「それで―――

 一体全体、何がどうなったわけさ、これは?」


その声は、無論いつもどおりのリックの重い声ではあったが―――


「誰か、ぼくにもざっと説明してくれると嬉しいんだよね。」


口調はまるっきり、先ほどから姿を見せないレグナのものであった。




「『無双の緑巨人』リック。

 またの名を、機工鎧レグナ。遅れた分、こっから頑張らせてもらうよ。」

「機工鎧……」


誰かが呟いた。

 そう、機工鎧だ。

 使用者の意識を移し替えて動く鎧。現代では失われた古代遺産、最高級の機工具。

 人が着用することも一応可能だが、基本的に無人で遠隔操作をすることを前提に作られ

ている。

 その性能は、使用者の技能と晶力量に応じて遙かに人間を凌駕する。

 別室で意識を緑の機工鎧へと『乗り換えた』レグナは、リックの姿で戦場へ姿を現して

いた。




「レグナ―――なのかな、いいからとりあえずあれが敵!

 あたし達も王様も雪姫様もみんな味方、あれだけぶちのめせばオッケーだ!」

「―――了解だ。詳しい説明は後で頼むよ、ルーマさん。」


もはや、隠す意味もひけらかす意味もない。

 自然な、自分自身の口調で話す鎧。


「リックちゃん、相変わらずおっそーい……」

「昨日森で別れた後から、ほとんどリックを進ませる余裕なかったからなぁ。

 ま、文句は後で聞きます。ボーグさんも協力お願いしますね。」

「OK、リックちゃん。」


鳴き声を上げ続ける緑銀の鎧を、ベレンがぎっと睨み―――

 火柱。だがすでに鎧もボーグもそこにはいない。


「と言うか、敵が遠い……」

「ファイアーッ!」


ぼやきを無視して火を吐くイフリート。が、ベレンの放つ火球の一つに相殺され、十倍以

上になって火球が帰ってくる。


「だーっ、レグナ、連射式にしろーっ!」

「あーはいはい、考えときますよ!」


声や口調はともかく、実際にはさして慌てるほどのこともない。

 自分と王の前に来た火球を端から斬り落とし、突如わき上がる獄火をかわし―――


「きやはぁーっ!」


突如襲った不可視の一撃に、力いっぱい殴られたかのように上体がぐらついた。

 生身で今の一撃を受けていれば、洒落にならない被害であったろう衝撃。

 しかし、リックである今の身体には、大したダメージではない。


 と―――


「ん……」


小さな声を上げて寝返りを打つ、少女。そして―――


「!

 あっ、私―――!」


起きあがって辺りを見回すエル。見知らぬ人、見知った人、見慣れぬ魔物―――

 そして、ついさっき目の前にいたはずの雪姫の―――遺体。


「きゃ、きゃぁっ、そんな……!」

「エル!」


好機とばかりに、辺りの地面が噴火した。誰彼かまわず巻き込んで、文字通り真っ直ぐに

溶岩を噴き上げ。

 咄嗟にレグナは鎧の腕で近くのファリナを抱きかかえ、飛び離れながら叫んだ。


「エルーっ!」


辺りに降り注いだ溶岩は、場に居る全てを、二人の兵とエルを飲み込んだ。


「きゃ、きゃぁぁぁっ!」

「ぇ、る……」


呻くように声を絞り出しつつ、エルをかばったサバルは腕の中の娘を見つめた。

 すぐ目の前に、妻と、己が殺した守護神と良く似た、最愛の娘の顔がある。


「私は……」

「お、お父様っ!」


親子の別れを、けれど無粋な炎の渦が包み込む。


 焼けただれ、半ば溶け出すほどの背中。

 その激痛を堪え、愛娘を抱えてサバルは立ち上がる。


「―――やいば、よ。

 我が、遺志にそえ―――!」


そう、力強く、叫んで。

 エルを抱えて獄火を走って突っ切り―――


「おういけいしょーっ!」


 放たれた無数の炎の刃の一本が、真っ直ぐにサバルの胸を貫いた。


 ゼルデア王、サバル。

 守護神雪姫を討った、悲しき男王は。


「おとうさまあぁぁっ!」


 物言わぬ守護神と娘、己を騙した敵に見守られ、静かにその生涯に幕を下ろした―――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ