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(ファリナか……)
声の主の名を胸中に浮かべ、再び意識を沈めようとするレグナ。
「こら、若年寄!
せっかくこんな可愛い女の子がわざわざ訊ねて来てあげてるんだから、お茶くらい出し
なさいよって寝るなぁぁっ!」
「……暇なんだねぇ、ファリナも。」
「うっ……」
寝ぼけるようなレグナの呟きに、一瞬言葉につまるファリナ。
「ひっ、ひー……レグナが死んでないか確認に来ないといけないから、暇じゃないの!」
「やっぱり暇なんだね。」
小さく―――内心だけで苦笑しながら、レグナは寝ることを取りやめて立ち上がった。
「んで、お茶だっけ?」
「うん、ぬるめの甘めでお願いしまーす。」
「猫だなぁ……」
「いいじゃない、好きなんだから。」
ファリナは言うと―――ふと何かを思いついたかのように笑顔を浮かべ、立ち上がってレ
グナに近づいていく。
近づいてくるファリナに気づき、無言で距離を置くレグナ。二人の距離は変わらない。
「……なんで逃げるのよ。
と言うか使用中にコンロから離れたらダメでしょうが。もぅ……」
ちょっとすねつつ、コンロ、ようするに調理用の火をおこし続ける機具の前に立ちお湯を
見る。
「一応、火力と沸騰時間とかはわかってるよ、ちゃんと。」
「そういう問題じゃありませんー。
こういうのはカタチと気分が大事なのよねー。」
言いながら軽くヤカンを揺すり、棚から茶葉を取り出す。
慣れた手つきでトレイにカップを並べ、急須に茶葉と湯を注いだ。
「んー、いい匂い。」
小さなテーブルにトレイを運ぶファリナ。離れて見守っていたレグナも、ようやく安心?
して椅子に腰掛けた。
「お茶菓子は?」
「……
私に聞くのも違うでしょうが……もぅ。」
家主のレグナの問いに、ワンテンポ挟んでからファリナが呆れる。
呆れながらも立ちあがり、棚を見に行くあたりがファリナらしさなのだが。
「んー。
あぁそう、これがあったっけねー。あーそうね。レグナくんもてるから。」
クッキーの入った缶を見つけ、イヤそうに、当てつけがましくファリナがそんなことを言
う。言われたレグナは澄ました顔でお茶を啜るだけ。
「だぁいじに食べてるんだもんねー、レグナくん?
なんだっけ、マリンちゃんとか言ったっけ? あの私のこと敵視してた可愛い子は。」
「マリンさんとこの掃除機を直した時、ついでに調子の悪いオーブンも見てきて。
直ったかどうかのテスト運転で焼いたから、食べて下さいって。
―――確か、説明するの5回目だったかな。」
「ほほほ、よく憶えてらっしゃることで。
ふーんだ。可愛い子にちやほやされてでれでれしちゃって!」
明らかにむくれ、顔を背けたままでまだ熱いお茶をなめるように啜るファリナ。レグナに
猫と呼ばれる理由なのだが、当人はまったく気づいていなかった。
「甘いもの好きだしね、ぼく。」
「そんなこと言ってるんじゃないもーん。ふーんだ。」
「まぁ、ファリナに作ってくれとは絶対言わないから。安心していいよ?」
「……」
一拍分。
あるいは、レグナがカップを口に運び、一口お茶を飲んでカップを戻す、それだけの時
間。静寂が降り―――
「どっ、どーいう意味よ!」
「だって、ファリナものすごい忙しいんでしょ?」
「そうだけど、だけど! そうとは聞こえなかったもん!」
「聞こえなかったんなら……他にそう言われる理由に心当たりでもあるんじゃないの?」
横から食ってかかる勢いのファリナに、あくまで冷静で涼しげなレグナ。
落ち着いてカップを口元に運ぶ姿は、賢者のそれか、あるいは老人のそれか。
「……ぷい。
レグナなんか知らなーい。」
顔を背けると、ファリナはお茶を啜りそれっきり黙り込んでしまった。
(……忙しいからだけじゃないかな、やっぱ。
不安と言うか、心配だしな……)
顔には出さず、内心でだけ苦笑して。
黙り込んだファリナを特に気にせず、レグナはテーブルから移動して机に置いてあった
小さな機具を手に取った。
もう一度ファリナを見つめてから、手元の機具をばらしにかかるレグナ。
(……ファリナ、か……)
ファリナとレグナが出逢ったのは、もう4年も前のことだった。
出逢った……と言っても、何か特別なことがあったわけではない。
まだ開いてそれほど間もなかったレグナの工房を、ファリナが客として訊ねた、それだ
けだ。
しかも何を買うでも、何かを修理してもらうでもなく。見学に来て二、三質問して。
帰り際に『買わなくてもまた来ていいですか?』と訊ねた、それだけだった。
以来ファリナはちょくちょく遊びに来るようになり、だんだんと態度もでかく?なり。
今では平然と茶をいれて椅子に腰掛けて沈黙するようになった。
(昔は、週に一度とかだったのにね)
それだけ暇になった―――わけではないようだと、なんとなくレグナにも感じられた。
カップを置いたきりじっと反応しないファリナを見つめる。
背は、レグナより頭半分以上低い。
どこぞのモデルも裸足で逃げ出すような抜群のプロポーションをしており、強調される
かのごとく胸はさらに大きめ。
(異性からは欲望の、同性からは嫉妬の対象らしい……難儀なことで。
まぁ自分の選択だろうから、しょうがないんだよね)
よくわからぬことを呟き、小さく頷くレグナ。その眼差しは、自然ファリナの横顔に注が
れていた。
この国では『雪のように』と称される、白く美しい肌。明るい茶の瞳、短めのポニーテ
ールは明るい赤だ。
横から見つめているため、長いまつげや愛らしい唇、はてはうなじのラインまでよく見
てとれる。
(綺麗すぎる、よなぁ)
無敵のスタイルとあわせ、それら全てがファリナという存在を作り出していた。
ちなみにクッキーをくれたマリンも、おもにファリナの胸に敵意を向けていたという事
実は―――まぁ、ファリナには教えるまでもないことだよね。と、レグナは思っていた。
ファリナを見つめている自分自身に気づき、ふっと苦笑して―――レグナは手元の機具
に集中することにした。