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雪ノ姫  作者: 岸野 遙
第九章 『護神 現ずる』
26/40

1

 祠の側で待っていた兵や傭兵達を後目に、ベレンが、輿が祠の前まで歩みを進めた。


「皆の者、ご苦労であった!

 我らはこれより、祠に入り雪姫を討つ!」


(……

 なんでここに来ても、王は顔を出さないんだ……?)


「妙だな……」


レグナの耳元で、ルーマが小さく囁いた。あわせてごく小さく頷くレグナ。


「雪姫との戦いは、間違いなく熾烈を極めるものとなるであろう。

 だが我らは、この国と愛する者の未来のため、なんとしても勝たなければならない!」


杖を振り、叫ぶベレン。

 辺りには雪が、雪姫の加護が振り続けている。夜空に満月が輝いているのに。


「我が国のために立ち上がってくれた勇気ある者達に感謝を捧げよう。

 我が国のためにその命すら賭してくれた兵達に感謝を捧げよう!」


一部兵達から、続くようにまばらに、鬨の声が上がる。

 あるいは皆が、王が姿を見せぬことに違和感を感じているのかもしれなかった。


「……

 皆が不思議に思うのも無理はなかろう。」


そんな気配を察してか、あるいはシナリオ通りなのか。

 ベレンは、ばっと輿の扉を開けた。


 中には、誰もいなかった。



「王は―――

 雪姫を攻めることを宣言したその日、あろうことか我らの目の前で雪姫にさらわれたの

だ。

 私は王を護れなかった不甲斐なさを胸に、その責を胸に、必ず雪姫を倒し王を救い出す

ことを誓おう!」


 一瞬の静寂。

 雪の降る、静寂と言う名の音。

 そして―――


 雪降る森を震わすような、声、声、声。


『雪姫が、我らが王をさらった』


その事実が、おそらく兵達ですらほとんど知らされてなかったのだろう、人々の恐怖と戸

惑いをうち崩した。


「王がさらわれていたとは―――」

「なんてこったい……」

「びっくりしちゃうわねぇ……」

「……」


俄然、ここに来てようやくと言うか、一気に打倒雪姫の気配が場を支配した。


「見事すぎるわね。」

「あぁ、そう思うぜ。」


二人の冒険者が、ぼそりと言った。辺りの喧噪がかき消したその呟きは、この四人の耳に

のみ届いた。


「祠の中の広さも、雪姫の手下の数も何も知れない。

 だからこそ、諸君らにはここで待機し、いざ救援を求めた時には即座に駆けつけて欲し

い、我らが王を救うのに力を貸して欲しい!」


まだ見ぬ、守護者の住まう場所。

 一体内部がどうなっているのか、何が待ちどれだけのモノが眠るのか。


「腕に憶えのある者は我が前へ、我らと王の退路を護ってくれるものは奥へ。」


待機していた兵達から、二、三人だけがベレンの本隊の前へと進み出た。

 おそらく、よほどの腕利き、あるいは部隊の副隊長か何かなのだろう。あるいは予め祠

の中へ入る者は決まっていたのかもしれない。

 と―――

 シナリオにない動きがあった。


「ふぁ、ファリナ!」


レグナが小声で呼ぶのも気づかず、あるいは気にせず、ファリナは迷わずに進み出た。

 慌てて、けれど慌てを隠してレグナも、さらにルーマとボーグも後に続く。


「……?

 君たちも腕に憶えがある、と―――?」


明らかに胡散臭そうな顔をするベレン。が―――


「わたくし魔術師のボーグともうします。

 恥ずかしながら、一部では『銀紫の土竜』などと呼ばれている者です。」


ボーグがベレン達の前で深々と頭を下げた。


「……聞いたことがあります、ベレン様。

 抜群のセンスで魔物を狩る魔術師、だとか……」

「ほぅ……

 なるほどな、腕に憶えがあるわけだ。」

「わたくしどもの戦いをご覧いただければ、きっと納得して頂けますかと。

 後ろの三人も、いずれも劣らぬ我が盟友なれば。ゼルデアのために必ずや力となりまし

ょう。」

「腕を売るいい機会、というわけか……

 良かろう、国のためでも金のためでも良い、その力を我らに貸してもらおうか。」

「ありがたき幸せ。」


深々と一礼すると、ボーグはファリナを連れてさっさと横手に下がった。

 ルーマに引っ張られ、レグナもそちらにつく。


「……はふぅぅん。

 ほんっと疲れちゃうわぁ、慣れない真似しちゃうと。」

「ボーグさん、すごいんですね……」


素直に驚いた、あるいは感心した表情のレグナ。


「おほほ、名声ってのも使いようなのよ。一つお利口さんになっていいわよ。」

「いえ、まともなしゃべり方できたんですね、と……」


レグナにしては珍しく、小さく笑いながらそんな軽口を叩いた。

 ルーマが口元を押さえて笑いをこらえ、ボーグがよよよと泣き崩れる。

 ファリナは―――ファリナだけは一人、引っ張られてきたままでただじっと祠を見つめ

ていた。


「ともあれ感謝します、ぼくらだけではどうしようもありませんでしたから。」

「いいのよぉ、あたしたち仲間じゃないのよぅ。

 それにあたしには中に入る度胸なかったですもの。お互い様よね、ルーマちゃん?」

「そうだな。

―――来たからには、雪姫のツラを拝んでみたい。自分が逆らった守護神のツラをな。」


にっと笑うルーマ。その瞳には、もはや震えも恐怖も見えない。


「どんな理由や経緯であれ―――

 王が雪姫を討つと宣言し、その雪姫が王をさらった。」

「そうね、それは確かみたいよねぇ。

 なんぼなんでも、あの状況で王様が逃げたり寝てたりするわけもないだろうしぃ、王様

の言葉なしにこれだけの部隊を動かせるとも思えませんものねぇ。」


レグナの言葉に頷く二人、依然反応を見せぬファリナ。


「……ルーマさん、ちょっと失礼していいですか?」

「ん、なんだい?」

「二分ほどで帰ります。」


それだけ言うと、レグナはすと森の中へ消えた。

 ベレンの言葉や指示が、祠の前ではまだ続いている。


「……トイレかしらね。

 レグナちゃん男の子だし、二分もあれば―――」

「ばっ、ばかっ!」


声は潜めていたが、後頭部をはたく音だけは少しだけ大きく雪降る夜に響いた。



 程なくレグナも戻り、ベレンの指示も終わり。

 宮廷魔術士ベレン率いる雪姫討伐本隊は、前中後と三隊に別れ、総勢二十八名で祠へ入

ることとなった。

 王族にしか解けぬはずの祠の封印は、なぜかすでに解けている。それに疑問を挟む余裕

もなく、先発隊が、そしてベレンやレグナ達のいる本隊が、祠への入り口をくぐった。

 ファリナは相変わらず反応を見せず、ただレグナの手を強く握るだけだった―――




 祠の中は、雪降る森以上に冷たかった。

 寒いのではない、冷たいのだ。

 空気も、気配も、雰囲気も。そこは全てが冷たかった。


 先発隊がまず入り、すぐに声がかかり本隊が進み。

 なぜかベレンの言葉により本隊に組み込まれたレグナ達は、中央やや後方を一列になっ

て歩き。

 曇り一つない壁、見事なまでに美しい非自然の―――けれど人工かどうかは知れぬ祠の

中、言葉一つなく階段を下りていく一行。

 空気と、冷たい空気より張りつめた気持ちが、辺りに緊張という名の空間を作り出す。

 やがて階段を下りた先に広がっていたのは―――


 そこは広い部屋であった。

 ゼルデアの謁見の間よりも広い部屋の中、壁際には氷の像が並んでいた。

 氷の像……?


「人だわ……」


それは、像などではなく凍り漬けになった人間であった。

 氷の中に閉じこめられたもの、真っ白く凍り付いたもの、そして色彩すらも残しながら

全く反応しない―――


「ベレン様、こちらにサバル王とエル王女が!」


おそらく先発隊の誰かの声。本隊がまとめてそちらに移動し、先発隊と後発隊が壁際に散

って辺りの氷像をざっと調べる。


「おぉ、このようなお姿に―――!」


杖を手に、すがるベレン。

 王と王女は、他の氷像とは違い色彩を残した『動かぬ人間』としての形をとっていた。

 王は静かに眠るような、大して王女は叫び震えるような表情をしていた。


「今しばらくの辛抱ですぞ、王よ。

 必ずやこのベレンが、雪姫を討ちお救い申し上げましょうぞ!」


沈黙する一同の中―――ルーマがレグナの服を引っ張った。


「あいつ、酒場で見たことがある。純粋に金目当ての薄汚い―――同業者だよ。」


ルーマが指さす先には、当然のごとく一つの氷像があった。

 王と王女とは異なり、氷の柱の中に閉じこめられた、まるで生きているかのごとき姿。

その両手にはナイフが握られ、今にも動き出しそうであった。


「ってことは、本隊を待たずに中に入っちゃって―――」



 びゅおう、と。

 その時部屋の中を、斬り裂くような冷気が渦巻き、駆け抜けた。

 皆が皆目を閉じ、とっさに顔を覆い―――


 そうして瞬時に収まった冷気に顔を上げて。


「……」


皆が皆、否応もなく自分達を見る存在に気づかされた。




 守護神。

 このゼルデアを、長きに渡り護り続け。

 いつも人々を見守り、加護と祝福を授けてくれたもの。


 敵。

 このゼルデアの王が、討つと宣言し。

 その王を、あるいは王女もさらい、氷漬けにしたもの。




―――その名は、雪姫。

 遙かな昔より伝承に詠われる、この国の守護者にして。

 人の心を持つと言われた―――魔物。

 月に誘われ、人に仇なす存在、魔物。



 今。

 この国の全てであり、全ての民の心に刻み込まれた、雪姫という存在が。


 目の前にあり、自分達を見ていた―――


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